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植田日銀総裁の仕事はジェンガの続行かパンチボールの片づけか?

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植田日銀総裁候補の国会での面談はまずは合格点だったようだ。日本のマスコミはどこも植田さんは思ったよりもちゃんとした人であるという論調の記事を書いている。ただ、外国の識者の視線は極めて冷たい。今回はまず日本の媒体の評価をまとめた上で、Forbesの記事を紹介する「植田氏の仕事はジェンガかパンチボールの片づけ」と書いている。誰がこんな記事を書くのだろうと思って筆者名を見たら外国人だった。英語の翻訳記事なのだ。ジェンガは崩れないように木片を引き抜くゲーム。つまりこれは日本経済が崩壊する危険性を孕んでいるという意味合いになる。またパンチボールには日本経済は宴会状態だったという含みがある。

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東洋新聞は「植田日銀総裁候補は国会の所信聴取で何を語るか」という記事を書いている。日銀出身でも財務省の出身でもないということで市場は身構えたが意外とバランスが取れた人のようだと書いている。変化を嫌う日本社会のやさしい予定調和ぶりがわかる。

実際に植田氏の所信表明は極めて無難なものだった。金融緩和が当面は継続ということになり安心した媒体が多かったようだ。

安倍総理は白川総裁にあからさまに圧力をかけ黒田総裁との強い関係を喧伝していた。一方で、岸田総理は明らかに距離を置きたがっている。政治が日銀を厄介ごとと捉えていることがわかる。岸田総理は植田さんとは「まだ会っていない」と距離をとり、アベノミクス否定と受け取られかねないアコードの修正には慎重な姿勢のようである。すでにこれが危険なゲームとして認識されていることがわかる。政治家は利用できるものは利用したいが厄介ごとからは距離を置きたがる。

この姿勢は野党にも共通している。立憲民主党などの野党は軒並み「お手並み拝見」といった感じである。時事通信は「賛否留保」と書いている。結果的に問題が起これば「最初から疑問だった」ということになるのだろう。おそらく野党には日本経済はこうあるべきという見識がないというこがわかる。

学者として評価する声も大きいようだ。まずクロダノミクスがなぜ金融に波及効果を齎さなかったのかを解明してほしいという期待があるようだ。「日銀にとって、国内で民間資金の流れが活性化しなかった理由を適切に把握し、その対策を講ずることには、いくつかの大きな意義がある。」と書いている人がいる。確かに植田さんは学者出身で非伝統的な手法にも精通しており各国の中央銀行総裁と渡り合えるだけの語学力もある。さらに日銀総裁として自分達で得た見識を共有し改善策を実行することもできる。

COURIERは「アメリカの専門家は日銀新総裁に期待を寄せている」というニューヨークタイムズの記事を紹介している。学者出身の理論派であり思考や慎重さに重きを置いているというのだ。

どうしても新しい人は批判的に見られてしまうのだが、新総裁の学術的なバックグラウンドに期待する声も実は大きい。

Bloombergは少し距離を置いており「市場の評価は固まっていない」と書いている。注目点はもちろん「いつYCCの修正が行われるかどうか」である。いずれYCCは修正されると見られており、従って円安は解消されるだろうと予想されている。具体的には124円という水準に戻るだろうという。

この中に異色な記事があった。やさしい予定調和の記事を読んだ後でForbesの「次期日銀総裁・植田和男氏が挑む「経済界で最悪の仕事」」を読むとかなりきつい感じがする。

まず、この仕事を「毒杯」と呼び最悪の仕事と切って捨てている。

著者は黒田総裁が12月に「世界で最も危険なジェンガ」に挑戦したと言っている。つまり崩壊の可能性があるゲームだったということだ。しかしながら「世界からの激烈な反応」によりゲームから手を引いた。著者は黒田総裁を批判していないが、結果的にジェンガは植田さんに引き継がれた。プレイするかどうかは植田さん次第だ。

著者によれば日銀は1999年から世界のATMの役割を果たしてきた。日本で安く金を借りて世界の新興市場で運用することができていた。植田氏が政策を変換するということは日銀が世界のATMの座を降りるということを意味する。世界の投資家にとっても面白くない話だ。

また、日本人もこの状態になれている。

この状態を筆者は「パンチボールの片付け」と表現している。つまり経済も日本社会も安酒で酒で酔っ払っている状態なのだという主張である。安酒を取り上げられた人たちの怒りもまた想像に難くない。

蛇足だがパンチボールとは「「パンチボウル」とは、フルーツやハーブを使ったカクテルをボウルに入れておき、各自で注ぐスタイルのこと。」だそうだ。GQにレシピが掲載されている。パーティー会場にこれを置いておき参加者が勝手に飲むことができる。これを片付けるということはパーティーのお開きを意味する。パーティーの継続を望む人はおそらく怒りの矛先を探すだろう。

支持率の低迷に苦しむ岸田総理にとってこれは非常に危険な状態である。安酒を取り上げられた人たちの怒りが政権に向かいかねないからだ。岸田総理が「まだ植田さんには会っていない」とあたかも他人事のように振る舞っているのはおそらくこのためだ。また日本の報道が「ひとまず修正はなし」で安心しているのもおそらく安酒で酔っているからだろう。

このForbesのコラムには驚くべきことが書いてあった。日銀の政策決定会合に数名の中座があったというのだ。いろいろな記事を読んできたがこの話は初めてきいたと感じた。12月20日の会合で政府側からの出席者が何人か「本省と相談したい」と申し出て会議が30分中断されたそうだ。

驚いたのは中座があったという点ではなくそれを日本のマスコミが伝えてこなかった点にある。おそらく日本のマスコミはこれを当たり前だと考えてあえて報じなかったのだろう。だがやはり形式的には中央銀行は政府から独立した存在ということになっている。さらに言えば政府ではなく「出身官庁」と連絡を取り合っているというのも実は異様な話と言えるだろう。日銀は財務省の所有物ではない。

12月20日の会合ではそれほど重要なことは話し合われていなかった。つまり植田氏が理論から導いた修正に動けばおそらく政府は慌てふためくだろうと言っている。学者として誠実に政策を実行してくれれば良いのだが内部からかなり強い抵抗を受けることが予想される。実は今回重要なのは植田さんの姿勢ではなく総理大臣と日銀の距離感なのだ。

筆者は安倍政権が構造改革をやっていればこのような安酒経済にはなっていなかったといっている。このため、日銀が政策を継続するならば日本政府に構造改革を突きつけるべきだと主張する。実際の植田発言ではこの点はかなりマイルドに表現されていた。政府の政策が成功し物価と賃金が上がれば日銀も政策を修正できるといっている。裏でどんなやりとりになっているかはよくわからないが、少なくとも表向きにはお互いが「どうぞどうぞ」と譲り合っているような状態であるように見える。

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