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シグネチャーバンクの破綻は新たな金融危機を引き起こすのか

シリコンバレーバンク破綻の驚きが冷めやらぬ中、関係者を驚かせる新たなニュースがあった。共同プレスリリースで「シグネチャーバンクが破綻した」と伝えられたのだ。中には「新しい金融危機が起きる」などと不吉な予想をする人もいたが、結論だけをいうと今のところ「新しい金融危機」はかろうじて食い止められている。キーワードはシステミックリスクと感染性だ。

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週明けに大きな動きが予想されたため、アメリカ政府の初動は早かった。財務省、FRB、FDICは共同声明を出し次のように発表している。週が明けてアメリカで壊滅的な被害が広がらなかったのはこの声明とその後に矢継ぎ早に表明された措置の効果と言ってよさそうだ。

  • 大統領と協議した後イエレン長官はシリコンバレーバンクの預金を完全に保護することにした。またシグネチャーバンクも同様に「システミックリスクの例外措置」となる。
  • 納税者の負担はない。
  • 株主、特定の無担保債権者は保護されない。上級管理職は解任された。
  • FRBは資格のある預金期間に追加の資金を提供する。
  • 金融危機後に改革が行われているため銀行システムに影響が及ぶことはない。

今回の措置はシステミックリスク対策というよりは心理的な動揺が全米に広がることを避ける狙いがあったと言って良い。両方の表現が入り混じっている。「システミックリスクの例外措置」といいつつ「銀行システムに影響が及ぶような連鎖性はない」とも言っている。

アメリカ合衆国連邦政府は素早い措置をとった。危険な金融機関をあらかじめ閉鎖し、預金者の不安を取り除こうとしていることがわかる。預金者が動揺するようなことがあれば次の取り付け騒ぎが起きかねない。

シグネチャー銀行の閉鎖は周知されておらず今回の共同声明で初めて知ったという人も多かったようだ。冷静に考えれば「騒ぎが広がらないようにあらかじめ手を打った」ということなのだろう。専門家は「今回の騒ぎはすぐに落ち着くだろう」と予想している。

だが「また新しい銀行が潰れたのか」と驚いた人もいたようだ。

日経新聞の記者は「シグネチャー・バンクの無秩序な破綻は金融システムを揺るがすシステミックリスクに該当するとみて、預金全額を保護する例外措置を執ると発表した。」と言っており記事にもそう書かれている。

アメリカ財務省は金融システム的な破綻はないと言っているにもかかわらず、これはどういうわけなのか。

一つは日経新聞が今回の銀行倒産を「金融引き締め時の一連の倒産」と見ている可能性だ。FDBの引き締めによって銀行が既に不安な状態にある上に預金者も不安を感じている。不安が心理的に「感染」することをシステミックだと言っているのかもしれない。

もう一つ、別の仮想通貨・暗号資産という別の要因も考えられる。

シグネチャーバンクについて調べていると「クリプト・フレンドリー」という言葉を目にする。日経新聞の記事にも書かれているがコインデスクでも多数の仮想通貨顧客を持つニューヨークを拠点とする銀行と表現されている。

今回、破綻は2例目と書いている媒体と3つの銀行が破綻していると書いている媒体がある。やはりクリプトフレンドリーとして知られていたシルバーゲートバンクが自主的に銀行を閉めているそうだ。つまり自主的に閉めた銀行が1つあり当局から「ゲームオーバー」を言い渡された銀行が2つあるということになる。

シルバーゲートバンクはSENと呼ばれる仮想通貨の取引ネットワークを持っていたようだ。このSENを代替する金融機関が求められていた。SENは銀行間の取引ネットワークではなくシルバーゲートバンク内の口座が相互に送金できる仕組みになっておりこれが仮想通貨取引市場のように扱われていたようだ。

今回閉鎖を言い渡されたシグネチャーバンクはSignetと呼ばれるプログラムを提供しており、これがSENの代替になる可能性があるのではないかとコインデスクは見ていたようだ。この記事は3月8日に書かれていたことからこの時点ではシグネチャーバンクの経営状態は一般に周知されていなかったとみてよさそうである。

