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タイトル42が執行停止になりアメリカ南部国境に移民の「雪崩」が押し寄せる

アメリカで「タイトル42」が執行停止になるとしてアメリカ南部のテキサス州国境が大騒ぎになっている。日本では全く知られていないが……と言いたいところなのだが、実はアメリカ人も知らない人が多かったようで主なメディアはこぞって「タイトル42とは何か?」という記事を出している。

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とりあえず今の現状を見るためにはYouTubeのニュースを見るのが一番早い。例えばABCのニュースはこんな感じだ。

タイトル42がなくなると大変なことになる。コロナ検査を受けていない人たちが大勢南から押し寄せるぞ。テキサス州知事はこう訴えている。しかしキャスターはそれは偽善ではないのか?という。本音は押し寄せる移民を追放する理由を探しているだけだからである。押し寄せる移民を排除するためには「ウイルスを持った怖い人たちが大勢くる」として危機感を煽るしかない。どうしていいかわからなくなっているのである。

ついにテキサス州エルパソ市は緊急事態を宣言した。CBSはベネズエラ人の雪崩という表現を使っている。ある移民希望者の言葉の引用だが切迫した危機的状況にあるという印象を生み出している。

They hope their luck is about to change, and are praying they are allowed into the United States. One migrant said “an avalanche of Venezuelans” are on their way to the U.S.-Mexico border.
彼らは祈るような気持ちでアメリカ入国を望んでおり、運気が変わりつつあることを期待している。ある移民は「ベネズエラ人の雪崩」が米墨国境に迫っていると言う。

Number of migrants at U.S. border could skyrocket with end of Title 42 pandemic

一方でCNNは落ち着いた調子だ。民主党の中で反乱分子とみなされる傾向のあるマンチン氏がバイデン大統領に対策を迫っているが、司法はタイトル42の停止を決定しバイデン大統領も準備を整えているといっている。つまり、アメリカメディアの温度差は極めて高い。


そもそもアメリカ合衆国にはビザなしで入国を希望する人を拒む法的枠組みがないようだ。世界中から安住の地を求めてやってくる人たちを保護するという国の成り立ちがあるからだ。このため入国希望者たちは誰もが審査されることになる。この時に「母国で安定が得られない」という人たちには保護を与えなければならないことになっている。

一方で、アメリカ合衆国は国内に安い食料やエネルギーを供給するために中南米の国に政治介入してきた。中南米の国には格差が広がり政治的に不安定な状況が生まれる。政治的に不安定な状況が生まれると「もうこの国では暮らしてゆけない」という人たちが保護を求めて北上することになる。

専制主義・権威主義との戦いを標榜するアメリカ合衆国だが近年の移民の送り出し国は専制主義の国ではない。ヨーロッパでもアメリカでも送り出し国になっているのは破綻した民主主義国家である。つまり欧米が民主主義を他国に勧めれば勧めるほど移民の数が増えてしまうのである。

現在移民の送り出し国になっているのは主にベネズエラ、キューバ、ニカラグアなどである。アメリカに敵対的な非民主主義国として名指しされているためこうした国々の人々は難民として認定されやすい傾向にあるようだ。

特に深刻なのはベネズエラだ。経済が破綻状態にあるため危険を承知でダリエン地峡(北べ米大陸と南米大陸の間にある狭い地峡でパナマ南部とコロンビア北部にあたる)を超えてくる。国家は経済破綻状態にありアメリカと敵対している。


そもそも入国希望者を拒む法的枠組みがなかったアメリカ合衆国においてトランプ大統領が持ち出したのが「疫病対策の水際対策」である。タイトル42は1944年公衆衛生法の中にある節の名前なのだそうだ。つまり病気を広げる可能性があるという理由でのべ240万人以上が国外追放処分になっている。

人権団体の中には「目的外使用」に憤り法廷にこの問題を持ち込んだ。そもそもの理由になっていた新型コロナが普通の病気になり始めている。こうしてタイトル42は利用できなくなりそうだ。連邦裁判所はタイトル42の適用を終わらせるように命令した。締切は12月21日だ。共和党議員たちはバイデン大統領に何らかの対策を求めているようだがホワイトハウスは「今後審査が行われるので十分管理できている」と主張しており今後の国境政策の行方は見通せない。

