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国鉄改革を先送りしたギリシャの鉄道で悲劇的な列車衝突事故

ギリシャで大規模な鉄道事故があった。死者57人というのが最新の報道だ。記事を読むと単線で自動運転制御装置が働いていない区間が多いと書かれている。改革が進んでいないのだろう記事を探してみた。多くの記事が「ギリシャでは鉄道改革が進んでいなかった」と指摘している。こうした事件が起きると大抵犯人探しが始まる。ギリシャでは駅長が逮捕されたそうだがギリシャのJRにあたるヘレニック・トレイン本社前のデモは暴動に発展している。

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最新情報では事故での死者は57人に達した。列車は高速で反対方向からくる貨物列車に衝突したようだ。大勢の帰省学生が巻き込まれた。列車はひどい火災を起こしておりDNA鑑定をしないと身元がわからない犠牲者も多いそうだ。

当初の報道では「単線区間も多い」と書かれており、ここも単線だったのかと思ったのだが、どうやらそうではないようである。BBCの記事には現場写真が出ているのが線路が二本見える。一応はギリシャのメインの鉄道幹線である。ではなぜ反対側から走ってくる列車と正面衝突したのかという疑問が湧く。当局は駅長を逮捕した。一方で運輸大臣は辞任してしまっている。「責任を取る」とは言っているが監督責任から逃げたと言われても不思議はない。

この事故で最も不思議なのは鉄道会社投石を伴う暴動が起きているという点である。なぜこんなことになっているのか。背景を調べるとかなり問題がある鉄道会社だったようだ。もちろん原因は鉄道会社だけにあるのではない。放漫経営を放置したという政治問題なのである。英語で検索するといろいろな情報が出てくる。

ニューヨーク・タイムズが2010年にギリシャの鉄道について書いている。2009年にゴールドマンサックスとモルガン・スタンレーが政府に赤字システムのサバイバルプランを売り込んだが却下されたという。大規模なリストラと政府に負債を肩代わりさせるという提案だったそうだが「選挙前にそんなことはできない」と政府に受け入れてもらえなかったようだ。

当時のギリシャの鉄道はヘレニック・レイルウェイズと呼ばれ慢性的な赤字体質が続いていた。IMF救済の条件は全ての赤字企業の負債を政府負債として一本化するというものであり、ギリシャ政府はそれに一応同意している。

ギリシャは公務員の数を増やす代わりに公営企業を受け皿にして雇用を水増していた。ヘレニック・レイルウェイズもその受け皿の一つだった。こうすることにより公的債務を見掛け上は減らすことができたのだ。つまり鉄道は政権維持の道具だった。l

アテネとテッサロニキの間は主要なルートと見做されているが公共交通機関(鉄道とバスの組み合わせ)は乗り継ぎの便が考慮されておらず非常に時間がかかる。別の記事によると山越えの区間が高速化に対応していないという問題もあったようだ。このことから国民は鉄道を選ばなくなった。

アテネとテッサロニキは距離的にはおよそ東京・大阪間に当たる。ギリシャでは幹線ルートに当たるため日本で言えば「東海道新幹線」のような路線である。財政難の2012年に「鉄道需要が伸びた」という記事が見つかったが500キロ超の同区間の所要時間は6時間、車なら4時間半で到着すると書かれている。

2019年のヨーロピアン・データ・ジャーナリズム・ネットワークにも記事がある。2019年になってもギリシャはEUの規制の抜け穴を利用して鉄道に多額の補助金を支払っていた。この記事を読むとニューヨークタイムズの記事以降「鉄道改革」がどのように進んだのかがわかる。

この記事によるとギリシャの鉄道は2008年に独立した国営企業になり2017年9月に民営化された。買収したのはイタリア国鉄だったそうだ。つまり、TrainOSE SAは民営会社になった。2022年にヘレニック・トレインにブランド変更されている。

ギリシャ政府はTrainOSEに独占的な権限を与え続けたため鉄道の利便性向上は図られなかったようだ。日本では分割民営化されたJRは少なくとも都市部では私鉄との競争にさらされているがギリシャでは独占企業となっており十分な競争原理が働かなかったものと思われる。

ギリシャ危機が起きて以降ギリシャの鉄道も赤字路線の閉鎖を余儀なくされた。2019年当時216の鉄道駅があったそうだが156が稼働しているだけで60が稼働していない。にもかかわらずギリシャ政府は全体を支援し続けていた。

これらの背景情報を踏まえて改めて記事を読んでみる。ロイターの英語版に詳しい記事が出ている。

まず衝突したのは旅客列車と貨物列車だった。つまり主要幹線の高速鉄道(日本で言うと東京大阪間)が貨物列車と線路をシェアしていたことがわかる。

列車は160キロの速度で貨物列車にぶつかっている。元々不便な区間だったようだがそれなりに改良されて高速鉄道を走らせていたようだ。果たしてこの区間の安全管理がどうだったのかなど詳しいことはよくわかっていない。

亡くなったのは大型連休を終えて帰国した大学生だったとされている。運賃を節約しようとした可能性がある。正面衝突した列車は火災に巻き込まれ一部の遺体はDNA鑑定が必要なほど損傷している。

見かけ場はサービスを向上させることに成功したが安全管理対策はおろそかだった可能性があると言えそうだ。つまり「ハリボテの改革」だったのである。

ミツォタキス首相は「これは人為的なミスである」と言っているのだが、鉄道会社の人為的ミスという意味合いなのだろうが、この放漫経営を放置したのが政府であることは明らかである。一方運輸大臣は「責任を取る」と言って辞任してしまったそうだ。原因究明は他の人がやればいいということなのだろう。ヘレニック・トレインのオフィスでは1000人の抗議運動が怒り窓に石を投げつけた人もいるという。

危険にさらされている鉄道従業員もストを決行したそうである。木曜日の鉄道サービスは全て運休になった。従業員たちは「政府から軽視されてきた」と抗議しているそうだ。

ギリシャは改革の遅れの帰結を最悪の形で受けることになった。人々は口々に「必要な投資をしろ」と訴えている。だがさまざまな報道を読む限り放漫経営を放置し競争力を失ったギリシャの鉄道はおそらく合理化されるべきなのだろう。ただ、当事者たちはまだそのことに気がついていないようだ。この現実を受け入れるのにはかなりの時間がかかるのかもしれない。

政治が責任を取らず現実も受け入れられないと人々はどうなるのかもまた明白である。ギリシャでは「誰が悪かったのか」という犯人探しが始まっているそうだ。トルコの地震で大勢の建設業者が逮捕されたのと同じである。政治は最終的な責任は取ってくれない。結局のところ監督責任を果たさなかった国民がそのツケを負担することになってしまうのである。

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