市民さらの激しい抵抗によりイスラエルの司法改革が一旦停止になった。国会は4月2日から休会しその間に立て直しが図られる。アメリカをはじめとした西側はほっとしているようだ。地上波ではほとんど扱われず、ネットを見ても日本語の情報では「一時中断」あたりで終わっている。だが、実はかなり危険な事態で推移しているようだ。
CNNによるとネタニヤフ首相は改革を諦めたわけではなく「一時休戦」しているだけである。このため市民たちの中には今後も抗議を続けるとする人たちがいる。
にもかかわらずアメリカとイギリスはネタニヤフ首相の発表を歓迎している。ニューヨーク・タイムズはバイデン大統領がネタニヤフ首相をホワイトハウスに招待するのではないかという情報を伝え、ホワイトハウスは「今の所そんな計画はない」と否定する。
日本語の記事を読むと市民の抵抗で改悪が止まってよかったというような評価を下したくなる。だが、英語で記事を読んでいると「これはまだ序盤に過ぎない」とするような論評が多いようだ。
CNNの記事を読むとイタマール・ベン・グヴィルが管理する国家警備隊の創設提案が警戒されていると短く書かれている。
同じく民主党より(民主主義擁護)のVoxは「一時休戦」が民主主義にとってどのような意味を持つのかを考察する記事を書いている。実は、こちらにもイタマール・ベン・グヴィルの名前が出てくる。Voxによるとネタニヤフ首相はベン・クビル氏が離反しないように国家警備隊の創設を認めたとの主張だ。
これらの情報をあわせると、表向きは西側(特にアメリカ)の懸念に対応したと見せつつ、裏では国内基盤強化に向けて動き始めたことになる。力で反発を抑えつけようとしているのである。
イタマール・ベン・グヴィル氏は政権ができた当時から人種差別主義の扇動やテロの支持で有罪判決を受けていたとして民主主義擁護派から懸念されていた人物だ。
ベン・クヴィル氏が有罪判決を受けた当時の記事によると、2007年にアラブ・ヘイトの扇動で有罪判決を受けたようだ。極右活動家と表現されている。この時に「裁判所は偽善的な左派である」と言っている。このような人が政権に入って「警察を指揮させてほしい」と言っているのである。
Quoraでこの点について書いたところ「実はイスラエルには憲法がない」と指摘する人がいた。ユダヤ人といっても単一民族ではなく「ユダヤ教信者」の集積である。もともといた地域が違うためどのような政体を基本とすべきかについて合意が得られなかったようである。
このためイスラエルには明文化された憲法がなくそれぞれの法律(基本法群)によって国を動かしている。このため、裁判所の果たす役割は非常に大きいようだ。さらに「誰がユダヤ人か」についても合意はない。世俗派のユダヤ人を排除しユダヤ教による国家を作るべきだと主張する人たちもいるようだ。これは、政体としてはイランに似ている。イランは世俗主義のイスラム教国だったがアメリカを追い出しイスラム教勢力が国を指導するという体制に移行した。現在のアメリカはイランは専制主義であると批判している。
パレスチナ人などいないと主張するスモトリッチ財務大臣は入植地における民政局とCOGATと呼ばれる占領地政府活動調整官組織の指揮権を手に入れたとされている。この組織は国防軍の指揮下にあったとアラブニュースは指摘している。
今回のイタマール・ベン・グヴィル氏への権限移譲という情報が正しければ、ネタニヤフ氏は治安維持権限を入植地と内地で分けた上でそれぞれ極右政治家に渡そうとしていることになる。動機はおそらく自らの救済だ。
これらの情報をあわせて考えると、なぜ首相と同じリクードに所属する国防大臣が辞任したのかがわかる。司法だけでなく軍も反発していることになる。
イスラエルには現在いくつかの基盤がある。
- ユダヤ教の国であるという基盤
- 世俗主義を支えてきた司法と軍という基盤
- 中東のシリコンバレーと呼ばれるテルアビブに住んでいるリベラルな知識階層の経済的基盤
このうち「ユダヤ教」勢力が世俗主義を抑制しようとしており、リベラルな人たちを中心にデモが広がっているということになる。イアン・ブレマー氏(YouTube)によるとイスラエルでゼネストが行われたのは史上初だそうだ。
仮に「改革」が進行すればこれはおそらくイランで行われた「革命」のようなものになるのかもしれない。イスラエルの民主主義はトルコなどと比べると強靭だとする評価があるようだ。市民の抵抗を含んだ民主主義がどの程度今回の改革を抑え込めるかが焦点になるのだが、西側は介入には消極的である。ロシアとの対立を抱えており安全保障上の拠点を失いたくないのだろうし、おそらくイスラエルにはそのことがよくわかっている。
アムネスティは西側はウクライナの問題ばかりを取り上げるが他の地域の人権無視については沈黙したままであるとして二重基準(ダブルスタンダード)を激しく非難している。
ポリティコはバイデン大統領の抑止力に疑問を呈している。ネタニヤフ首相は民主主義否定論者だけでなく、人種差別主義者、ミソジニー主義者(つまり男性優位を求める人たち)、同性愛嫌悪などの価値観を代表していると言っている。
ポリティコはこうしたイスラエル右派の圧力はバイデン政権が考えるより遥かに強力だったとと指摘する。ポリティコはバイデン政権はイスラエルとの会話を非公開にしてきたと言っている。おそらくアメリカ国内の世論を刺激しないようにとの配慮だったのだろうが、このバイデン政権の方針は結果的にネタニヤフ首相の暴走を招いてしまった。
バイデン大統領はアフガニスタンでタリバンの影響力を軽視し、国内ではインフレの影響を軽視してきた。イスラエルに対しても同じ間違いをするのではないか。そんな懸念がある。