木原官房副長官が「子供が増えれば子育て予算が倍増される」と発言し「不見識だ」と批判されている。この言葉の持つ意味を考えようと思ったのだが、その前段階でつまづいた。そもそもどうしてこんな発言が生まれたのかがよくわからないのだ。
そこで、問題になったBS日テレの番組を全部見てみた。背景には走りながら次の嘘を考えなければならないと言う岸田政権の苦しい台所事情があるようだ。
マスコミ報道で最も怖いのは「切り取り」だ。そして次に怖いのは切り取りに乗って間違った印象の記事を拡散してしまうことである。まずこれが切り取りでないかを検証しなければならない。幸いなことに「深層NEWS」というこの日テレのBSの番組は3月1日までTVerで見ることができる。
誰かが木原官房副長官を引っ掛けようとして文脈から発言が切り取られたのではないかと疑ってみた。
最初に思ったのは「こんなつまらない番組をいったい誰が見るんだろうか?」という点だった。52分のプレゼンテーションなのだが政治家は木原さんしか出てこない。普段YouTubeの政治番組を見慣れており、それと比較して退屈だなあと感じた。
この番組はそもそもなかなか支持率が上がらない岸田政権に弁明の機会を与えようと言う感じで企画されたようだ。これをMC小栗泉解説員、読売新聞の飯塚恵子編集委員、後呂さんという若手の女性アナウンサー総掛かりで盛り上げようと言うわけだ。ただしフジテレビのよウナあからさまな感じはしない。
実はこれが不幸の始まりだった。
第一の問題点は表向きの「報道の中立」の建前にある。2人が女性が取り調べ官の役割を果たしている。甘めの球を投げて切り抜けてもらおうと言う主旨だ。ところがすでに表向きの政府の説明と取材によって出てくる本音情報が全く乖離してしまっているため取り調べ官がどんなに甘い球を投げても納得がいく答えが得られない。小栗さんの「困ったなあ」と言う表情が印象的だ。
次の問題点は読売新聞の解説員だ。この人はかなり思い込みの激しい人のようだ。岸田さんがウクライナに行けば支持率が上がり統一地方選挙や総選挙で勝てるのではないかと思っている。このため木原さんから思い切った発言を引き出そうとする。おそらく岸田さんは行きたくないのだろう。木原さんは「これをどう取り繕おうか」で頭の中がいっぱいになってしまったようだ。
つまり弁明の機会を与えるという表向きの趣旨に加え「報道としての体裁を整えなければならない」とか「思い切った発言を引き出して番組に注目を集めたい」というような裏の意図が紛れ込んだ。結果的にこれが木原さんを疲弊させて失言の素地になってしまったのである。
全体のプレゼンテーションは50分程度なのだが問題の発言は40分ごろに出てくる。マラソンで言えばゴールが見えてきた、まずは無難に乗り切ったのではないかと言うような地点だ。マラソンの坂は飯塚さんの「ウクライナ電撃訪問プラン」の否定になっていた。
なんとなく終わりが見えてきたなという地点で、キャスターの小栗さんが「倍増という思い切ったことばだけが先行している割に中身が伴っていないようですね」と指摘した。ここで木原さんは「ご批判があることは承知していますが現在具体案を取りまとめている最中です。6月までにみなさんが納得できる案を提示できるように鋭意努力して参ります」くらいに留めておけばよかった。どっちにせよ模擬尋問なのだから優しい尋問官である小栗さんから再反論が出ることなどあり得ない。
ここで事故が起こる。木原官房副長官は「防衛費増額については思い切ったことをやったのになぜ子育てはそうならないのだ」という野党の批判を思い浮かべたのだろう。なぜか小栗さんが聞いてもいない「防衛費増額の話とちがって……」という点からスタートしてしまった。
ただ一歩踏み出した以上は木原さんはこれを基礎に発言を組み立てなければならない。
防衛費の場合は買うべき防衛装備品が決まっているからそれにつれて予算が決まるのだという説明をしたあと子育て予算は子供が増えればそれだけ増えるのだと言ってしまう。そしてそれを正当化するために「出生率がV時回復すれば子育て予算が増えてゆく」と続けてしまった。
