アメリカ合衆国で下院議長が決まらないという事情事態が発生し現在も継続中だ。最初は何の気なしにQuoraの政治スペースに投稿したのだが、実は極めて深刻かつ異常な事態なのだそうだ。議長が決まらない限りアメリカの議会はこの先何も決められないという。さらに今回の造反劇には落とし所がない。日本のテレビ報道は「100年ぶりの珍しいことが起きた」と伝えているが議長が決まらないというのは実は極めて深刻な状態なのである。
なお継続中の出来事なので、今後数時間でこの文章の結論部は変わる可能性がある。「1日揉めたが結局収まるところに収まった」となるのが好ましいのだが、今はそうなっていない。
日本の造反劇には落とし所がある
まずアメリカの事情を書く前に日本の事情を整理しておく。自民党は派閥の連合体であり実質的にはいくつかのグループのリーダー(派閥の領袖などと呼ばれる)が決定権を持っている。派閥の領袖の力を奪い官邸で全てを決めようという「官邸主導」という圧力もあったが岸田政権では派閥の力がましているようだ。日本の議会でも過去に造反劇が起きたこともあるが派閥の領袖が担いでいた総理・総裁の支持を取りやめたことを意味するだけだった。たいていの造反には落とし所があり、議会での造反劇は単なる「出し物」に過ぎない。
普段は新聞報道などをもとに記事を構成するためアメリカ政治の情報はワンテンポ遅れて入ってくる。だが、今回の記事はQuoraのスペースの情報を元に構成しているためライブ感が強かった。なんの気なしの投稿をきっかけに「実は深刻な事態だ」という投稿をもらった。どうやら出口がないらしいというのだ。
アメリカの造反劇には落とし所がない
まアメリカ合衆国の議会政治はそれぞれの議員がかなり主体的に動いている。彼らが自主的に代表者を決めて代表者に権限を委譲する。代表者の主な権限は党内序列を決めて委員会を構成することである。議員は「自発的に賛同する」ことで将来的に自分の所属したい委員会に入ることを望んでいる。
議長は過半数以上の賛成を得なければならない。その意味では日本では衆議院議長というより首相に近い。最も大きく違うのは代表者に行政府の執行権限がないという点だろう。二元代表制なので大統領は別に選出される。
日本の国事行為は天皇が行う。つまり議会も天皇に対して立法活動を行なっているということになっている。ただし天皇には独自決裁権は一切ない。大統領制の国であっても大統領が議会に組閣を要請するような国がある。これも君主制の名残といえる。大統領は民選の王のような役割を果たす。
ところが君主制からの自由を求めたアメリカ合衆国の政治はそういう仕組みになっていない。大統領と議会がそれぞれ独立している。このため議会が膠着してしまうとそれを調停できる人が全くいないという状況に陥る。今回の事態が極めて深刻なのはアメリカ合衆国の政治に極めて独特の特性があるからだといえるだろう。
議会の代表者が決まらなければ、それ以降の委員会構成が決められず従って何も決められなくなるそうである。解散もないということなので「このまま議長が決まらないまま二年間が経過する」ということもシステム上はあり得るのだという。現在は「どっちみち最終的にはマッカーシー氏が指名される」と書いているメディアもあるが「事態は混沌としている」と分析するメディアもある。アメリカのテレビ報道ではカオスという言葉が飛び交っている。
今回の造反劇の裏にはやはりあの人の存在が
南北戦争時代以後は「議会が代表者を決められない」ということはなくなったようだがQuoraの投稿によると「そもそも初回の投票で決まらなかったのは1923年以来初めてだ」という。この時は二回目で決まっているようだ。今回は三度の投票で決まらず四回目をやるかどうかが議論されている。
アメリカの議会システムは長い時間をかけて今の形に落ち着いている。下院議長に強い権限を持たせて混乱のない議会運営が行えるように進化してきた。議長に委員会人事権限を与えることで権限を強化したことで「派閥造反」を防いできたことになる。長い間議長選挙は単なる儀式に過ぎなかったのだ。
では今回なぜこのような事態になったのか。やはりその背後にいるのはトランプ氏である。
トランプ前大統領の影響力が共和党離れにつながることを恐れた上院・下院の共和党の実力者たちが白人至上主義者などの「トランプ的傾向」から離れようとしていた。
トランプ氏は白人至上主義者のニック・フエンテス氏と会食した。中間選挙に影響力を行使できず「トランプは終わった」という風評になったために影響力拡大を狙ったものと思われる。上院トップのマコネル氏と下院トップのマッカーシー氏は「共和党には白人至上主義者を受け入れる余地はない」としていた。
中間選挙での影響力が削がれたためこれは当然の流れだった。今回は「脱トランプ」に憤った人たちが落とし所を決めないままに造反したようだ。最初の造反者は19名であり具体的な人物は指名しなかった。次の投票で子の19人はジョーダン氏に投票した。この記事を書いている現時点では3回目の投票が行われ造反者が1名増えて20名になった。ジョーダン氏はフリーダムコーカスと呼ばれる共和党内急進派の創設者の一人である。
- Kevin McCarthy loses 3rd speaker vote(ABC/YouTube)
マッカーシー氏が議長になれば造反者は議会での人事で報復される可能性がある。ところがマッカーシー氏が議長になれなければ報復の可能性は低くなるだろう。だが、それでも造反組が過半数を取れる目処は立っていない。つまり共和党側は出口を失いつつあるというところのようである。少数派が人事で排除されることを恐れて抵抗している。そのためにアメリカの立法府が機能停止に陥っているということになる。つまり動機はかなり利己的なものである。
造反組は最初の目的は達成した。それはマッカーシー氏に歴史的な恥をかかせることだ。
MSNBCのYouTubeはJonathan Lemire: ‘This is a humiliating moment for McCarthy’という見出しを取っている。マッカーシー氏が恥をかかされたというわけだ。100年前に一度起きただけということだから「歴史的屈辱」ということになるだろう。脱トランプを言い出したばかりに報復されたといえる。問題はその次が決まらないことである。造反した以上は勝たなければならない。もし勝てなければ人事で報復されてしまう。マッカーシー氏もフリーダムコーカスと妥協するつもりはないようである。
今後の影響と見通しは?
アメリカ議会は「予算をなかなか決めない」などと言った宙ぶらりんな状態(サスペンス)を好む傾向がある。つまりチキンレースではあってはあっても最終的に最も悲劇的な結末は避けられることが多い。今回も単なるチキンレースであってほしいと思う。
ただ現在の状況は「5回目の投票」でマッカーシー氏が負けるということになっており、いよいよマッカーシー氏吊し上げという様相になってきた。
だが、仮に議会が機能不全に陥れば大統領も結果的に今議会から与えられている権限以上のことは何もできなくなる。アメリカはウクライナ危機の後方支援などで多額の援助をしている。日本近隣で有事が起きたとしても大統領は今持っている予算と権限以上のことは何もできないということになる。
経済や投資に関心がある人はCNNの「Chaos in Congress sends an ominous signal to Wall Street」も読むといいかもしれない。すぐさま株価や為替が動くことはないだろうが「カオス」が長引けばおそらくいろいろな変化が出てくるだろう。