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政治に翻弄され若者に見放されたNHKと地上波

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読売新聞が「NHK会長が異例の検証、前会長改革を「本来大事にしていた理念とは異なる」…ネット展開は「発展の余地」」という記事を出している。新しく就任した稲葉会長が前田前会長の「改革」を見直すというのである。NHKが会長人事を通じて政治に翻弄されていることがわかる。NHKは若者視聴者獲得に力を入れているが、あまり効果が出ていないようだ。なぜこんなことになっているのか。

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読売新聞の記事を読むと前田前会長がこのままでは若者に見てもらえなくなるという危機感を持っていたことがわかる。そこで番組制作に関わる管理職の人事や番組内容まで見直そうとした。一時「あの番組もリストラされるのではないか」などと話題になっていたことを記憶している人も多いかもしれない。「若者に媚びてもどうせ彼らは見ないのに」というのが基本的な論調だった。

結果的にNHKは若者など新規の視聴者を獲得することはできていない。契約方法を見直したこともあり契約件数は伸び悩んでいるという。高齢化が進むとそもそも契約者は減ってしまう。その上若者も見てくれない。NHKが明るい将来展望を維持することは極めて難しそうだ。

稲葉新会長が期待を寄せるのはインターネットなのだが、民放連はこの動きを警戒しているようだ。地上波テレビは「オワコン」などと言われており民放もインターネットの活用方法を模索している。ここに受信料を背景にしたNHKが出てこられては困るという事情もあるのかもしれない。

「若者はネットにいる」とばかりにNHKと民放が限られたパイを奪い合っていることがわかる。ただ、NHKにも民放にも具体的な展望はないようだ。

ではなぜこんなことになっているのか。さまざまな切り口があるのだろうがここは政治系の番組を中心に考えてゆきたい。

安倍政権になってから地上波メディアから政権批判的な番組が消えていた。その原因がわかってきた。磯崎首相補佐官(当時)が放送法の解釈見直しに着手したことが原因であるとわかってきた。内部文書を小西洋之参議院議員が拾いメディアの注目が集まっている。

狙いは「一部政権に批判的な番組」を問題視し「厳しく運用してゆく」と放送局に申し渡すというものだった。これがのちの高市早苗総務大臣の「停波」の仄めかしにつながってゆく。ただ、当時はなんとなく「官邸が圧力をかけているのだろう」という認識が広がる程度で何が起きているのかはよくわからなかった。

高市早苗総務大臣(当時)はのちに停波発言を否定した。このことで却って「政府・官邸は何をしたのだろうか」との憶測を生じさせることとなった。

磯崎首相補佐官は政権批判番組を対策をしなければならない立場だ。当然自分の仕事をやりやすくするためにメディアに圧力をかけたいと考えるだろう。渋る総務省に対して「選挙で選ばれた自分達が責任を取る」と申し渡したようだ。小西議員は「「この件は俺と(安倍晋三)総理が決める話」と圧力をかけた」と主張している。

小西議員は安倍官邸がメディアコントロールを強めたことが問題だと言いたいのだろう。だが実際にはそうはなっていない。

結果的に地上波は「一体どこまでがOKでどこからがダメなのだろうか」ということがよくわからなくなってしまった。当時盛んに「放送法解釈の問題」が議論されたが結論が出るはずもない。おそらく「政権批判を潰して広報をやりやすくする」以上の意図はなかったのだろう。

結果的にそもそも問題意識が希薄な中高年層は面倒な政治問題に関心を持たなくなった。逆に意識の高い人たちは「地上波は当てにならない」とYouTubeなどのネット系に流れる。問題解決型のメディアを見つけた人もいるだろうが、中にはより過激な主張を求めてN国などを支援するようになった人たちもいるはずだ。

政府・官邸の基準が曖昧なため「なんとなく両論を並べておけば安心」と考える地上波は徐々にこの状態に慣れてしまう。ところがこの状態は長く続かなかった。

第一に政権批判の震源地はテレビではなく週刊誌に移った。広告収入に支えられた穏健なテレビとちがって「明日の1部」を売らなければならない週刊誌報道は執拗で苛烈である。これがネットで拡散し「炎上」することが増えた。

次に問題の把握が難しくなった。テレビは枠が限られているため「その時視聴者が最も解決してもらいたがっている」問題に集中する。さらに基本的なメディアリテラシは押さえているのだからそれなりに「穏健な」造りになる。つまりテレビは問題をモデレート(穏健化)す流調整池のような役割を果たしていた。

つまりテレビで話題になったものに対処していれば政権は問題解決ができていた。ところが炎上の震源地がネットや週刊誌に移ったことで「モグラ叩き」のように問題が出てくる。岸田政権はモグラ叩きに疲れてしまっていて、新しい問題に対処することができなくなっているようだ。

さらに若者も問題解決には興味を示さなくなってきている。ネット番組ではさまざまな議論が飛び交っているがこれを集約できる規模のメディアはまだ出てきていない。地上波も後追いでネット炎上を拡大しているだけだ。問題は山積しているがどれも解決には至らない。「もういいや」となるのは当たり前だ。

つまり磯崎提案は結果的に調整機能を破壊して洪水が起きやすい環境を岸田政権に残したのである。ある流れは洪水のようになり別の流れは湿地のような環境を作る。環境が悪化し「政治離れ」が起きるといった具合だ。

こうした状態は遂に総理大臣からも気力を奪いつつあるようだ。国会では「地方の衰退にともない鉄道廃線」とか「酪農家の牛乳廃棄」といった問題が次から次へと寄せられている。総理大臣はその度に見解を問われるのだがもはや答える気力はなさそうである。

さらに山本太郎議員が「CIAから資金援助を受けていた岸・自民党」というような話を繰り出したことで、岸田総理の疲労度はさらに上がってしまったようである。これもネットではよく知られた話であるが「今、これを持ち出してどうなる?」と言ったところである。

逆に岸田総理の掲げる子育て安心は視聴者に届かなくなった。子育て当事者たちはおそらくもう地上波は見ていないだろう。

これらはあたかも自然に起きたことのように思える。だがおそらくは政府・官邸がメディアコントロールに失敗したのが原因である。政治の役割は明確なビジョンを提示することだ。安倍官邸がやったのはこの逆の「曖昧化による恫喝」だった。

おそらく、安倍官邸は「うるさい放送局を牽制する」という程度の目的意識で放送法の解釈変更をやったのだろう。だがそれは認可事業者の地上波放送を萎縮させた。しかし地上波もこの生ぬるい環境に慣れてしまう。結果的に「地上波を見ていても何もわからない」という状態が生まれネットをめぐる獲得競争やネットへの人材流出につながっているのだろう。

特に人事と予算を国に握られているNHKへの影響は大きいようである。NHKは政治に翻弄され続けていると言えるが、それが改善されそうな兆しはない。

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