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「イギリスとEUが通商協定の見直しで合意」は本当に「合意」なのか?

イギリスとEUが通商協定の見直しで合意したというニュースがあった。BBCは今後それぞれの議会調整に入ると書いている。ところがロイターを読むと最終合意への道のりは険しそうである。それぞれの記事を読んでみた。おそらくブレグジットは失敗だったのだろうが一度踏み出してしまった以上はなんらかの落とし所を見つける必要がある。民主主義によって決めた以上は誰かがその責任を受け入れる必要がある。

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ざっくりと概要をまとめると、EUはかなり大人の態度を見せて妥協しているがイギリス国内がまとまらないと言う状況だ。EU側が余裕を見せている理由は二つあると思う。ブレグジットが失敗に終わったため他の国が追随する可能性は低い。そしてここで大人の対応を見せなければヨーロッパ最悪の域内混乱が再現される可能性がある。イギリス植民地政策最後の難題である北アイルランド問題だ。

合意内容を簡単に知りたいと言うと言う人は時事通信の「英EU、政権交代機に雪解け 北アイルランド問題で合意―「スナク首相就任以来好転」」を読むのが良いだろう。

以下、BBCとロイターの記事からここに書かれていないことをご紹介する。

今回の合意はイギリス本土から北アイルランドに向かう流通をグリーンレーンとレッドレーンに分けるというものである。ポイントになっているのはストーモントと呼ばれる北アイルランド議会の異議申し立てを可能にするブレーキを認めるという点である。北アイルランドの議会は現在離脱派が多数を占めている。イギリスへの帰属を維持したいDUPは北アイルランドとイギリスの一体性を認める協定ができるまで政権に参加しないと言う意向だ。つまり議会が機能不全に陥っている。

北アイルランドの「域内事情」になぜEUが配慮を見せるのか。北アイルランド議会の緊張がGood Friday Agreement(ベルファスト合意)でようやく作り出された平和な状況を崩しかねないからである。

例えばバイデン大統領はEUとイギリスがひとまずの合意に達したことを歓迎している。英語版で記事を読むと「Good Friday Agreement(ベルファスト合意)」に対する言及がある。自身もアイルランド系であるバイデン大統領はおそらくこの問題を安全保障上の問題だとみているのだろう。アメリカ合衆国にはアイルランド系が多く北アイルランド情勢が悪化することを恐れる人が多い。つまりこの問題がこじれればバイデン大統領の支持者たちが反イギリスに傾きかねない。

BBCによるとイギリス議会の反応は概ね好評のようだ。野党も合意を支持するとしている。一方でイギリス統一維持派の民主統一党も合意を歓迎している。ロイターの後追い記事でスナク首相は次のように言っている。つまりこれは北アイルランドのためになるのですよと言っている。

スナク氏は合意内容について、英国という連合を強化し、ソーセージからサンドウィッチまで全ての輸入品に影響を与えてきた規制が撤廃され、北アイルランド議会はブリュッセルのEU本部が適用する諸規制に対する発言力が大きくなると主張した。

BBCはイギリスの放送局なので前進には概ね好意的な見方をしているがロイターの記事を読むとトーンが少し違う。

ロイターは今回のウィンザー・フレームワークが党内強硬派に配慮したハイ・リスクな戦略だと言っている。合意内容が具体性に欠けるため後から話が違うと言うことになりかねない。

2021年7月にはソーセージ戦争停戦というニュースがあった。EUの基準に合致しないイギリスのソーセージが輸出できないという問題だった。北アイルランドは実質的にEU側にあるため「アイルランドではイギリスのソーセージが食べられない」と問題になっていたわけである。このようにきたアイルランドにとってこの問題は「イギリスのソーセージが食べられない」というかなり身近な問題になっていた。スナク首相の発言はこれを踏まえている。

EUはこれまでもこの問題でかなり大幅な妥協をしてきた。だが、政治的な対立が解決しなかったことからさらに大人の態度を見せるようになってきたと言えるだろう。今回の合意も事前に「EU側の大幅譲歩」と言われていた。つまりフォンデアライエン氏が譲歩しなければこのまま行き詰まったままだったのである。

一方でイギリス政府はこの問題に対してかなり子供じみた対応を繰り返している。ジョンソン首相はEUとの離脱交渉の最中に「その気になればイギリスがEUとの合意を反故にできる」という法律を成立させた。さらに、政権が末期的だったジョンソン政権にトラス外相は「不要な官僚主義」を排除すると表明していた

この一連の対立によりEUとイギリスが報復が報復合戦に陥る可能性があった。このジョンソン首相とトラス外相が主導したこの法案は下院を通過した。メイ首相は反発して棄権している。

今回のスナク首相の合意からはイギリス議会(特に保守党)内部に燻る対立を鎮静化させたいと言う思惑が透けて見える。だが、具体策に乏しいため内容次第ではすでに法案を通過させているイギリス下院内部にいる強行離脱派を刺激する可能性がある。

だがそれよりも大きいのはやはり北アイルランド議会の内部対立だ。与党のシン・フェイン党は北アイルランド議定書維持派だがDUPは改定を求めている。

政治的なゴタゴタが続くイギリスだが国民はすでにEU離脱を後悔し始めているようだ。

Newsweekの「「EU離脱を後悔」──人手不足、光熱費1000%上昇…止まらない英国の衰退」によると、ブレグジットの後、コロナ禍やウクライナの危機などの複合的な問題が積み重なったことでイギリスの景気はかなり悲惨な状況にあり、主要国の中で唯一マイナス成長に陥る公算が強いという。政治はブレグジットが経済低迷の原因だとは認めていないそうだが、光熱費や人手不足も深刻化している。

先進国において政治がこれほど国民生活に大きな負の影響を与えるのも難しい。イギリスはブレグジットに揺れ続けておりその揺れは今も収まっていない。

イギリスはEUの金融センターとして生きてゆくしか道はなかった。だが金融セクターは労働人口が限られているためEUの規制にばかり目が行く国民が多かったのだろう。それに目をつけた一部の政治家が「イギリスに自由を取り戻す」としてブレグジットを主導し不幸にも目標を達成してしまった。EUからの独立はすなわちイギリスの没落を意味していた。イギリスの政治は今後も否定し続けるかもしれない。だが各種の経済指標は確実にブレグジットは失敗だったことを示している。

いずれにせよ、結果的にそれを決めたのはイギリス人である。つまり彼らは今政治的決断の責任を取らされていると言える。空気によって大きく左右される民主主義の最も恐ろしい一面が表れていると言えるだろう。

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