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共同通信が日銀黒田総裁「慢心」の萌芽を発掘

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年末になり2022年を締めくくる記事が出てくる季節になった。共同通信が「デフレ脱却「日銀に責任」 黒田氏、旧体制を痛烈批判」という記事を出している。2007年に財務省が黒田氏を調査している。なぜ今共同通信がこんな資料を出してきたのかと感じた。だが、この短い記事を読むと黒田総裁の強い自負心と「慢心」の萌芽がすでに見られる。

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黒田日銀総裁の2022年最後の仕事は予期せぬ住宅ローンの利上げにつながった「事実上の利上げ宣言」だった。固定金利が引き上げられ「変動の方がいいのか」あるいは「変動もこれから上がるのではないか」と疑心暗鬼に陥っている人も多いだろう。

もちろんこれから家を買おうとしている人や今ローンを払っている人の間にさざなみを起こすことが黒田氏の狙いだったわけではない。むしろ黒田総裁は金融緩和状態を続けるために自由裁量の余地を残したかっただけである。このため黒田氏は「これは政策変更ではない」と言っている。だがこの発言は単に黒田氏が「裸の王様」になっていると言う印象をつけただけだった。金融市場とのコミュニケーションをおろそかにしていた黒田氏を信じるものはいない。

この市場との断絶はどのようにして生まれたのだろうか。起用する側とされる側の二つの要因がある。一つはもちろん任用した政治側の問題だ。安倍政権は「政府・日銀が一体となって借金を背負えばいくらでも財政出動ができる」という事実上の財政ファイナンス理論に支配されていた。さらに野党は政権を奪取するためならとにかくなんでもありという状態に陥っている。つまり議会政治全体が期待される役割を果たしていないということになる。

もちろん問題はそれだけではない。実は日銀側にも無力感と焦燥感のセットがある。伝統的な手法による政策誘導ができなくなっていたため「とにかくことを荒立てたくない」と言う人たちがいてその裏に「自分ならもっとうまくやれるのに」と感じていた人もいた。古い財務省・日銀のマネージメント体制はこの集団的無力感と焦燥感から脱出することができなかった。黒田氏の「慢心」はこのセットの一部だと考えるとわかりやすい。

黒田東彦氏は東大を卒業した後1967年に大蔵省に入省した。その後、ミスター円と呼ばれた榊原英資氏の後任として財務官に就任している。この聞き取り調査が行われていた時には一橋大学の教授を経てアジア開発銀行の総裁になっていた。なぜ聞き取り調査が行われていたのかは共同通信の記事には書かれていない。

高度経済成長期の大蔵省には護送船団方式で日本の金融を守護しているという過剰な万能感があったはずだ。バブルが通達で破綻するまでこの万能感は続いていたはずである。

黒田氏はこのときに速水総裁の方針を痛烈に批判して、インフレターゲット論を展開していると書かれている。共同通信がどのような気持ちでこの記事を出したのかはよくわからないのだが、強烈な自負心が感じられる。デフレ・インフレは日銀の責任だと言っているのだが、裏返せば「日銀さえその気になればデフレ・インフレ状態は解消できる」と言っていることになる。

結局黒田氏はこの目標を達成できなかった。だがなぜ達成できなかったかを自ら振り返ることはなさそうだ。当時の自負心は「単なる慢心だった」ことになる。

この記事に出てくる調査が2007年のいつ頃のものかはわからない。財務省がどのような目的で黒田氏と面談したのかは書かれていない。のちに黒田総裁を起用することになる安倍総理が在職していたのは2006年9月から2007年の9月までだった。

だが、この時に黒田氏が日銀総裁になることはなかった。最初の安倍政権は極めて短命に終わってしまったからである。この時の背景情報がわかると今回の原因が作られたもう一つの理由がわかる。

福田政権が提案した総裁候補は白川氏だったが、当時の「ねじれ国会」では参議院での同意が得られなかったようだ。当時のロイターの記事を読むと小沢一郎氏が主導し民主党がプレゼンスを増すために「ゴネていた」ことがわかる。小沢氏は「民主党の提案を飲まなければ自民党政権は何もできない」ことを示すために日銀総裁案に反対していた。天下りはけしからんという大衆ウケしそうなスローガンを掲げ「重要な国際会議に日銀総裁がいないかもしれない」というような深刻な事態になりかけていた。

小沢氏が主導していた当時の民主党の政党文化はのちに政権衰退の遠因になった。派閥闘争とポピュリズムが政権奪取の拠り所になっているだけで、現政権に代わる政策を立案して将来に備えておこうというような動きは生まれなかったのである。結局3年で行き詰まり財源を財務省に頼った結果として消費税増税の提案が行われることになり、民主党政権は破綻した。もちろん小沢氏がこれを総括し責任を取ることはなかった。

いずれにせよ白川氏の就任の最初の20日間は民主党の賛成が得られなかった。このため白川氏は「事実上の総裁」として日銀総裁のキャリアをスタートする。民主党の人事の反対案に政策的な筋があったわけではない。つまり誰を総裁にしたいかというような代替候補は見つけられなかったのだろう。単に20日間人事を妨害しただけという嫌がらせに終わってしまった。

