自民党という政党は「選挙のためならなんでもあり」の政党だ。民主党にないこのしぶとさが長年政権の秘訣なのだろう。今回はかつて自分たちが反対してきたLGBT理解増進法を推進することを決めた。きっかけは総理大臣の「原稿にない」発言による空気の入れ替わりだ。日本はG7先進国で唯一LGBTへの差別を禁止する法律がないなどと指摘されており、法案推進派は理解増進だけではなく差別禁止を訴えるべきだと主張している。
どういうわけか、伝統的な家族感を壊すような議論は自民党内でタブー視される傾向があった。2021年の終わりにジェンダー関連のニュースをまとめているウェブサイトがあった。
まず選択制夫婦別姓の問題は議論が進んでいない。次にLGBT理解増進法案も国会に出せなかった。元々は差別を禁止する法案として提案されたが「理解増進」に後退した。そでれも自民党の中から「裁判が横行する」とか「道徳に反する」「生物学的に子孫を残さなければならない」などといった発言が出たとされている。同じような理屈で経口避妊薬や中絶薬も認められていないのだという。「女性は家庭に入っておとなしく子供を育てるべきだ」という価値観が支配的なのである。
この急先鋒に立っていたのが山谷えり子氏だ。のちに統一教会との関連が取り沙汰されたりもした。教団とのつながりはまだ清算されておらず静かに燻り続けている。つまりこれが元々の保守思想なのかある教団の宗教的な信念なのかが明確ではないのだ。
ところが岸田総理が「全ての国民にとって家族観や価値観やそして社会が変わってしまう課題だ」と発言したことが国際メディアに報道されると徐々に空気が変わり始める。さらに荒井首相秘書官の「隣に住むのも嫌」発言が世論を刺激し空気は一変した。
結果的に、長い間自民党が曖昧にしてきた少数者の人権問題について大きな軌道修正を迫られることになった。最終的に岸田総理自らLGBT法案の推進を支持するということで決着したことから総理大臣がこの一連の流れを重く受け止めていることはわかる。ただ、問題を理解しようとする姿勢は見られず「腫れ物」を処理してしまいたいという気持ちが強いようだ。
自民党では茂木幹事長、遠藤総務会長、萩生田政調会長が話し合い「理解増進法案」を前向きに進めてゆくことを決めた。萩生田政調会長にも統一教会との関係が噂されているのだがおそらくここで抵抗すればさらに関係を疑われることになるだろう。
おそらく、自民党の狙いはあからさまな「争点潰し」である。野党の攻勢が予想されるため超党派の議連を作って事態収拾を図ることになる。
推進派はさらなる前進を目指す。もともとは「差別を禁止する法律を作れ」というのがLGBTコミュニティの要求だったようだ。つまり「理解増進だけでは不十分だ」というのである。コミュニティは与野党の議員たちとコミュニケーションをとりながら法律の制定を目指してきたのだが土壇場に山谷さんなどの「保守派」にひっくり返されたという経緯がある。
ただ、その「保守派」の姿が見えてこない。そこには旧統一教会という必ずしも保守派とは違った存在の影が見え隠れしているからだ。日本の政治は空気で動く。今回の問題で「保守派」が巻き返すのは難しいだろう。
日本は国際社会に対しても説明責任を果たす必要がある。日本政府の後ろ向きな姿勢は既に海外でも広く報じられているからだ。
総理の発言をきっかけにして「日本はLGBT差別解消に対して後ろ向きだ」という印象が広がった。アメリカやヨーロッパのLGBTコミュニティが日本政府の姿勢に反発すれば「G7には行けない」とする首脳が出てくることも考えられる。広島サミットをレガシーにしたい岸田総理に国際世論に逆らってまで法案を阻止するという選択肢はない。
例えばロイターの英文記事は次のように展開する。事情を知らない人がこれだけを読むと「世論についてゆけていない岸田内閣」という印象になる。
- 岸田総理は補佐官を解雇した
- この発言は「同性婚は家族構成に影響を与える可能性がある」という総理発言の後に行われた
- これはG7の準備をしている岸田総理にとっては恥ずかしいことである。G7の国の中でCIVIL Unionを認めていないのは日本だけである。
- 最近岸田総理の支持率は低迷している。
BBCの記事は日本語にも翻訳されているのだがほぼ同じような内容だ。
ただし急速に事態が展開すれば今度はこれまで「保守」を自認していた時代についてゆけない人たちの反発を招きかねない。国際社会に迎合してこれまでの日本独自の保守的な思想を手放したと理解されかねないからである。
できれば敵を作りたくないという優柔不断さの目立つ岸田総理だが、その優柔不断さのせいで「本当はあなたはどっちなんだ?」と各陣営から疑われている。決められない男であるが故にさまざまなことを決めなければならなくなっていると言えるだろう。
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