CNBCは「他にも危ない銀行があるのでは?」と指摘している。英語の表現はmultiple bank runsだ。短いコンテンツを見てもらえるとよくわかるのだが、キャスターが「今はスマホ(セルフォン)で預金が簡単に引き出せてしまうわけですよね」と指摘している。アメリカでは取り付け騒ぎのことをBank Run(銀行に駆け込む)と表現するそうだが「Cell-phone Run・Twitter Run」と言っている。かつては銀行が開いている営業時間に預金者が殺到することで取り付け騒ぎが起きていた。しかし現在ではYahoo!ファイナンスなどをみた人がスマホで預金を引き出すことであっという間に銀行が破綻する可能性があるということになる。

今のところCNBCのキャスターが心配したようなことは起きていない。


これまでの動きをおさらいする。

シリコンバレーバンクに続きシグネチャーバンクが破綻したことで金融崩壊が起こるのではないかという懸念が広がった。シグネチャーバンクは資金の1/4が仮想通貨由来(2022年9月現在)であるとされている。つまり今回は仮想通貨絡みで連鎖的な危機が起きる可能性があったと見てよさそうだ。

もう一つシステミックリスクではなく預金者の不安から取り付け騒ぎが加速するという事態も十分予想された。つまり不安が「感染」する可能性があった。

財務省、FRB、FDICは素早く声明を発表した。さらにバイデン大統領も安全を宣言し国民の懸念払拭につとめた。この時にバイデン大統領が強調したのが2008年の金融危機の再発防止のために導入された金融規制改革法(ドットフ・ランク法)だった。大統領はシステムの回復と規制強化を宣言している。

一部イギリス法人が買収されたと言うニュースがあったが、シリコンバレーバンク本体にはつなぎ銀行(ブリッジバンク)が準備され預金は全額保護されることになったようだ。ここでFDICの保護額以上は保護されないかもしれないという不安は払拭された。さらに脆弱な金融機関を守るための措置も発表された。週明けには一定の緊張が走るだろうがリスクは大幅に交代したとロイターは分析している。

今回の動きが今のところ2008年の金融危機のようにならない理由は2つある。

前回のように複雑な金融商品がなく2008年の反省から対策も取られている。

逆に言えば前回のような複雑な金融商品(例えば未知の暗号資産がらみの商品など)が見つかったり当局が考えるよりも早いペースで預金者に不安が広がれば不測の事態も想定されるということになる。ロイターの分析記事では「理論上は十分な措置だが根拠なき不安が払拭されるかどうかはわからない」と指摘する人がいる。日本流に言えば安全ではあるが安心ではないということだ。

もう一つの不安はFRBの動向だ。FRBは今後も利上げを継続させる可能性が高い。つまり金融機関が受けるストレスはますます強くなるかもしれない。金融市場は依然「今後もこれに耐えら得ない銀行が出てくるのではないか」と疑心暗鬼だ。次のCPIの内容が不安視されているのはそのためである。

米シリコンバレー銀破綻、当局が緊急措置発動もくすぶる懸念

とりあえずの大惨事は防がれたと言ってよさそうだが新たな懸念が3つある。

1つは政府が預金を救済してくれるならそもそも銀行が健全な運営をする必要はないというモラルハザードの問題である。FRBはインフレ対策しながら預金保護や緊急期間対策も行うことになる。つまりアクセルとブレーキを同時に踏むことになりインフレの対策も難しくなったと言って良い。

二番目に日本の出口戦略実行も難しくなった。日本は「超ハト派政策」の期間がアメリカよりも長い。また金融機関の破綻に対する社会的衝撃も大きい。アメリカは予備的に危ない銀行を潰したが同じことが日本にできるのだろうかという疑問がある。

第三にバイデン大統領はまたしても「トランプ大統領と共和党」を避難している。悪夢のトランプ政権が危機を作ったと言わんばかりである。一方で保守系メディアは既にバイデン政権の積極材政策がインフレを加速させたために金融危機を作り出したと主張し始めている。つまり今回の件もまた政争に利用されてしまうのである。民主・共和両党の睨み合いは言うまでもないことだがアメリカの国家デフォルトのリスクを高めることになるだろう。

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