ざっくり解説 時々深掘り

オランダのルッテ首相がオランダの奴隷制度を公式謝罪。基金は準備するが賠償は否定。

オランダのルッテ首相が奴隷制度について謝罪したとしてニュースになった。なぜ今突然と言う気がする。謝罪の日付をめぐっては批判もあるようだが記事が短いために内容がよくわからない。色々調べてみたのだが「賠償問題に発展するのではないか」と考える人もいるようだ。また2017年にあったようなネット極右の台頭を恐れる人もいる。

Follow on LinkedIn

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで

|サイトトップ| |国内政治| |国際| |経済|






日本語ではAFPの記事の他に目立ったものがないので英語版でBBCCNNを読んでみた。まずBBCを要約する。

  • ルッテ首相の演説はカリブ海とスリナムに閣僚が訪問するのを前に行われた。
  • 批判するスリナムのグループは2023年7月1日に謝罪するように求めている。植民地の奴隷解放から160年にあたる。10年かけて段階的に実施されたため開放から150周年にあたると書いているメディアもある。
  • オランダの奴隷制度は国家によって義務付けられていた。オランダの西部諸州だけでも1738年から1780年までの経済成長の40%が奴隷制度に由来すると言う研究がある。
  • 謝罪の裏側には「二級市民」として扱われている移民の境遇がある。ヨーロッパ系は自分達は寛容だと思いたがるが実際には見えない差別がある。
  • しかしながらオランダ市民のうち半数は謝罪を支持していない。支持している人は38%である。オランダにいるカリブ系コミュニティに対する賠償の必要が出てくるのではないかと懸念している人もいる。
  • さらに極右政党の躍進を心配する人たちもいる。(これについては別の報道で補足するが2017年にはネット系極右政党の台頭があった)
  • 王室は奴隷制の推進に関与したと言う認識がある。このため独立した調査を要求している。

BBCの別の記事(英語版)では2021年7月1日にアムステルダム市長が奴隷制にアムステルダム市が果たした役割について謝罪している。アムステルダム市長は左派で右派中道のロッテ氏とこの問題で対立してきた。つまりこの問題には政治的対立の側面があるようだ。AFPの記事を合わせると圧力がかかり渋々謝罪することになったが人権団体はまだ謝罪が不十分であると考えていることになる。

BBCの記事は謝罪は概ね好評だったと伝えているが、中には今の住民たちには何の関係もないと言う人もいる。自分達が抱える必要のない罪悪感を抱えることに対して反発しているのだろう。こうした反発心を持つ人たちが表立って謝罪に反対することはないのかもしれない。だが極右にとっては格好の題材になるだろう。サイレントマジョリティの代表として振る舞うことができるからである。

BBCの記事は主にカリブ系の奴隷について言及しているがCNNはインドネシアでの奴隷制度についても若干の言及をしている。実はアジアでも同じような問題は起きていた。だが主に問題になっているのはカリブ系オランダ人との関係である。

日本人にとって一番の関心は「謝罪と賠償」の関係だろう。おそらく韓国との関係が念頭にあるものと思われる。産経新聞は基金は作るが賠償は否定していると書いている。これがルッテ首相の落とし所である。

ドイチェベレは謝罪が賠償につながることは滅多にないと指摘している。ドイチェベレが指摘するのはアメリカで起きたブラックライブズマター運動の影響である。ヨーロッパにいる有色系への賠償を求める流れがあるそうだ。ベルギー国王は当初国王の私領だったコンゴにおいて「深い遺憾」を表明したが謝罪には至らなかった。ドイツもナミビアに開発援助を申し出たが賠償の表明まではしていない。

この問題の難しいところは「落とし所」が見つからないと言う点だろう。被害を受けた側は今も見えない差別を受けているためいくら謝罪されても十分だと感じないだろう。

オランダから独立した南米のスリナムはオランダは賠償を行うべきだと考えているようだ。スリナムは自治権を獲得後社会主義化が進み一度は東側ブロックの援助を期待した経験がある。その後軍事政権ができて一度は西側と疎遠になるのだがその後はアメリカやオランダに接近している。つまり援助を求めて渡り歩いている。こうした国はできるだけ多くの賠償を勝ち取ろうとするだろうが「賠償金」がスリナム国民に還元されるとは考えにくい。

さらに極右政党の存在もあるようだ。ウィルダース氏が一人で党員をつとめる自由党という政党がある。マスコミのインタビューには一切応じずSNSだけで党の主張を伝えているそうだ。この自由党が2017年には躍進した。ロイターは当時の状況を「焦点:オランダのパラドックス、豊かな国で極右政党優勢の理由」という記事にまとめている。つまり政治的に正しくない「オランダは白人のもの」という気持ちを持っている人も多いのだろう。表立っては言えないが投票はできるというわけだ。

極右政党の台頭のうらには貧困や忘れ去られた人々の鬱積した気持ちがあると理解されることが多いのだが2017年の記事を見ると特に貧しいわけでもないオランダで支持を広げていると書かれている。ちょうど2015年の移民危機の直後の情報なのでオランダにも地中海を越えてきた移民たちが押し寄せてきていた時期だ。

メジャーな政党も自由党人気を無視することができないため右派的な政策を受け入れざるを得ない。ルッテ首相の謝罪が遅れた裏にはこのような事情もあるようだ。が「これでは不十分だ賠償しろ」という声が高まれば却ってサイレントマジョリティを刺激し極右の台頭を招きかねない。オランダは民主主義も経済も比較的うまく行っているが、それでも過去の清算という難しい問題を抱えているようだ。

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで


Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です