各種報道が出揃い、東京オリンピック・パラリンピックのテスト大会をめぐる官製談合の実態がだんだんわかってきた。ただ、断片的な情報が多いので、受け手の側で加工しないと全体像が見えてこない。
このままでは日本は国家プロジェクトが行えない国になるだろうというのが結論だが、その結論を得るためにはそもそも何が起きたのかを知る必要がある。
簡単に経緯をまとめて最後に考察を書いた。
構造そのものは単純
今回の談合の背景にはいくつかの簡単な事実の集積がある。つまり原因は簡単だ。だがこれらが複雑に絡み合っており現象が複雑なものに見えてしまう。
- 利権を誘導するために政治が大会経費を低く見積もっていたという問題
- 建設業界に利権を配り終わり政治が大会運営に興味を失っていたという問題
- すでに興味を失っていたものの大会はやらなければならない。またマスコミの批判に解決策を提示してかっこいいところを見せたい。そこで官僚機構に無理難題を押し付けた。これはパフォーマンス政治の問題といえる
- 巨大な中抜きピラミッドができており仕事をする人ではなく中抜きをする手配師だけが儲かるようになっていた業界の構造上の問題。今回の問題はスポーツイベントの話なのだが主役になっていたのは広告代理店だ。
では中身を詳しく見てゆこう。
TBSは「電通がオリンピックで受け取る手数料収入について組織委員会の上層部から値下げを要求された」と書いている。元々の談合のきっかけは「値下げ指示」だった。この報道だけを見ると何となく問題の全容が掴めたような気になるのだが実はこの先が長い。このTBSの記事から抜けている部分は産経新聞が詳しく書いている。さらに産経新聞で抜けている部分は毎日新聞で見つかる。これらの二つは後程紹介する。
経緯は複雑
そもそも森泰夫容疑者が費用削減を求められたのはどうしてなのか。当初、政治の側は「東京は世界一金のかからないオリンピックができる」と主張していた。しかしこれは国民の批判をかわすための嘘だった。嘘という言葉が適切でないなら裏打ちのない約束だったと言い換えてもいい。同じことだ。
そこに現れたのがパフォーマンスに熱心な小池都知事だ。誘致に関わっておらずおそらくプロジェクトにはさほど興味はなかったはずだ。
2016年末に時事通信が小池都政について検証している。招致時の費用見込みは8000億円だったがこれが1兆6000億円から1兆8000億円に膨らんでいた。会場整備だけで6800億円かかるということになっていた。すでに建設業界がほとんどの儲けを持って行ってしまっていたことがわかる。
小池都知事はここに颯爽とあらわれて4者会談に参加する。このパフォーマンスが後々の談合につながってゆく。
開催費用の上限は2兆円と主張する組織委員会に対して、IOCのコーツ委員長が更なる削減努力を求めた。世論の反発を恐れたパフォーマンス政治が実施部隊である都の職員を追い込んでいったことがわかる。これも後で触れるのだが今回逮捕されたのは実務側の責任者である。この上には小池都知事につながる官僚機構があったはずなのだ。
もちろん政治の問題だけで談合が起きたというのは単純すぎる見方である。
もう一つの問題が長い時間かけて作られた巨大な中抜きピラミッドだ。結果的に日本のさまざまな次世代型の産業を死に追いやっている。末端の労働者にはお金が行き渡らず中抜きをする派遣業者たちだけが儲かるという仕組みになっている。このため担い手たちは意欲を失い競争力が削がれる仕組みになっているのだが、長い間かけて作られてきたためこの構造に違和感を覚える人は多くないだろう。
それでは森泰夫容疑者はどのような経緯で談合構造を作ったのか。具体的な経緯を産経新聞が書いている。
大会組織委員会運営局次長の森泰夫容疑者は意中の業者を指名する随意契約を提案していた。ところがこれが受け入れられず「入札」ということになった。単独のテスト大会を開くとお金がかかってしまう。そこで国際競技連盟が主催する大会と兼ねようとした。しかし国際競技連盟は大会組織委員会では話にならないと考え電通が窓口担当になった。電通が交渉した結果、柔道・バレーボール・卓球などの大会がテスト大会を兼ねることになった。
しかしさらに「上」から「費用を圧縮せよ」という命令が下る。おそらく時事通信が書いている「コーツ指令」を都の上層部が徹底させようとしたのだろうが産経新聞はどこが「上」だったのか具体的な名前を書いていない。「上」はこの話を全く知らなかったことになっている。
電通に相談してみたが電通は受けられないという。代わりに電通は組織内に事務局を設置し大会運営の実務を担うことにした。実務は儲からないが運営事務局は儲かると電通は考えたのだろう。運営実務と言うのは要するに手配師業務だ。
この話は実はスポーツイベントの話なのだが出てくるのは広告代理店である。スポーツイベントが広告代理店に乗っ取られていたということが言える。つまり単なる広告を載せる「箱」になっていたのだ。
ところがここで問題が起きた。電通は実質的に事務局になっていたが形式的にはあくまでも業者である。つまり業者同士が社内調整をしたことになる。これが形式的に談合ということになってしまい、その元締めとして東京都の元職員が逮捕されたことになる。
これを踏まえて毎日新聞を読む。電通がなぜ「実務はできない」と断ってきたのかがわかる。
背景にある巨大ピラミッド問題
毎日新聞によると森泰夫容疑者は「自分で数万人のアルバイトを雇用しようとしていた」ようだ。数万人のアルバイトを雇って労務管理するというのはちょっとした大企業の運営に当たる。経験がない人が一人でこなすには無理がある。ただ電通はこのピラミッドを構築することができた。長年にわたって中抜きピラミッドを構築することに成功していたからだろう。
