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牛乳の価格が上がっているのに乳牛殺処分が議論されているのはなぜなのか?

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維新の議員が「乳牛の殺処分問題」について質問しているのを聞いた。岸田総理は全く興味がないらしくなんとなくダラダラと答弁を続けている。こんなことでは牛も酪農家もかわいそうだなとまずは憤った。後になってこの問題について調べたのだが「どこかおかしい」と感じた。非論理的な農林水産官僚の政策が酪農家に借金を背負わせ牛を殺しているようにしか見えないのである。

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まず事実関係から確認する。生乳余るのに牛乳値上げ? コロナで増産計画が一転という日経新聞の記事が見つかった。2023年1月の記事である。実はこのトレンドはしばらく続いているようだ。日本農業新聞は2022年9月に「乳業大手が牛乳値上げ 飼料高受け商品価格に転嫁」という記事を書いている。NHKの首都圏版は11月に「11月牛乳値上げの理由は 子育て世帯だけでなく酪農家 メーカーも苦境」という記事を出している。

どうやら牛乳の値段は上がっているらしい。これでは牛乳を飲む人が減ってしまう。

ところが同時に牛乳をもっと飲んでほしいと酪農家たちが懇願しているという記事もよく見かける。探せばキリがないのだが、2022年11月に大分県の酪農家が牛乳を無料で配っているという記事を見つけた。特に夏休みや冬休みの前など学校給食がなくなる時期には危機感が高まるようだ。

つまり牛乳を飲む人は減っているのに価格が上がり続けているということになる。そしてその価格を維持するために牛乳を捨てているのだ。捨てきれないから乳牛を殺せという指示が出ているということになる。高い牛乳の価格を維持し農水省の官僚の政策の失敗を隠蔽するために納税者は1頭あたり15万円を負担することになる。もちろん大切に育ててきた乳牛を殺すことになる酪農家にとっても辛い話である。


さすがにこれはおかしい。維新の串田誠一議員が酪農の問題について質問をしていた。アニマルウエルフェアがライフワークになっている議員のようだ。アニマルウエルフェアの観点から乳牛の殺処分に反対している。

串田さんによると日経新聞が記事にしているようだ。だが、日経新聞は酪農の問題についてはあまり興味がないようだ。結局「動物の命はかけがえがないものだ」と動物の殺処分の問題として片付けて終わりになっている。

なぜこのようなことになっているのか。このニュースに関してテレビ朝日がまとめていた。次のような議論展開だった。

  1. 2014年にバター不足が起きた
  2. 農水省はバター不足が起きるのは乳牛が足りないからだと考えて酪農家にもっと牛を飼うようにすすめて補助金まで出した。
  3. 酪農家も「国のいうことだから」と借金をして設備を増やし乳牛の数を増やした。
  4. ところが今度は補助が効き過ぎてしまい乳牛の数が増え過ぎた。
  5. ここにコロナ禍が起き学校給食などがなくなったことで牛乳の過剰供給問題が生まれた。
  6. すると今度は農水省は生産調整を勧めてきた。つまり牛を殺せというのである。
  7. 一方で酪農家は借金を背負って経営を拡大させている。生産が減れば借金が返せなくなる。ただでさえ円安の影響で燃料費や資料代が上がり大変なことになっている。政府はなんとかしなければならない。

論理的破綻はなく「なるほどな」と感じる。補助金を出したところ酪農家が集まりすぎたのだろうという気がする。ただ、梯子を外された形になる酪農家もかわいそうである。さらにまだ牛乳が生産できるのに殺される牛もかわいそうだ。

結局誰も得をしていない。なぜこんな政策がまかり通っているのかよくわからない。


この問題について調べていると山下一仁という人の一連の文章が見つかることが多い。バター不足と生乳の量には関係がないというのだ。山下一仁さんはキャノングローバルの研究主幹という肩書きで林業・農業・通商政策を研究している。

仮に山下さんの主張が正しいとするとテレビ朝日の論拠は2から向こう(つまりほどんと)が崩れてしまう。

そんな大切なことがなぜ伝わらないのか?と思うのだが理由はいくつかありそうだ。一言で言うと議論があまりにも内向きなのだ。

第一の問題は山下さんのいう産業構造のわかりにくさにある。

牛乳はバターと脱脂粉乳に分解できる。だがバターと脱脂粉乳を合成すればまた牛乳が作れるのだという。確かにそんな話は聞いたことがなかった。実は一口に牛乳と言ってもいろいろな種類がある。