白川氏は学級肌として知られる。金融政策には詳しかったがゼロ金利政策には批判的だったようだ。民主党政権の3年が過ぎて安倍政権になった2013年に任期途中で差し替えられることになった。つまり白川さんは任期の最初と最後に政権交代に巻き込まれ苦い思いをしている。

では、白川氏には何の問題もなかったのか。どうもそうではなさそうだ。

退任時に白川総裁は安倍総理との確執を否定し「私が次の目標を決めた」としている。安倍総理の意向に沿って「インフレターゲット」の目標設定をやったのだろう。安倍総理が実際に金融政策を理解していたのか取り巻きたちに言われて指図したのかはわからない。ところが黒田新総裁の「期待に働きかけてインフレを誘導する」という新戦略に危うさを感じているとも言っている。

つまり「自分は賛成できかねるが、自分がやるわけではないし、ことを荒立てるのはいかがなものか」と考えていたことになる。政治にうんざりしていたのかもしれない。

改めて思いかえすと当時の日銀の役割は「とにかくことを荒立てない」という極めて消極的なものだった。時には通貨防衛で積極的な役割も果たす財務官を経験している黒田氏の日銀に対する考え方は大きく異なっていた。自分が日銀総裁になれば「この状況を変えられる」と思っていたのである。つまり集団的無力感と焦燥感はコインの表と裏の関係にある。

だが結果的に黒田氏にはできなかった。やはり慢心だったのだ。そもそも日銀がその機能を果たせないのか、黒田氏になんらかの資質的欠落があってそれが叶わなかったのかはわからない。

黒田総裁の一番の問題点は「極めてコミュニケーションが下手」と言う点だろう。安倍政権下で書かれた日銀の政策に対する評価を見ると「市場とのコミュニケーション機能が損なわれた」とされるものが多い。つまり「黙って俺について来い」というタイプなのだ。

日本の金融が国際的に閉じており大蔵省のいうことを聞いていればとりあえず潰れることはないという時代であればこのような不遜さは「ある種の独裁的な頼もしさ」として高評価されていたのかもしれない。ところが現在の金融は国際的に開いている。さらにバブル後の苦い経験を通じて金融機関は財務省が必ずしも自分達を守ってくれるわけではないということに気がついた。一方で金融市場が国際化してゆく中で黒田総裁や審議委員たちの意識が代わることはなかった。小さなエコーチェインバーの中に取り残されたと言って良いだろう。

こうなると次の総裁は国際金融のことをよく知っており市場とのコミュニケーションを円滑にとってくれる人にした方がよさそうだ。

ここで再び問題になるのが政治側の対応だ。現在の岸田政権は主に吉田茂・池田勇人の伝統に連なる家々が貴族的に支配している。つまり人間関係が極めて狭く濃密に閉じ始めている。この閉じた空間で提案された増税が突然国民に宣言されることで大きなハレーションが生まれている。こうした政権が国際金融に熟達したコミュニケーション上手な総裁を起用してもおそらく持て余すだけだろう。

黒田総裁は自らの能力を過信していたようだというのはあくまでも結果論にすぎない。だが将来的に「なぜこうなった?」を考える上では極めて重要な資料になるものと思われる。一言で言うと「日銀も財務省も自らをアップデートできなかった」ということになりそうだ。

つまり「政治の世界が閉じてゆく」ことと「焦燥感から出発した慢心」もまた一つのセットを形成しているのだ。

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Comments

“共同通信が日銀黒田総裁「慢心」の萌芽を発掘” への1件のコメント

  1. 見えざる手のアバター
    見えざる手

    黒田氏の独善と傲慢、コミュニケーション下手は、1つは東大→大蔵省の燦然たる経歴のせいだろうと思いますが、同氏が法学部出身であることも原因のひとつかも。

    法学部出身者は、社会のお約束を自分たちが作り、下々はそれに従えば丸く収まると考えていて、経済すら自分たちの法律の下部運動だと思いがち。
    アダムスミスの「見えざる手」なんか勿論知ったことではなくて、自分たちがそれにかわりができると考えています。

    黒田氏のインフレターゲット論も、金融緩和をすればお金がふえてインフレになるという、単純な机上思考以外の何物でなく、例えば、経済主体が、お金をもらっても利益を生まないし、使えないから日銀の当座預金口座に放置してしまうという、まさにアダムスミスの見えざる手的な現象を看過し無視した、おバカな政策でした。

    国会を見ても、黒田氏は自分だけがいちばん頭がよくて、世の中俺の言う通りに動かなきゃいけないみたいな態度ですから、経済の自律運動なんて全く分からないし分かろうともしなかったと言わざるを得ません。

    こういう輩は一刻も早く退場すべきだったのに、岸田さんは後退させることができなかったわけで、やはり、高校時代成績の良くなかったであろう人は、成績のいい奴には物を言えないんだなとも思わせました。