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「中国のスパイ気球が撃ち落とせるのか?」は実は憲法議論も絡んだ割とややこしい話だった

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米中気球合戦は異星人の襲来説まで出て大騒ぎになっている。流し見していたワイドショー「ひるおび」でも扱われていたが、自衛隊に詳しい専門家が「日本では憲法上の制約があって気球は落とせない」と主張していた。これを何気なくQuoraで書いたところ「いやそんなことはない」と反論があった。あの丸っこくて憎いふわふわしたヤツを落とせるのか落とせないのかは実は意外とややこしい問題のようだ。

整理してみた。

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実はこの議論は気球よりもふわふわとして掴みどころがない。このため結局のところ落とせるのか落とせないのかはよくわからない。おそらく政府は今後も気球を撃ち落とさないだろうが、少なくとも憲法は関係がない。なぜ政府が気球を撃ち落とさないのかについては結論で根拠を述べたいと思うが、まずは各論を見てゆこう。

ひるおびのコメンテータの方の名前は覚えていないのだがやりとりはなんとなく覚えている。「憲法の関係で落とせないんですよね」と八代英輝弁護士をチラ見したが八代氏は反応しなかった。代わりに大谷昭宏さんが話題を拾い「これはきちんとやりたいですね」と言っていた。なぜ大谷さんが「きちんとやりたい」と言ったのかの真意は不明であるが司会進行の恵俊彰さんは次に行きたかったのだろう。なんとなく流してしまっている。のちにやりとりを確認しようとしたがこれを拾って記事を書いたところはなかったようだ。つまりやりとりとしてはそれほど注目されなかった。

このやりとりのふんわりとした記憶で「日本では撃墜ができないと思うので」とQuoraに書いたところ「いやそんなことはない」とクレームが入った。根拠として弁護士が書いた2016年の記事が添付されている。GoHooレポートという名前のYahoo個人の記事だ。すぐに反応と根拠記事が出てきたところから護憲派界隈では有名な議論なのだろうと思った。

安倍政権では解釈改憲議論が行われていた。2015年7月20日に安倍総理が直々に解説者として家屋火災の模型を使った説明をしたことを記憶している人も多いだろう。当時は「解釈改憲だ」などと護憲派から攻撃されていた。

一方で改憲派からは「こんな弱腰の憲法では国民の安全は守れない」というような議論が出ていたようだ。この記事はこれを「GoHoo」とした上で安倍政権の答弁を根拠にして反論している。

今にして思えば当時の解釈改憲・改憲議論は「このままではアメリカの要望に応えられない」という安倍政権の焦りから生まれたものだったのだろう。そして今回もアメリカの対応により日本の正解が変わったことから議論になっている。我が国の防衛が心情的に極めて強くアメリカに依存していることがわかる。政府だけが依存しているというより国民全体にそのような傾向があるのだろう。

いずれにせよ目の前に気球がある。日本政府はおそらく中国のものだろうと言っており目撃例も出ている。TBSは政府の見解を「「中国の気球と強く推定」3年前の日本各地で目撃された気球 防衛省 武器を使う要件を見直す可能性【解説】」とまとめている。

アメリカが日本に圧力をかけて気球の位置付けを変えさせたわけではない。心理的にアメリカに依存している日本政府が勝手に慌てているだけだ。2020年当時河野太郎防衛大臣は「気球に聞いてくれ」と発言していた。現在の浜田防衛大臣は「国民の生命、財産に直ちに危険が及ぶような事象は確認されなかったことを踏まえた発言だった」と言っている。つまり今気球が現れても「国民の生命、財産に直ちに危険が及ぶと確認できない」という意味になる。

