アメリカ財務省など金融当局の初期対応が効果を示しアメリカの金融不安はおさまったかに見えた。ところが一拍おいて今度はヨーロッパに飛び火している。今度はクレディ・スイスに経営問題が浮上した。ニューヨークの株価は一時600ドルを超える値下がりとなった。
関連報道を短くまとめて分析を加えてみた。
きっかけになったのは筆頭株主のサウジ・ナショナル・バンクが追加融資を見送ると発表したことだった。クレディ・スイス株価は一時30%以上急落した。これはクレディ・スイス特有の問題でありシステム的なリスクはないはずだ。ところがなぜか銀行株が軒並み下げた。症状をあえてつけるならば「不安感染症」ということになる。
アメリカでは大手金融機関に預金を移す動きが広がっている。バイデン大統領が直々に「アメリカの銀行は大丈夫だ」と表明しているがすでに政治に対する信頼はない。メディアを中心にした民主・共和陣営の罵り合いが続いており預金者や投資家の間に不安が燻り続けていることがわかる。
繰り返しになるがこれはシステム上のリスクではないはずである。だが「システムに対する漠然とした不安」というまったく別の問題が解決できていない。
そんな不安を背景にして別の騒ぎが出てきた。かねてから経営不振が囁かれていたクレディ・スイスの問題が再燃したのだ。
クレディ・スイスはサウジ・ナショナル・バンクから追加出資を断られスイス国立銀行にサポートを要請した。ところがここで「政府支援なしでやってゆけないのではないか」という疑いを持たれたようだ。クレディ・スイスグループの会長は「国の支援は課題ではない」と述べた。SNBがクレディ・スイスに支援ができないのはすでに上限ギリギリの10%の株式を取得しているからなのだという。つまり「もうダメだから救わない」というわけではないのだという説明になっている。
ECB(欧州中央銀行)はこの問題をクレディスイス特有の問題と見ており域内の銀行への影響を見定め始めた。つまりシステミック・リスクはないというわけである。このように欧米当局は盛んに「システミック・リスク」を否定する。2008年の金融危機を恐れていることがわかる。しかし市場は当局を信頼せずアメリカ発の不安がヨーロッパに伝播しそれがまたアメリカに戻ってくるという形になった。
例えばシグネチャー・バンクの閉鎖もシグネチャー・バンク固有の問題であって暗号資産とは関係がないと言っている。不安が暗号資産市場に影響を与えることを恐れているのだろう。一方でCNBCに出演した取締役で元民主党下院議員のバーニー・フランク氏は「規制当局が反暗号資産の非常に強いメッセージを送りたかったことが、今回の事態の一因だと思う」と言っている。つまり「規制当局は反暗号資産で我々はその被害を受けたのだ」と仄めかしている。
フランク氏は金融規制改革法「(ドッド・フランク法)の立役者として知られるという。既存金融機関の規制がきびしくなれば当然新しい種類の金融サービスへの需要は高まる。クリプト・フレンドリーで知られる銀行の役員になっていたのだ。一方で経営陣に破綻の責任を問う動きも出ているためフランク氏が自分に向かいかねない批判をかわそうとした可能性もある。
金融機関規制とその緩和は政治闘争とは無関係ではないようだ。
アメリカでは金融規制とその緩和についての検証も始まった。議会の無策を背景にインフレ抑制に尽力してきたパウエル議長は政治からの圧力を受け始めている。民主党のウォーレン上院議員は「パウエル氏は内部調査に参加すべきではない」と主張している。パウエル氏が規制緩和に直接支持したという主張だ。
共和党側からは「インフレはバイデン大統領の積極財政策のせいだ」という批判が出ている。対する民主党側はトランプ政権下で進んだ金融規制緩和が今回の問題を引き起こしたのだと主張し金融機関の取締役らに厳しく当たる方針だ。バイデン大統領は盛んに経営陣を追求するし納税者が今回の騒動で負担をすることはないと主張し続けている。
問題を処理しきれなくなっているアメリカ議会では指の差し合いがはじまった。二つの陣営がそれぞれ相手を厳しく非難している。
政治は何もしてくれないのだから自己責任でなんとかするしかない。結果的にこれが不安を生み混乱につながっているのかもしれない。今回の問題はヴァイラル性の不安感染と言って良いが、その根幹にあるのは「責任を取らない政治」という慢性の病なのかもしれない。政治不信は経済から体力を奪っていて不安感染症にかかりやすくなっているのだ。
2019年からはじまったコロナショックは見えないウイルスとの戦いだった。これを克服しつつある世界経済だが、今度は「先行き不安」や「システム不安」という見えない別の何かとの戦い始めてしまったようだ。
SNSが発達した世界では不安はSNSに乗って「ヴァラル」で広がるということがよくわかる。