よくメディアの洗脳や印象操作という言葉を目にする。メディアが進んで騙そうとしているというよりは伝え手の願望が乗ることがあるのだ。読売新聞のインタビューをBBCが再報道しているのだがまったく印象が異なる。どちらが正しいのか。
今回、実はBBCの記事を先に読んだ。ウクライナ反攻、兵器の追加供与なければ「開始できない」とゼレンスキー氏 読売新聞にというタイトルになっている。支援がなければゼレンスキー大統領は東部対応をしないといっている。だからこの事態は長引きかねないというストーリーになっている。
実は構成が二段構えになっている。もともと戦争は何年も続くと訴えており、その主張が一段階上がったと言っているのである。つまりこれまでの蓄積を元に読売のインタビューを読んでおり「トーンが上がった」と感じているのである。
ではこれを「引用元」の読売新聞はどう伝えたのか。実は該当する部分も報道はされている。
ゼレンスキー大統領、専用列車内で単独会見…「復興に日本の指導力必要」
おそらくこの記事がメインになる。最も強調されているのは「中国の言う和平など受け入れないぞ」と言う姿勢である。確かに中国のいう和平はロシアの軍事侵攻を正当化する物であって秩序維持を望む日本人としては非常に受け入れ難い。さらに言えば台湾有事などにも禍根を残すことになるだろう。中国の軍事侵攻もまた正当化されてしまうからだ。
BBCを読んだ後なので「あれ、戦争が何年も続くという話がないぞ」と思ってしまう。おそらく意図的にメインのストーリーから抜かれている。だから探さないとみつからない。
代わりに読売新聞が前面に押し出すのがゼレンスキー大統領の人となりである。つまりゼレンスキー氏に好意的な印象を作り支援の空気を醸成しようとしているのだ。
色々な表現はできるが「宣伝広告」の努力だろう。アメリカの意向に沿って民主主義を国内向けにプロモーションするというのが新聞の立ち位置でありその点では態度が一貫しているといえる。また、かつてのインテリと言われた知識階層が読売を好まなかった理由もわかる。
まず、読売新聞は次のような社説を書いている。ゼレンスキー大統領の誠実な人となりを称えて支援を呼びかけている。素直な人がこれを読めば「ゼレンスキー氏を支援しよう」と思うのではないだろうか。困っている国があれば助けてあげるのが人情というものだ。政府の政策をわかりやすく伝えるというのが読売新聞の役割なのだということがわかる。
読売新聞は単独インタビューができたことも誇らしげに伝えている。どのような経緯で読売新聞が選ばれたのかはわからない。日テレの記者がポーランドで岸田総理を捉えていることから、あるいは読売グループと政権はかなり親密なのかもしれないと感じる。今回はNHKと読売系がかなり優遇されていたようだ。手回しよく岸田総理キーウ訪問後の事後報道ができている。日本政府としては当然のメディアチョイスだろう。
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BBCが伝えた件は次の記事にやっと出てきた。ニュアンスにはかなり工夫が加えられている。さらにタイトルもゼレンスキー大統領のエネルギーに満ちた力強い姿勢を示すものとなっている。危険を顧みず日々民主主義のために精力的に戦うゼレンスキー大統領という姿である。つまりネガティブなことについても伝えてはいるが「木の葉を森に隠す」ような工夫はなされている。
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総論すると読売新聞は巧みに「西側が支援してくれないと戦争は長引く」という点を目立たなくするように書いている。あるいはほんの短いインタビューではBBCがこれまで伝えてきたような継続したメッセージが読み取れなかった可能性もある。欧米に期待されるものと日本に期待される物は全く違っているという事情もあるだろう。
おそらく西側は支援疲れを起こしておりゼレンスキー大統領は「今支援してくれないと戦争は長引く」「そうなればヨーロッパ経済も疲弊して困るだろう」ということを言っている。さらに中国が現状の固定化を図っておりロシアと組んで「和平」をしかけてきた。
このような焦りがあり各国のインタビューに応じているのだろう。
なんらかの形で岸田政権に協力をした読売新聞は日本のメディアの中で唯一単独インタビューの機会をもらった。読売新聞が意図的に歪めたとは思わない。短いインタビューだけではその辺りのニュアンスは伝わらなかったのかもしれない。
読売新聞だけを読むと力強いゼレンスキー大統領の元でこの問題は早期に解決されそうな気がする。これなら支援を続けてもよさそうだ。
一方でBBCを読むとゼレンスキー大統領はかなり悲観的になっており戦況が膠着する可能性も出てきたことになる。同じインタビューが元になっているにもかかわらず印象が全く異なる。BBCを読むと「支援をするにしても相当腰を据えないと難しいな」と感じる人が多いのではないだろうか。
これを踏まえた上でどちらを信じるべきかということになる。ざっくりと良い気分に浸りたい人は読売新聞だけで構わないと感じる。一方で状況判断や意思決定が必要な人が読売だけを読むのは危険だろう。
イギリスはロシアによる侵攻が始まってからすぐにジョンソン首相がキーウを訪れておりBBCも現地から様々なレポートを送り続けている。さらに権力に対する姿勢も独特で湾岸戦争の時には政権の説明を「虚偽」として報道した会長が辞任したりしている。のちに湾岸戦争では政府側が「説明に虚偽があった」と認めている。
残念だがBBCと読売新聞では状況の把握の深さの格が全く違う。