次に山下さんの記事は軒並み「続きは登録してから」になっている。このため一般に山下さんの議論に結論があったとしてもその結論が読めない。

山下さんの問題提起の仕方にも問題がある。山下さんの文章はどれも詳細を記述した上で「本当に今の分析は正しいのだろうか?」と読者に委ねる形式になっている。このため仮に山下さんに画期的なアイディアがあったとしてもそれが伝わらない。

例外的に最後まで読める記事がある。これを読んで山下さんの主張が伝わらない決定的な理由がわかった。消費者はどうすればできるだけ安定した価格で美味しい牛乳が飲めるだろうかという点を気にする。しかし山下さんは「今の農政はおかしい」ということが訴えたい。つまり消費者と書き手のニーズがずれているのである。

山下さんの一連の議論を読むと農水省の保護行政が消費者・納税者にとって過度な負担になっていると言うことがわかる。混合社会主義経済の弊害である。

補助金政策で市場経済が歪められているため単純な需要と供給のバランスが取れなくなってしまっている。これを解決するためには現在の使用目的別の乳牛価格政策を単純化させるべきだろう。だが改革を一気に進めるとこれまでかろうじて保たれてきたバランスが一気に崩れ北海道などの酪農経済が一気に崩壊する可能性がある。

しかしながらそもそも問題提起が伝わらなければその後の議論もできない。伝わらない議論には意味がないのだ。

山下さんの最新の記事はNHKのクローズアップ現代を批判し「酪農業界の問題は自業自得だ」と主張している。複雑さと内向きさがよくわかる。これを読んでゆこう。

牛乳は捨てるほど余っているのに、なぜ値上げなのか…平均所得1000万円超の「乳牛農家」をめぐる深い闇

  1. 牛乳からバターと脱脂粉乳が作られる。しかしバターと脱脂粉乳を混ぜると再び加工乳になる。
  2. 脱脂粉乳に問題が起き(雪印の脱脂粉乳が原因の食中毒事件が起きているそうだ)脱脂粉乳が作られなくなったためバターも作られなくなった。
  3. ここでバターを輸入すればよかったのだが農水省管轄の機構がバターの輸入を拒んだ。バターから牛乳を作ることができるので、事実上安い牛乳を輸入したことになってしまうからだ。牛乳は一物一価ではない。一度分離して牛乳を作ったほうが安くなってしまう。
  4. なんとか辻褄を合わせようと農水省は酪農家に生乳を作らせようとした。すると今度はバターは足りるようになったが脱脂粉乳が過剰になった。そこで今度は生乳をコントロールしようとした。
  5. 結果的に牛乳の値段は上がってしまった。牛乳が過剰なら価格は下がるはずだがそうなっていない。価格を維持するために無理な生産計画を立てているからだ。

一時は脱脂粉乳が作られなくなったのだが、最近では過剰在庫が積み上がっていた。これを牛乳にするにはバターを外国から買って来ればいいのだが農水省はおそらくそれを拒んでいるのだろう。ビールから発泡酒や第3のビールに人が流れたように安い加工乳に消費者が流れかねない。

何が起きているのかさっぱりわからないという状態になっているが結果は明白だ。生鮮食料品である生乳は輸入が難しい。問題はバターと脱脂粉乳である。これを関税障壁で守っているために消費者が負担を背負わされていることになる。経済学的には「関税」をかけるとその関税は消費者が負担することになっている。さらにこの歪な農政を維持するために各種補助金が使われている。つまり日本人は納税者としてあるいは消費者として高い牛乳の価格を維持するための余計な負担をしていることになる。

本来は国内の酪農家を守るはずの政策なのだが実は回り回って酪農家をも苦しめている。牛乳の価格が上がれば牛乳を買う人がますます減ってしまうからである。

農水省と酪農産業は自分達の構築した利権を守ろうとしている。だが、実際には経済規模を縮小させてしまっている。そして、失敗が認められない農水官僚たちはこれを自分達で解決できなくなっている。

岸田総理はこれを外から呆然と眺めている。やることが多すぎるためこれ以上問題を抱え込むことができない。

ただこれで困るのは誰なのか?と考えたところ「実は誰も困らないのではないか」と思った。つまり国内で牛乳が作られなくなってもバターと脱脂粉乳から加工牛乳を作ればいいからである。確かに消費者は最初は文句を言うだろう。だがビールから発泡酒に人が流れ最終的に「チューハイでもいいや」と感じるようになったように、おそらく価格が安くなりイノベーションが進めば消費者は収まるところに収まってゆく。

ただこれは日本の酪農を崩壊させるだろう。特に北海道は酪農に依存している地域も多い。地域経済が崩壊すればおそらく安全保障の上でも日本は問題を抱えるはずだ。

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