では実際に撃ち落とせるのか。どのような議論があるのかを探してみた。

まずTBSの解説記事ではマニュアルの存在について言及されている。コメンテータの星浩さんの解説として「自衛隊は戦闘機が侵入した場合、相手に警告し退去・強制着陸させるマニュアルはあるが、気球は無人のため警告はできない」と言っている。つまり暗黙のうちに「有人」が前提になっており「無人」監視や攻撃には対処できない。正確にいえば警告はできるが気球が反応することはないだろう。そもそも安価で作られているのだから「見つかったら使い捨て」である。撃ち落としにたいした意味はないのだ。また新しい気球を飛ばせばいいだけの話である。

次に橋下徹さんの記事がスポニチに二つ見つかった。

表現は少し違うのだが「対処すべきとは思うがなかなか難しいだろう」という趣旨のをしている。やろうと思えばできるがそうはならないだろうという点では星浩さんと同じようなニュアンスになりそうだ。星さんはマニュアルという具体的な想定を提出しているが橋下徹さんは実際に行政を預かったことがある実務者としての立場で予想している。登山口は違うが登った先は同じである。

いずれににせよ障壁は「憲法」ではなさそうである。主にマインドセットの問題である。平たくいえば政治家の危機感と覚悟の問題である。

  • 強いアメリカ依存の心理状態があり、アメリカの対応を見ないと日本で独自の判断ができない。
  • 仮に独自判断したとしてもその結果相手が反発すると単独では対処できない。
  • 強い正常性バイアスが働き、政治が異状を検知できない。
  • 国内向けの説明がガラス細工のようになりがちである。この時に議論をしないので「暗黙の前提」が紛れ込んでしまうため(今回の場合は有人であることが前提になっている)想定外の事態に対処できない。

実は憲法はたんに政権が自主判断しないための言い訳として利用されている可能性が高い。

今後どのような議論を展開するにせよ、これは積極改憲派にとっても護憲派にとっても意外な発見ではないかと思う。積極改憲派は憲法さえ改正してもらえれば政府はより強く中国に対抗できると期待している。一方で護憲派は憲法の歯止めがなくなれば政府は暴走すると考える。だがおそらくそれはどちらも間違いだ。

改めて当時の産経新聞を読んでみた。

確かに産経新聞は「9条が羽交い締めにしているのが、日本の守りの実態といえる」と書いている。おそらく目の前の脅威に危機感を募らせる自衛隊は「政治の側がなかなか許可を出してくれない」と不満を感じているのだろう。政府はそれを「現場が騒ぎすぎ」と判断する傾向があり「憲法のせいだ」と説明する傾向がある。

ただ過去は過去であり、現在の事情に対処してくれるなら問題はない。できるならやると意欲を見せてほしいし、やらないならなぜやらないかを説明してほしい。

実際に今回の件で政府は何をしようとしているのだろうか。松野官房長官は「武器の使用は可能ですよ」と言っている。ロイターが「領空侵犯した物体への対応、必要な場合に武器使用可能=官房長官」という記事をまとめている。普通にこの記事を読むと政府はやってくれるんだろうなという期待を持つ人が多いだろう。

だが既に議論を知っている人は「国民の生命、財産を守るために必要と認められる場合」の認定方法として「退去警告に応じない場合は」という前提があると知っている。ここで「マニュアルを変えます」とは明言されておらず従って実際に対応してくれるかどうかはわからないということになる。

実際には「無人の場合は退去警告に応じなかったとみなす」と書けばいいだけの話なのだろうが、実際に岸田政権が覚悟を持ってマニュアルを書き換えるかどうかはわからない。松野官房長官曰く「現在、防衛省で対外的に説明ができるよう所用の調整を行っている」そうだが、この対外が政府外(つまり国民に対するもの)なのか国外(アメリカや中国)に対するものなのかは記事からは確認できない。

そもそも「気球」そのものの性質が2020年と2023年との間で大きく変わったという事実はない。それは浜田防衛大臣が認めている。つまり今後気球が飛んできても「理論的に撃ち落としは可能だが実際には撃ち落とさない」ということになる。

であれば「日本は実際には対処しません」と説明するのが誠実さというものだろう。

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