ロイターが短く「ブラジルとアルゼンチン、共通通貨巡り協議へ 経済統合目指す」という記事を伝えている。ゆくゆくはメルコスールを共通市場にして通貨統合も目指すという構想だ。実現すれば南米版EUということになりそうだ。ブラジルが右派から左派の政権に切り替わったことで政治的に合意しやすい環境ができたのだろう。実現可能性と今後の注目点などについて考えた。
記事には「米ドル依存からの脱却を目指す」と書かれている。つまりアメリカ離れの一環である。
ブラジル・アルゼンチンだけでなく中南米には多くの左派政権が誕生している。アメリカ合衆国が関与して作られた右派政権が失敗するとそれに対立していた人たちが主導する左派政権が誕生する。左派といっても社会主義色が強いというよりは南米流の「大衆主義(ポピュリズム)政権だ。特に2022年はコロナ禍の影響で左派の台頭が目立った年だった。
ただ、この大衆主義はあまりうまくいっているとは言い難い。かつてアメリカ合衆国の食肉供給基地として栄えたアルゼンチンはその後没落し何度も国家デフォルトを経験している。
アルゼンチン国民はまず自国通貨を手放して米ドルを蓄えようとする。キャピタルフライトは通貨下落を招くためアルゼンチン政府はあの手この手を使って国民の米ドル購入を抑制しようとしてきた。最後に国民が頼るのは自国通貨ではなくリスクの高い暗号資産・仮想通貨である。インフレが激しいためハイリスクであることがわかっていてもこうした通貨に頼らざるを得ない。自国通貨を諦めより大きな枠組みを作りたいとアルゼンチンが考えるのは自然なことである。
アルゼンチン政府はIMFを含むパリクラブからの支援を取り付けたものの交渉を指揮したグスマン経済大臣は退任してしまう。副大統領との折り合いが悪かったと言われているそうだが、その副大統領は汚職容疑で禁錮6年の有罪判決を受けており司法闘争の真っ只中だ。パリクラブに対する財政再建の約束が守られるかは微妙な情勢だ。
一方のルラ大統領も一度は汚職の罪で投獄されたものの司法の後押しで政治家として復活したという前歴がある。軍には、経済推進派のボルソナロ前大統領のシンパがいるものとみられており最高司令官が更迭されたばかりである。市場はあまりルラ大統領を信じていない。汚職判決が取り消された時にはブラジルの通貨レアルが急落している。おそらくルラ大統領が高福祉政策に動けば金融市場はルラ大統領に不信任を突きつけるものと思われる。
通貨を統合して市場を大きくしたいというのは新興国の夢である。だが通貨と市場だけを統合し政治的に統合されなかった地域には必ず勝ち組国家と負け組国家が生まれる。例えば高金利施策維持が予想されるEUでは異議申し立てをする国も出てきている。
周辺から文句を言われようとEUがなんとか統一通貨を維持できているのは財政規律が厳しい国があるからである。どちらの政府のトップにも汚職疑惑のあるブラジルとアルゼンチンの共通市場化が成立する見込みはあまり高くない。だが仮に実現すればかなり問題を含んだ通貨連合になるだろう。厳しいことを言って周囲に恨まれるくらいの国が中核にあることが必要なのだ。
一方でアメリカの裏庭である中南米に「資本主義は自分達を幸せにしない」と考える国が増えていることもまた見逃せない事実だろう。バイデン大統領は中南米を「移民問題の発生地」程度にしかみておらず関係は冷え切ったままである。議会が膠着しているアメリカが中南米に指導的な役割を果たすことはないだろう。この「脱資本主義」のトレンドは今後も続きそうだ。
今後の課題はブラジル・アルゼンチンの脱アメリカ経済依存にどれくらいの共鳴国が現れるかということになりそうだ。前述したように中南米には多くの左派政権が誕生しており共通市場化に期待を寄せる国が出てくることは十分に考えられる。一方でメルコスールのウルグアイは脱メルコスールに向けて動いているようだ。
2022年の年末のJETROの記事を読むとウルグアイはTPP11や中国とのFTAに期待を寄せている。メルコスールからの「足抜け」に対して3国が非難声明を出している。うまくゆけば日本は自分達の枠組みにウルグアイを引き込むことができそうだが中国との結びつきを強めるというシナリオも考えられる。ウルグアイにしてみれば近隣国(メルコスール)は頼りにならないがアメリカ合衆国にも依存したくない。
中国でも日本でもどちらでもいいから「自分達の経済のためになる」パートナーシップを模索しているのだろうということになるだろう。
まだ海のものとも山のものともしれないこの構想だが今後の報道に注目したい。資本主義陣営の行く末に関わる動きの一つである。