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緩やかな内部崩壊過程に入った中国と日本はいかに付き合うべきか

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日曜日に櫻井よしこ氏が橋下徹氏に対して「あなたはGHQの作った憲法にどっぷり浸かっている」と主張して失笑を買う出来事があった。ただ今回の気球騒ぎを見るとやはり「有事」であることは間違いないようだ。中国の体制は奇妙な崩壊を見せている。時事通信が記事を書いている。

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記事の表題は「【中国ウオッチ】習政権、機能不全を露呈─「気球」で対米外交頓挫」である。読むのに登録が必要なのだがぜひ登録して読んでみるべきだ。

ブリンケン国務長官が訪中する直前に中国が偵察気球を送り込んだ理由について考察している。本来ならば習近平氏や外交関係者の顔を立てるためにアメリカを刺激すべきではなかったがおそらく軍との意思疎通がうまくできていなかったのだろうという。わざと対話を阻止しようとしたという説もあるようだが時事通信は否定的だ。

中国は独特の政治体制を持っている。外交は政府に属するのだが政府の上に党がある。そして政府ではなく党が軍隊をコントロールするというのが建前だ。党はおそらく軍を政治的に厳重処罰するだろうと記事は予測する。だが、政府(外務省)の立場から軍隊に対してなんらかの指示をすることはできないだろうともいう。

こうした体制は実は日本人には理解しやすい。戦前の日本と同じ体制になっているからだ。軍は政府や議会からは独立しており天皇に直属していた。第二次世界大戦に至る軍の暴走は天皇の統帥がうまく機能していなかった結果だ。一方で戦前の外務省も「外交による解決」を模索するのだが結局これは実現しなかった。外務省が解決を望んでも軍がそれと異なる動きをすれば「国として信頼できない」ということになってしまうからである。

党が全体をコントロールできていないという兆候は他にもある。中国ではゼロコロナ政策をめぐる抗議運動である「白紙運動」の対応に失敗している。党は全体方針を示すだけで実際の対策は地方政府が行う。地方政府が闇雲に党が設定した目標を達成しようとして中国各地でさまざまな無理が生じた。

習近平国家主席には「現代の皇帝」になるという大きな目標があった。だが、結果的にこれが政治的キャリアのピークになっている。あとは自分が掌握した帝国を維持してゆく必要があるのだがこの営みには終わりがない。当初の強烈な政治的動機は失われあとはそれをひたすら維持するという孤独な戦いが始まる。

「中国の体制崩壊」というと日本人の多くは短い期間のうちに中国全土が分断され各地の地方勢力の間で内戦が起こるというような状態を想像するのだろう。つまり外部から見てわかる体制崩壊である。

だがこうしたわかりやすい体制崩壊は起きていない。むしろ、内部からじわじわと何かがおかしくなっているようだというような状態になっている。ロシア程度の人口規模の国でも独裁は不可能である。現在ではワグネルと軍の間で闘争が起きている。ワグネルは「軍隊がワグネルに弾薬を供給しないように圧力をかけている」と国民に向けて訴えている。ましてや中国のような大きな国で独裁を続けるなど不可能だろう。

いずれにせよおそらくこの状態はしばらくは続くわけだから「一つの一つの状況にあまり騒ぎすぎるべきではないんだろう」ということがよくわかる。それが1年で終わるのか30年程度かかるのかはよくわからない。さらに「気球程度」で終わる保証はない。我々が考える「台湾有事」とみなされる衝突も可能性としては排除できない。

これも「統帥権」で軍隊を暴走させた我が国には容易に理解が可能だ。成果を求める軍隊は時に思い切った行動を取る。これが失敗してもその失敗を認めることはできず、外交によるフォローアップも期待できない。このため結果的に追い詰められてゆき、最終的に「軍が勝手に暴走した」と見做されてしまうのである。

もちろん外交が完全に無力というわけではない。王毅氏は政治局員になったので「党」の立場である。メディアでは中国外交担当トップと書かれることが増えた。ただ王毅氏には別のプロジェクトがある。アメリカとロシアの対立において「アメリカの一人勝ち」にならないように調停者としての役割を模索している。ロシアの暴走が止まらないのはこのためだろう。何か揉め事が起きるとそれをなだめる役が必要になる。つまり体制に挑戦する側から見ると暴走には需要がある。中国の外交トップの目下の仕事は中国の国際的プレゼンスを高めることにある。おそらく米中対立の解消にはさほど興味がないはずだ。CNNによるとロシア・中国は多国間主義を掲げてアメリカの一強体制を崩そうとしているのだという。

一方、挑戦を受ける側のアメリカ合衆国はどこかあてにならない。先日バイデン大統領のウクライナ訪問に合わせてG7の外相共同声明が発表された。だが議長国の日本は何も聞かされていなかった。さらに調べてみると実は10月に出された声明をそのまま発表してしまったようだ。単なる間違いである可能性もあるのだが、国内向けに成果を焦るバイデン政権側近のフライイングだった可能性も排除できない。結局声明は間違いだったとして撤回された。

もちろん日本は引き続き日米同盟を基軸として防衛政策を組みて立ててゆくしかないのだが、おそらくアメリカの政権の頭の中は「国内世論への説明」でいっぱいになっているはずである。日本人はこうした現実もまた受け止める必要がある。

最後に櫻井よしこさんの話に戻る。櫻井氏のいう「GHQ要素」は現在では法治主義とか法の支配などと呼ばれる。大陸と英米で呼び方と考え方に若干の違いがあるようだ。現在の日本の政治では「価値観を共有する国々と連携」と表現されることが多くなった。

ウクライナの例を見ると「価値観」の大切さがよくわかる。各国政府が特定の国を支援する際に国民に対して説明を要求される。この時に「我々と価値観を共有する国だから助ける」という説明が多用される。つまり櫻井さんのいう「GHQ要素」は実は我が国が有事の際に頼るべき重要な防衛ツールになっているのである。アメリカ大統領の権力基盤が弱い時ほど「価値観共有」が持つ役割もまた大きなものになる。他国への軍事的干渉を避けてきたドイツや国内政策への優先を訴える政敵がいるフランスも事情は同じである。

おそらく「何かの思想にどっぷりと浸かってしまった」櫻井さんにはもはや理解できないと思うのだが、遵守するにせよ毀損するにせよ「共通の価値観」の持つ意味合いはしっかり認識しておく必要があるだろう。

今回の気球騒ぎからわかったことは、おそらく中国が習近平氏の権力掌握をピークに下り坂に差し掛かっているということなのだろう。中国が即日崩壊するというような劇的なことはもちろん期待できない。と、同時に国際秩序も大きな転換期にあり、アメリカの政治状況もどこかあやふやである。

目の前の一つひとつに目を向けるのも大切なことなのだろうが、一つ一つの出来事に疲弊したり「有事だ」などと騒ぎ立てても我が国の安全保障にとっては何一ついいことはないだろう。

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