あるいは「そんな宣言が出ているとは知らなかった」という人もいるかもしれない。報道によると、岸田総理大臣は年末のテレビで「増税前に解散する」と宣言したがその発言は年頭所感ではトーンダウンし「日程的には解散をする余地がある」と修正された。
仮にそんな宣言があったなら、なぜ岸田発言は修正されたのか。気になって調べてみた。
そもそも、なぜ「増税前解散宣言」が注目を集めたのだろうか。実は年頭の会見で総理が明確に否定したというのが最初の報道だった。ここから遡り「実はそう読み取れる発言があったようだ」ということになったのだ。
有権者の間に「難しいことはわからないから増税はしかたないが気がおさまらないので一発殴らせろ」というような気分が蔓延しているのではないかと思った。これにびっくりした首相周辺が軌道修正を図ったのである。
だがそれではあまりにも乱暴な分析なので細かく報道を追ってみよう。この件について知るためにはいくつかのことを知らなければならない。
そもそも「自民党総裁選前には総選挙をやるべき」という暗黙のしきたりがある
ワイドショーでも早速この問題が取り上げられていた。田崎史郎さんの「小池さんの5000円配りますの方がインパクトがあった」が見出しになっているが、この番組では田崎さんも佐藤さんも「選挙前に総裁選をやると選挙の顔が誰になるか」に争点になり河野太郎さんに注目が集まるだろうと言っている。これを避けるために総選挙をやるだろうというのが「プロの見立て」である。
ちなみに総裁任期が切れるのは2024年9月だそうだ。通常、総理大臣は任期が切れる前に解散をすることになっている。任期が切れるのを待って選挙をやると「追い込まれた」などと書かれたりする。なぜか「プロ」の間では変な相場観ができているのである。
一方、これまでマイナポイント、地域振興券、10万円直接給付などで躾けられてきた有権者は「政府が何を配ってくれるか」で政策の良し悪しを判断するようになっている。
つまり永田町の常識と世間の認識が乖離してしまっていることになるだろう。
国民の間にある「増税するなら意見を言わせろ」という期待が増幅されてしまった
まず萩生田政調会長が「増税するなら解散が必要だ」と発言した。安倍派の埋没を恐れる萩生田政調会長は台湾を訪れて独自外交を展開したりと「総理大臣」のように振る舞っている。総理の専権事項とされる解散に言及したのもその流れなのだろう。増税を牽制し「国債による防衛費増強路線」を主張したものと見られる。
これに刺激された岸田総理はBS-TBSの番組で「増税前解散」について言及してしまった。具体的には2024年から2027年までの間に「選挙がある」との発言だった。
この発言は二つの意味に受け取れる。一つは2024年9月に総裁任期が切れ2025年10月には衆議院議員の任期も切れるのだからどっちみち2024年から2027年までの間に選挙があるという意味だ。つまりカレンダーを確認しただけである。もう一つは国民の信を問う意味で選挙を前倒しし2024年から始まる議論を新しい国会で行うという意味である。世論はこれを事実上の「増税前解散だ」と受け取ったようだと読売新聞は書いている。
確かに時事通信は「増税前解散」岸田首相が初言及 求心力回復へ引き締めかとの見出しを打っている。世論がそう思っているというよりマスコミがそう分析し世論を誘導したという側面がある。
そもそも「総裁選挙前に総選挙をやるのがセオリーだ」というプロの常識があり、その上に「増税するなら意見を言わせろ(「殴らせろ」は少し乱暴かもしれないので修正してみた)」という国民のうっすらとした期待が乗った。さらに「わざわざ総理大臣がカレンダーの確認などしないだろうから何か意味があるんだろう」という常識も働く。この三つが合わさったことで発言が一人歩きしたというのが実情のようだ。
思わぬ盛り上がりに「首相周辺」は慌てた。結局年頭の記者会見で次のように申し開きをした。つまりカレンダーの確認をしただけであって総理大臣の決意を述べたわけではないというわけだ。発言は日経新聞から引用した。
結果として増税前に衆院選があることも日程上、可能性の問題としてあり得ると発言した。衆院解散・総選挙は専権事項として時の首相が判断する。
これが「トーンダウン」と見做されたのである。