本来ならば雇用者と被雇用者が直接結びついた方が安く上がるはずだ。中抜きの人たちに支払う手数料が丸ごと削減できるからである。ところが現在の日本ではこれができなくなっている。さまざまな「関所」で報酬が抜かれる仕組みになっていて末端まで届かない。おそらくこれが日本のサービス産業の非効率の理由だろう。
最後に「形式的に電通に仕事を割り振ってそこから手配させれば良かったのではないか」という疑問が生じる。NHKを読むと答えが書いてある。「電通が多すぎる」として上層部が難色を示したそうである。
皮肉なことに形式的に電通に任せていれば談合にはならなかったはずだ。政治とスポーツイベント実務の間に「説明責任」という問題があった。ただ枠組みが複雑化しすぎていて「本当にこれを罪に問えるのか?」という疑念を持つ専門家もいる。
おそらく官僚機構もピラミッドになっている。次長より上の人に相談できていればこんなことにはなっていなかったかもしれない。だが次長は結果的には誰にも相談できず矛盾を抱えることになった。
この森泰夫さんというのはどういう人だったのか。元々陸上競技の競技者だったそうだ。鉄道会社、日本陸上連盟を経て東京都の職員になった。森喜朗元首相からも信頼されており一生懸命に仕事をやっていたそうである。どちらかといえば「実務者側」の人間であり、小池百合子東京都知事との間にはいくつかのレイヤーがあったのではないかと思える。さらにいえば日本陸連の大会実務の経験があったことが窺える。おそらく政治側のマネージメントがない「普通の組織」であれば大会は実施できていたはずだ。
日本にはさまざまなピラミッドができていた。このうちスポーツイベント、広告、官僚機構、政治というピラミッドが合わさって巨大なピラミッドが作られていたというのが今回の問題である。これをIT産業と事務局に置き換えてもおそらく同じようなピラミッド構造が出来上がるはずだ。
つまり今回の問題は「巨大すぎて誰も制御できなくなったピラミッド問題」なのだ。
誰も幸せにしないピラミッドは解体されるべきだ
さてここまで、TBS・産経新聞・毎日新聞・NHKを見て経緯について書いてきた。最後にこれがどのような意味を持つのかをまとめてみたい。
第一に日本ではオリンピックレベルの巨大プロジェクトを実施できなくなっている。要素は複合的だ。政治の無関心・中抜きの問題・官僚(職員)機構の無能が重なって巨大なピラミッドができている。下にいる人たちは疲弊し上にいる人たちは実務者能力を失ってゆく。そして政治はこの全体がコントロールできていない。
広告代理店事業の肥大化はその下部構造にあたる。広告代理店事業は今や巨大な中抜きピラミッドになっている。中抜きピラミッドには多くの階層があり広告の作り手や配り手が集まっている。今回は「スポーツイベント」の話なのだが、スポーツイベントは広告の下部構造である。つまり広告を乗せる箱でしかない。
ただ、IT広告の登場により人海戦術に支えられた広告は競争力を失っていた。中抜きピラミッドは巨大なピラミッドを温存したといえるのだが、実際にはそれぞれの業界から競争力を奪ってしまった。これを崩したのはオンライン広告という全く新しい広告形態だ。手配師の仕事はITに奪われたと言って良い。例えばYouTubeではコンテンツと広告主の媒介は全て自動で行われる。さらに広告測定も可能である。こちらの方が安価で効率的だ。
こうして競争力を失った業界が最後に頼ったのが国家プロジェクトだった。ただ、今回電通が負った代償は大きい。政府調達から9ヶ月間排除されることになってしまった。本来業務はIT広告に勝てず政府調達にも参加できない。
巨大なピラミッドは人を幸せにしない!と主張するのは簡単だ。だが長年蓄積されたビジネス環境は容易に変えられないだろう。ただその代償も大きなものになりそうだ。
では、政治はこの問題に対して責任を取るべきなのだろうか。これは、人によって意見が別れるところだろう。
だが、おそらくこうした中抜きピラミッドの問題は派遣労働に頼る多くのサービス業・多重請負の建設業・IT産業などにも共通している課題だろう。製造業に代わる成長産業を作りたいならばこうした人を幸せにしないピラミッドは破壊される必要がある。また我々が破壊しなくてもIT化によって破壊されるはずである。仮に自分達でやらなければ広告業界で起きたのと同じことが起こる。つまり外資に全て持ってゆかれてしまうのである。
また少子化の改善という意味でも巨大ピラミッドの破壊は急務だ。結果的に薄給で使い倒されるほぼ奴隷と言える待遇の労働者たちはこうしたピラミッドの最底辺でうめいている。労働生産性が上がるはずはなくおそらく家庭を持って子供を作ろうという気にもならないだろう。
事件自体は「森泰夫容疑者」らがしでかした不祥事ということになっている。だがその背景を探ってゆくと意外と根深い問題があるのではないかと思えてくる。
なおここまで「これは犯罪である」という前提で話を進めてきた。しかしながら巨大なピラミッドがいくつも積み重なって起きており、実際にこれが罪に問えるのか、あるいは罪に問うとしても何で裁くのかについては専門家の間にも異論があるそうだ。郷原信郎さんが「東京五輪談合事件、組織委元次長「談合関与」で独禁法の犯罪成立に重大な疑問、”どうする検察”」という記事を1月末に書いている。つまり今後の裁判にも紆余曲折が予想される。