失言が生まれた瞬間だった。
小栗さんが仕掛けたわけではない。木原さんが勝手に「自爆」したのである。
後になって文字だけで読むと「因果関係がぐちゃぐちゃになっている」と気がつく。だが、おそらく木原さんはそのことに全く気がついていない。ことによると小栗さんも飯塚さんも気がついていなかったかもしれない。
安倍政権下は「嘘を嘘と暴く」のにかなりの時間を要していただろう。裏で綿密な話し合いがなされており、そもそも安倍総理がそれに参加していたからだ。
ところが岸田政権はそうではない。岸田総理の発言をきっかけに側近たちが「これをどう取り繕うか」を考えているようだ。つまり走りながら次の嘘を考えるという状態になっている。どう取り繕うかが問題になってしまっているので「そもそも何の話をしていたか」についてまで頭が回らなくなってしまうのだ。
そもそもこの「嘘」はどこから出発したのか。それは岸田総理の「思い切った防衛費増額議論」である。保守派に配慮しアメリカの顔色を伺った発言だった。ところが財政バランスにも気を配らなければならないためうっかり「増税も」と言ってしまい党内を刺激した。これが今度は「防衛には熱心だが人々の暮らしの改善には全く役に立っていない総理だ」と言う批判につながる。そこで子育て予算も2倍にしますと言ってしまった。この間に閣僚のドミノ辞任やLGBTをめぐる総理と秘書官の不規則発言などが起きている。
色々な報道を見ると、現在の防衛ラインは「倍増の期限をいつまでにするのだ」という点に設定されているようだ。木原さんは「期限は決まっていない」と言わければならないと言う気持ちが先行したのだろう。おそらく松野官房長官も木原官房副長官もこれが「嘘」だと言うことはわかっている。だから必死で防衛しようとしているのである。
期せずして系列テレビ局が火元となった読売新聞はこう書いている。
発言は、出生率の上昇に伴い、児童手当などの支給が増えることなどによって、結果的に子ども関連予算が増えるとも受け取れる内容だった。
とも受け取れるとは、つまり人によっては勘違いされたかもしれないですねという意味だ。
ただこのニュースはすでにハウリングを起こしている。Twitterで三原じゅん子氏が反応し、それが地上波に拾われて拡散した。これについて松野官房長官は再度質問されたが「予算の倍増がいつまでになされるか決まっていない」と言う従来の防衛戦を繰り返した。
TBSだけでなくNHKもこう書いている。この総理は時期を明言していないというのが防衛戦になっていることがわかる。だったら最初から言わなければいいのにという気はする。
複数の政権幹部も「政府が期限を切って予算倍増と言ったことはない。発言は正しい」などとしていて、今後、波紋を広げそうです。
「やはり政府は防衛費を上げて造成したいだけであって子育てには興味がないのだ」と思われても仕方ない。立憲民主党もこれが政府の防衛ラインであろうと言うことがわかっているようだ。「岸田総理大臣自身が何をいつから倍増するのか答えておらず、全く中身がない」と述べ、対GDP比での倍増が必要だという考えを重ねて示しました。と批判している。つまり具体的には予算が倍増させられないことがわかっていて叩いているのである。総理のポジションが固定されているのだから攻撃はとてもやりやすいはずだ。
今後この失言がどのように転がってゆくのかはよくわからない。仮に統一地方選挙で勝てるはずの議員が勝てないというようなことになればおそらく岸田総理への風当たりはさらに強まるだろう。統一地方選挙を通じて自民党・公明党の議員たちは連日支援者たちと会話をしているはずだ。「風向きの変化」を感じやすくなっている。
本来なら官邸は一旦立ち止まって軌道修正すべきなのだろう。だが、政治は日々動いている。一旦掛け違えたボタンを全部外して止め直すのはなかなか難しいようだ。