日銀が2012年下半期の金融政策決定会合の議事録を発表した。メディアは議事録の内容よりも「アベノミクスの主犯」が誰なのかという点に関心があるようだ。日銀が勝手にやったというトーンで書くところもあれば恫喝を含めた強い働きかけがあったとするところもある。責任回避のためにそれぞれが右往左往している印象だが、進んで総括し責任を取ろうという人はいない。
手っ取り早く何が起きているかだけを知りたいという人は「事実上、アベノミクスは終わり政策政策協定は見直されるようだ」ということだけがわかっていればいいだろう。この時に誰も傷つけず誰も責任を取らなくて済むのが政府・日銀の理想である。なので議事録に「安倍政権に言われて無理やりやらされた」ということが書いてあるわけではない。
まずNHKを読む。日銀会合 10年前の議事録公開 “2%物価目標を”安倍氏が要請となっている。つまり安倍氏が主導したと読めるタイトルだ。安倍総裁の強い意向があったが日銀には日銀の信頼低下につながり経済にとってマイナスも大きくなるだろう懸念があったようだ。「安倍氏の要請」の根拠は白川氏との会談だ。
白川氏は「目標を掲げても具体的な対策がなければ信頼は得られない」と至極真っ当なことを言っている。結局10年経ってもこの目標が達成されることはなかったのだから白川氏の懸念は正しかった。
おそらく日銀も目標を達成する気などなかったということがわかる。
経済にとってのマイナスは令和臨調によってすでに岸田総理大臣に示されている。これも白川氏の懸念が当たったことになる。
予算編成を政府に握られているNHKは岸田政権が考える正解を書けばいい。その正解は令和臨調が既に答案用紙を出している。だからそれをコピーすればいい。
ただ主張するわけにもいかないので「正解」を野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストに言ってもらっている。木内さんは「2%の目標は中長期の目標にして残すのが落とし所になるのではないか」と言っているがこれは令和臨調の答申通りだ。
これを踏まえて読売新聞を読む。読売新聞が何を省いているかを見ると読売新聞が何を気にしているかわかる。日銀が12年下半期議事録公開、安倍政権発足迫り2%目標導入へ議論加速となっていて議論が勝手に加速したことになっている。
安倍総裁の強い働きかけの部分は丸ごと削られており政権が変わったことで総裁の強い意向を察知した日銀が自ら政策変更したと読める。これでは軽い歴史修正だ。
仮にアベノミクスが成果を上げていたのであれば安倍総裁の関与を隠す必要はない。読売新聞も「風向きが変わった」ことはわかっていることになるだろう。わかっていて日銀が自発的に(つまり勝手に)やったことにしたいのである。
民主党敗北で株価が上がり始めたことを持ち出し「みんなも期待していましたよね」と仄めかしている。最後に「10年経ったら議事録は公開されるのだ」と説明し「今、言い訳のために出してきたわけではないんですよ」と強調することも忘れない。
一方で安倍総裁の働きかけをもっとも強いトーンで出しているのは共同通信だ。共同通信は地方紙などに載せる短い記事を主に書いていて意見を書けるはずはないと思われがちだ。だが、ときにかなり政権に批判的なトーンを出すことがある。NHKは「安倍・白川会談」まででどとめているが、共同通信を読むと背景には恫喝めいた日銀法改正があったことがわかる。当然だが読売新聞はこれについても全く触れていない。
だが9月に自民党総裁に選出された安倍晋三氏は日銀を「努力不足」と批判。独立性を担保する日銀法改正もちらつかせ、より明確な物価目標の導入を迫った。
一応その後の事実関係だけをおさらいしておく。
白川総裁は物価目標を導入した。この時には自分が自発的にやったことにしている。だが、その後ですぐに退任してしまった。退任直前になって「黒田氏の提案には懸念がある」と言っている。最近のインタビューでも「社会実験だった」と切り捨てている。
あえて白川氏の問題点を挙げるとするならば「日本に成長目標を掲げてもどうせ無理だろう」という姿勢がかなり鮮明な点だろう。学者肌で一時が万事すべて他人事なのだ。安倍総理の要望は2年以内だったそうだが「明らかに不可能」なので「できるだけ早期に」で決着させたと言っている。どうすれば日本経済が再活性化するかについて提言した痕跡はない。日本経済の実力から見れば「どうせ無理」と考えていたからではないかと思う。
ここまでNHK、読売新聞、共同通信を見てきた。これで全部の事実が出揃ったのかということになるのだが、実はそうではない。最後の記事はReuterである。白川総裁は「経済対策は政府と日銀の共同作業」というトーンの政策連携を維持したかったが安倍政権に同調したい一部の委員から見直し議論が出てきたと書いている。
委員たちの中にも今後のことを考えて「長いものに巻かれた方が得だ」と考える人がいたことがわかる。Reuterの記事は政権に翻弄、山口副総裁は共同文書に慎重=12年下半期・日銀議事録というタイトルになっている。
民主党時代には既に中央銀行に頼りたいという声があった。白川総裁は「あくまでも共同作業ですよ」と言って連携文書を作る。ただ民主党政権が終わると日銀内部に思惑の違いが出てきた。結局、白川総裁はそれを抑えられなくなり「政策協定」を作った。結局「日銀がいくらでも国債を引き受けてくれるのだ」という偽りの安心感が広がり、現在金融市場に歪みを生じさせている。白川氏が退任したことからおそらく白川さんはその後に何が起きるかがわかっていたに違いない。
メディアを読む限り、つまり状況はこういうことだ。
安倍総理には日本をどう成長させるビジョンはなく日銀に任せておけばなんとかなるだろうとして総裁を変えた。日銀側は「どうせそんなことは無理だろう」ということはわかっていたが形式上は自発的に政策を変えたことにした。だが、10年経ってやはり「アベノミクスは無理だった」という結論になった。それはわかっているのだがそれを言ってしまうと誰が責任を取るのかということになる。それはまずいので着地点を探している。
政府・日銀が右往左往するのはまだわかるのだが、メディアのなかにもなぜか慌てているところがある。裏返せばメディアもなんとなく「アベノミクスなど無理だ」とわかっていたのであろう。