言うだけ番長と化した岸田総理
岸田総理は総裁選挙では所得倍増を謳っていた。ところがこれは実現のめどが立っていない。金融所得倍増だといいかえてみたが有権者には全く響かなかった。現在のプランは「企業にお願いする」というものである。大企業は応じる意向のようだが中小企業がついてくるかはわからない。
また例えば憲法改正も「総裁任期中にやる」と言っている。2024年9月までにやるという意味になるのだがこれも見通しが全く立っていない。もともとは総裁選の時に保守派の気をひこうとして発言をしたのが元になっているようである。
選挙のためには少し大袈裟にはっきりと言っておくべきだと岸田さんは考えているのだろう。やたらと異次元のという言葉を使いたがる。「異次元の少子化対策」に至っては「SFか」などと揶揄する声も出ているそうだ。
難しい途中結果がわからず成果から判断するしかないのだから「結果的に実現しなかった」ことだけが記憶に残ってしまうのだ。現在の報道では「物価上昇を超える賃上げなどできるのか?」が話題になっている。つまり総理大臣が言ったことは実現しないかもしれないというのが新しい相場になりつつある。
だが、実は今は選挙はできない
では「これが岸田総理の人格の問題か?」ということになるのだがどうもそうではないようだ。
選挙区が減ることがわかっている。つまり地方では少なくなる選挙区をめぐり「椅子取りゲーム」が行われている。少なくとも地方選挙までに支部長を決めるようにと岸田総理から指示が出ている。支部長は現役議員か議員候補なので候補が決まっていない選挙区があることになる。
つまり岸田総理大臣は今は総選挙ができない。またしても「できないことを言っていた」のである。
ではこの問題にカタがつけば選挙ができるのか。どうもそうではなさそうだ。
週刊朝日が「旧統一教会」&増税が直撃! 夏選挙なら与党で約90議席減も〈週刊朝日〉という記事を書いている。総理大臣の個人的な資質の問題にした方がおもしろおかしく記事にできることから、岸田総理が統一教会問題の処理を間違え増税を言い出したことで90議席減らすのだろうと読み取れるヘッドラインになっている。
だが記事を読むと必ずしもそのようなことが書いてあるわけではない。アベノミクスで問題を先送りしつづけたことで岸田総理が取ることができる選択肢が減っている。国債はこれ以上発行できそうにない。構造改革を先送りしたことで少子化も賃金アップもできそうにない。こうなると岸田総理にできるのは「叩かれ続ける」ことだけになる。
もう一つ重要なのは公明党の支持母体である創価学会の高齢化問題だ。自民党は金権政治批判を打破できず単独で政権が取れなくなったとされている。だが実際には有権者の間で政治離れが進んでおり創価学会などの「信者」に頼って選挙を維持するしかなくなっていた。統一教会問題も元はと言えば「地域に支持者が少ない」という問題のその場しのぎの解決策という意味合いが強い。
次点との差が1万票未満の当選者が33名おり、2万票未満という当選者も57人もいるそうだ。この僅差の選挙を安倍総理のその場しのぎのメッセージと宗教票で乗り切ってきたというのが自民党が勝ってきた背景にある。
自民党は日本経済の構造問題を放置してきたのだが、実は自民党の中の構造問題も解決してこなかった。週刊朝日は「リベラル」らしく、立憲民主党右派(現実派)が閣外協力をするのではないかと予想している。一方で麻生・茂木ラインは国民民主党の党派取り込みを狙っているようだ。内閣改造するなら「国民民主党を入れるべきだ」と主張しているようである。どちらにせよ彼らが狙っているのは連合の組織票なのだろう。
安倍氏の個人的人気に依存し抜本的な改革を行わなかったことで、岸田総理は「いつでも思い切って選挙ができます」と言えなくなっている。
報道は「永田町の常識」で進むが、有権者には有権者の理屈がある
これまでみたように、増税・総選挙を巡ってはほぼ永田町の理屈だけで話が進んでいる。有権者の話が出てくるのは「どうやったら選挙を誤魔化せるか」くらいのところである。
だが有権者には有権者の理屈がある。
冒頭でも述べたように有権者には有権者の論理がある。「難しいことはよくわからないがタダで増税させるのは納得できないから一発気がすむように殴らせろ」と考えている人も多いのではないだろうか。