つまり、タイトル42というドアはまた閉まってしまうかもしれない。理由で「今国境を越えろ」という人々が殺到している。インタビューを聞く限り、国境を越えようとする人たちはタイトル42がどんなものかを知っている。そしてそれが執行停止になるということもわかっているようだ。

もともとアメリカの不法移民といえばメキシコ人だった。ところがメキシコからの移民は減りつつあるそうだ。しかし中南米で経済や治安維持が破綻した国々が爆発的に増えており旧来の国境管理の補法整備が追いついていない状況だ。

もちろんバイデン大統領も何もしていないわけではない。メキシコに移民を受け入れるように持ちかけている。メキシコもベネズエラからの移民を受け入れるようである。

ところが、実はこのメキシコの政情も不安定だ。表向きは平穏な状態なのだが多くのジャーナリストや地方自治体の政治家が殺されている。つまり連邦政府の治安維持機能は事実上破綻しており、破綻した状態で何とか運営されているということになる。大統領は権限強化のために選挙制度を改革しようとしている。左派政権お決まりの「強権コース」だが経済がいよいよ不安定化すれば移民受け入れ国から送り出し国に転落するだろう。

メキシコの麻薬戦争の歴史はかなり悲惨だ。もともと地方の実力者たちが麻薬産業を保護してきた。これがいつの間にか地域の実力者の保護に移る。Newsweekの記事によればこうした変化は100年かけてじっくり進行しているため即効性のある解決策がない。2020年にはついに首都のメキシコシティーにも麻薬戦争が及んだなどと書かれている。

母国の経済破綻から逃れてきた人たちがはこうした危険な地域を越えてくる。メキシコはまだマシな方でベネズエラ人の最初の関門はコロンビアからパナマにかけてのダリエン地峡と呼ばれる地域だそうだ。コロンビアの民族解放軍(ELN)は一方的なクリスマス停戦を宣言した。左翼ゲリラ出身の大統領との和平に期待しているようだが、実はまだ内戦状態にあるということがわかる。ユニセフの2021年の記事によると子供が親とはぐれたり劣悪な環境に命を落とすケースもあるようだ。劣悪な環境だけでなく強盗被害に遭う人も多い。

このように民主主義の失敗から逃れてきた人たちが米墨国境の南側でドアが開くのを待っている。ところがアメリカ合衆国にはアメリカ合衆国の事情がありこれ以上難民・経済移民を受け入れたくない。


メディアの中には「トランプ大統領が導入している」と書いているところがあるのだが、実はバイデン政権もそれを利用している。さらに国境沿い以外のアメリカ人は「これはテキサスの問題」と考えてあまり関心を寄せない。テキサス州知事やエルパソ市長の声のトーンが上がってゆくのはそのためだ。

アメリカにとって最も不都合なのはこれが民主主義の失敗によってもたらされたという事実だろう。かつてはキューバのような極めて例外的な事例を処理していればよかった。アメリカと敵対する共産主義の国だ。だが、近年では専制主義・権威主義の国が移民送り出し国になることはない。むしろ民主主義に失敗した国が送り出し国になっている。アメリカやヨーロッパの先進国が議会製民主主義という正解を押し付けても、それが根付かなければ結局は経済破綻を招き多くの経済難民や移民を生み出すだけにおわる。最初は人道目的で引き受けるがそのうち社会が分断され強烈な自国民第一主義や移民排斥主義が起きる。このようなことが繰り返されている。

民主主義の土台は南アメリカ、アラブ・中東など各地で揺らぎつつある。自国政府の十分な保護が得られない人たちが向かう先はユーラーシアとアフリカではヨーロッパになる。チュニジア人が地中海を越えるというのがその事例である。また中南米にはアメリカを目指すキャラバンが広がっている。ペルーの例を見ても分かる通り移民送り出し候補国はじわじわと広がりつつある。

いずれにせよ、テキサス国境の人たちにはそのような大きな構造は見えてこない。また分析してもあまり意味がない。とりあえず目の前の難民たちをどうにかしてくれと叫んでいる。彼らには難しいことはよくわからない。とりあえず目の前の問題を解決したいのだがアメリカ連邦政府は何もしてくれないと彼らは思っているのではないかと思う。

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