これまで、金融政策について扱う上で日銀やFRBの金融政策が経済に大きな影響を与えるという前提を置いてきた。つまり、中央銀行というものにはとてつもない力があると信じている。この魔力への期待から日銀の金利政策で日本はデフレから脱却できるのではないかと期待する人もいる。このほどYouTuberの番組に元日銀理事という人が出演し、神話を打ち砕いた。なんと「2%の物価上昇率目標は何となく空気で決まった」というのだ。
このほど、テレ東を退職した高橋弘樹さんが「ReHacQ」というYouTubeチャンネルを開設した。開設から1ヶ月程度でチャンネル登録者が25.8万人集まっている。
高橋さんがテレ東を辞めた直接のきっかけは、日経テレ東大学が日本経済新聞の逆鱗に触れたからである。その原因になったのは「辞め日経」の後藤達也さんとのインタビューだった。大手企業を辞めた人はその後とことん惨めな思いをしなければならないはずなのに後藤さんは何だか楽しそうである。こんなのはダメだということになったのだろう。
この、曰く付きの高橋さんと後藤さんがReHacQで「あつまれ!経済の森」という番組を始めた。タイトルはなんとなくふざけている。まだインテリアを整えるお金もないらしくセットも貧相だ。セットがなくオフィスの片隅で番組を収録し始めた。
とはいえゲストは豪華である。時事通信の「本石町日記」氏と日銀の元理事という組み合わせである。最初は「植田日銀の金融政策についてわかるぞ!」との期待のもとに見始めたのだが一向にそんな話が出てこない。
そのうち様子がおかしくなり始めた。門間さんが強調するのは
- そもそも日銀の目標は経済の邪魔をしないように金融環境を安定させることでであって、日銀が頑張ったからといって日本が経済的な苦境から脱出できるわけではない。妙な期待はするな。
という点にあるようだった。なんだかやる気が感じられない。
普段の門間さんといえばこんな感じで話をしていることになっている。ロイターの直近のインタビューを見つけた。こYouTubeの門間さんは偽物なのかも知れないとすら感じた。
インタビュー:「植田日銀総裁」、YCC撤廃模索へ 短期金利目標に移行すべき=門間元理事
ついに門間さんは「そもそもなぜ2%なのか、ゼロでいいじゃん」と言い放ち、パンダの人(高橋さん)に「そもそも門馬さんも決定者の一人ではないか!」とツッコミを入れられてしまう。
門間さんによれば日銀が「2%」を決めた理由は以下の通り。
- ニュージーランドが物価を下げるために「とりあえず2%に下げよう」と決めた。
- これがデファクトスタンダードになり物価安定=2%ということになった。アメリカもこれを目標として採用した。
- 日本では逆にデフレ批判があり日銀が何とかしてくれるだろう、いや何とかしてほしいという期待が膨らんだ。
- そのためなんとなく「日銀が2%の物価上昇を目指す」というような流れになった。
つまり「空気で何となく決まったのだから根拠なんかない」といっている。「私はこの妥当性について説明できた試しがありませんね」などとも口走っている。おそらく経済専門誌・経済専門紙はこの部分は落としてしまうと思う。格調高く仕上げるためには邪魔な部分だ。
これが日銀の神格化につながっているのであろうと感じた。
パンダの人(高橋さん)は「結構ざっくり決まったんですね」と呆れるのだが、門間さんは「やっと言いたいことが伝わったか」と満足そうな表情である。
「辞め日経」の後藤達也さんは門間さんに取り込まれて話をまとめようとしてしまう。これをパンダの人(高橋さん)がかき乱すことによって本音がわかるという構成になっている。
後藤さんは「でもこれによって政策はガラッと変わりますよね」とまとめようとするのだが、門間さんは「良いことなのか悪いことなのかわからないが、政策がガラッと変わっても世の中には大した影響はない」と言い放ち、後藤さんは肩から崩れ落ちていたように見えた。
本来なら「非線形化が進む環境に対応できない中央銀行」というような批判を展開したいところだ。だがそんな気になれない。おそらく日銀がこれまで戦ってきたのは「幻影」なのだろうと思った。御簾の後ろに隠されていると必要以上に神秘的に見えてしまうのだ。
考えてみると、日銀の元偉い人がYouTubeで「ぶっちゃけそんなの日銀には無理ですよ」などと言い放つことはなかった。「ゼロ金利に近づくと物価上昇に働きかけることができない」という流動性の罠について語っている。まあ、それでも一生懸命やっていますよというニュアンスだ。
その後「プロ」の後藤さんが入って話をまとめに入ってゆく。現在の物価上昇は輸入物価の上昇に基づいている。それは海外の混乱によって作られているのだから、2024年になればまた下がってゆくだろうという前提を日銀関係者は持っているようだ。これは目の前の物価上昇が大問題と考える一般の常識とは異なっている。後藤さんも「2年は長いのでは」というのだが、門間さんは中央銀行のスパンは5年・10年なのだから2年は「一時的」でありそれに従って金融政策を決めるべきではないと主張している。
ここから本石町日記の窪薗氏(時事通信の解説委員なんだそうだ)が入り「日銀政策は周期的な景気循環を穏やかにする効果があるだけ」と補足し、門間さんが「いやほとんど影響がないって」と重ねる。
ここから「そんなにどっしり構えていてもいいのか?」とか「現在起こっていることは本当に周期的なのか?」とか「SNS時代には不測の事態が起こりかねないのだからなんとかすべきなのではないか?」という議論に持ってゆきたいところなのだが、おそらく日銀もその周辺で取材をしている人も
- 日銀の目的は環境整備なんだから色々期待されても無理
という共通認識を持っているのではないかと感じた。ただ日銀法には「色々書いてある」ので政府にもお付き合いしなければならないというような感覚を持っているようだ。
一応、門間さんは「SNS時代」という認識も持っているようだ。マーケットが日銀のメッセージをストーリーとして捉えて過敏に反応することによって返って本来及ぼすべき経済波及効果が発揮できないという発言は重たい。
本来は日銀の金融政策が実体経済に波及しそれがマーケットを動かすはずだ。日銀はそのようにしてしか経済に影響を与え得ない。
だが、門間さんがいうような環境が戻ってくるとは思えない。通信手段が発達しマーケットがいち早く反応するという現実はなくならない。
総論として元日銀の人がYouTubeで発信することはとても重要だと感じた。文字媒体ではドロップしがちな日銀の限界と人となりがリアルに伝わってくるからである。
また「プロの素人」の存在もきわめて重要なようだ。後藤さんだけでは話がまとまってしまいここまでの本音は引き出せなかった可能性がある。
難点はとにかくコンテンツがやたらと長いことである。全部で50分程度あり全てを見るのはかなり疲れる。おそらく空気感を伝えたいということではあると思うのだがやはり要旨だけを5分程度にまとめてくれないかなとは感じた。