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FRBパウエル議長が口にした「リセッションは非線形」発言の不安

砂山を想像してみてほしい。積み上がるときには秩序だって積み上がってゆくが、崩れるときには予測不能な崩れ方をする。秩序のある積み上がり方をしているときには線形モデルで予測できるのだが、崩れるときにはどこから崩れるのかの予測が難しくなる。これを非線形と言っている。パウエル議長の「リセッションは非線形になりやすい」発言はわかりにくかったためマーケットに不安が広がることはなかった。だが、リセッションの兆候はすでに現れ始めているのではないかと思う。

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リセッションは非線形化しやすい

パウエル議長のFOMCでの発言に気になる点があった。リセッションは非線形になりやすいためモデル化が困難であると言うのだ。さらにソフトランディングへの道筋はまだ存在し、その模索を試みるとも言っている。

パイロットの発言に置き換える。「飛行機が落ちる時は予測不能な動きをする」「だがまだ安全に着陸する可能性はあるため機長は一生懸命にやっている」ということになる。おそらく機内アナウンスで機長が「ふと」そんな発言をすれば乗客はパニックを起こすだろう。機長が「胴体着陸」に意識していると言う意味だ。飛行機の例を挙げたのは誰もここから逃げ出せないからである。

非線形でモデル化できないと言うのはどう言う意味なのか。想定されるシナリオが拡散し確率が計算できないという言うことになる。このため未来予測が本質的にできなくなる。つまり対策も打てない。あとは「シートベルトをしっかり締めてください」という世界だ。

ただ「何が非線形であるか」についてパウエル議長は説明していない。

ロイターの別の記事によると、パウエル議長はもっと強い利上げをやりたかったようである。だが直前にシリコンバレーバンクの破綻が決まりさらにもっと大きなクレディ・スイスまで統合されてしまった。市場の不確実性は増しているためパウエル議長はこれ以上の不確実性を市場に投げ込むことができなかったようである。

このコラムはFRBの目標は三つあると言っている。

  1. 過度なインフレを抑えて物価を安定させること
  2. 雇用を最大化するために適度なインフレを作り出すこと
  3. 金融システムを安定させること

1と2はある条件のもとで実現が可能である。市場が線形の動きを見せているときには金利で調整できる可能性が高い。問題は3番目だ。不確定要素が加われば加わるほど制御が難しくなる。現在では政治と国際環境の変化が問題に複雑性を与えている。

不確定要素

不確定要素1:政治と国際情勢の緊密な連携

中国が海外に貸付を始めている。中国の金融市場規制は必ずしも洗練されたものとはいえない。また景気が悪化しても「中国への返済を優先するように」と言う条項もある。景気後退局面になっても債権整理ができない。このため財政破綻する懸念を持った国が出てきている。さらにそもそも中国経済が減速すれば世界の貸し手になっている中国発で問題が広がる可能性もある。

スイスではスイス政府に対する信頼が揺らいでいる。このところスイスが管理している海外資産はルクセンブルクやシンガポールとの競争にさらされてきた。国際的な監視が強まりスイスが得意としてきた守秘性が徐々に失われつつあったからだ。

スイスの場合は状況が急速に悪化した。

今回クレディ・スイスのAT1国債が無価値になることで「クレディ・スイスがなくなることはないだろう」と言う漠然とした期待が吹き飛ばされてしまった。ところが経営者はUBSの株式を取得することができる。つまり、債権者は救済されずクレディ・スイスの放漫経営を許容してきた株主たちは救済されてしまったのである。さらにスイス国民がクレディ・スイス破綻費用を支払う可能性がある。スイスは組合が非常に強い国なのだそうだが、政治家や労働組合の間で怒りの声が上がっていると言う。

アメリカではシリコン・バレー・バンクの破綻に際して「金融機関の監視を強めるべきである」という意見が出ている。5月にFRBのバー副議長が調査結果を公表する予定になっている。しかしながら、政治の側は「金融監視を緩めたのは共和党である」という批判があり、それに対抗する形で「インフレを作った民主党こそが悪の根源だ」と罵り合いを続けている。

世界経済は密接に絡み合っており、一つの国で何かが起きるとそれがよその国に伝播しかねない。たとえば中国経済が減速すればアメリカの景気に影響を与えるかもしれない。またアメリカの銀行の破綻が人々を不安な気分にさせスイスの銀行に飛び火すると言うようなことも起こる。

不確定要素2:SNS

デジタル・バンクランが問題になっている。デジタル・バンククランとはSNSを媒介にした取り付け騒ぎだ。一瞬にして世界中に噂が拡散されるがスマホを使って簡単に資金を移動させることができる。これが金融機関を不安定化させる。

パウエル議長もこのSNSの中では不安定要素の一つになっている。銀行破綻が起きる前、パウエル議長のタカ派シナリオがハードランディングの要因になるのではないかと言う分析があった。この情報も一瞬に世界中に広がり実際に相場が動いた。

ある意味、中央銀行が不在の世界

最近のパウエル議長は「指標を見て決めるしかない」との発言を繰り返してきた。つまり「予測ができない」と言っている。これがそもそもこの発言が不安定要素になっていたのだが、おそらくパウエル氏は指標を見ながら「予測不能=ランダム」な動きをし始めているなと感じ始めているのではないかと思う。つまり、予測不能性の段階が一段引き上がっていることになる。あるいは、最初からそう感じていたのかもしれない。

ではこれは具体的に何を意味しているのか。まず地域経済に影響が出る。アメリカでは地銀レベルの銀行を中心に預金引き出しが相次いでいる。余裕のある富裕層ではなく地域の経済を支える金融機関が最初に被害を受ける可能性があるのだ。つまり、金融市場の破壊はそのまま地域経済を破壊する。

ロイターには別の記事もあった。中央銀行がインフレ対策を諦めて金融機関を救わなければならないかもしれないというのである。現在中央銀行はインフレ対策で利上げをやっている。だが地域経済を守る金融機関を吹き飛ばすわけにはいかない。政府の救済にも限度はある。このため、欧米の中央銀行では早期利下げが検討され始めている。ただ、これは「インフレ対策を諦める」ということである。インフレが線形であるうちはそれでもいいのだが、こちらにはバブルという極大化シナリオがある。

最初に挙げた中央銀行の役割のうちの3(金融市場の安定化)を優先させると伝統的な目的であった1と2のコントロールができなくなる。つまり、中央銀行は「極端なインフレ」か「金融システムの破壊」という究極の二者択一を迫られているということになってしまう。これは極めて極端なシナリオであるように思えるのだが、ロイターのこの記事を読む限りこうなる可能性はもはやゼロではないようだ。

リセッションは「景気後退局面」と見做されることが多いのだが、現在の資本主義は定期的に「シナリオが拡散して収拾がつかなくなる」という事態を迎えるような仕組みになっているのかもしれない。アメリカは確かに世界経済の中心ではあるが、超世界的な存在ではない。

緊密に連携した世界経済をまとめることができる超国家的な統治機関はなく、SNSの情報をモデレーションする機能なども本質的に作りようがない。

ただ、機長であるパウエル議長は日欧米主要国の中銀総裁らと連携をとりながらなんとか極端なシナリオを防ごうとしている。これが、おそらく「ソフトランディングへの道筋はまだ存在し、その模索を試みる」の意味なのだろう。

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