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アリゾナ州のキルステン・シネマ上院議員が民主党を離脱

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キルステン・シネマ氏が民主党を離脱した。直ちに上院の民主党支配を脅かすものではないのだがやはりかなり動揺が走っているようだ。アメリカの政局に慣れていないと記事を読むのが非常に難しいのだが頑張って読むとアメリカの二大政党制の置かれている状況がわかる。

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アメリカは民主党と共和党の二大政党制だと言われている。大統領を選出するためには全国組織を作らなければならない。だが国が大きすぎるため新しく政党を立ち上げることはほぼ不可能だ。このため二大政党制はほぼ所与のものとされている。

だが実際には多様な政治文化があり二つの政党が全てをカバーすることは不可能だろう。さらに現在は二大政党制がほぼ拮抗状態にある。拮抗状態に陥ったシステムでは少数者がキャスティングボートを通じて強い影響力を持つようになる。こうしてアメリカの二大政党制は独特の危機を迎えている。

キルステン・シネマ氏はもともと緑の党の所属だった。つまり元々は民主党員ではなかった。今回の離党に関しても「アメリカの政党システムに収まったことはこれまでもなかった」と言っている。自分を高く買ってくれるところを目指す行動パターンがあるようだ。

現在の上院にはバーニーサンダース(バーモント州)とアンガス・キング(メイン州)2名の無所属議員がいるそうだがどちらも民主党と共同歩調をとっている。二人は民主党と党員集会を行なっているそうだがシネマ氏はこれはやらないつもりだという。Politicoによると共和党との共同歩調も取らないそうだ。つまり、どっちつかずの態度を取ることで自分の議席を高く売ろうとしていることになる。

NBCの記事によるとシネマ氏はアリゾナ州で初の女性上院議員であると同時にアメリカ上院で初めてバイセクシャルを公表した女性議員だったそうだ。民主党としては「多様性の象徴」という意味合いがあったのかもしれない。NBCは「レインボーウェーブの戦利品」と表現している。すでにタミー・ボールドウィン議員(ウィスコンシン州)がLGBTQであることを公表していると書かれているため「ボールドウィン氏は女性が好きな女性」ということになる。

シネマ氏はすでに下院議員としてのキャリアがあり単に性的嗜好だけで議員に選ばれたわけではないという点が強調されていた。今回の報道も「無所属になった」ということだけが触れられておりLGBTQ要素についての記述はなかった。

だがおそらくこのLGBTQ要素はシネマ氏を語る上では非常に重要なファクターだ。30年ぶりに民主党が議席を奪還したということになっているのだが必ずしも民主党の政策に賛成しているわけではない。ただし性的多様性や民族的多様性を前面に押し出して支持者たちを維持したい民主党にとっては大きな広告塔になり得る。また必ずしも民主党のやり方に賛同しないアリゾナ州の住民たちにとっても賛成しやすい候補だ。

当選当時のCNNはトランプ大統領が主張する「選挙が盗まれている」という主張がアリゾナ州民により否定されたという論調でこの勝利を伝えていた。長い間共和党支配が続いていたアリゾナ州において久々の民主党勝利であったと持ち上げて見せたのだ。今回の造反劇と合わせるとアリゾナ州で民主党の政策が支持されたわけでも共和党的な主張が離反されたわけでもなかったということになる。だが、CNNはあまりその現実を認めたくなかったのだろう。

シネマ氏を配下に置いておきたい民主党のチャック・シューマー院内総務はシネマ氏の委員会の割り当てを維持する方針だ。これまでも度々政党の決定に従わない不規則な行動が目立っていたため特に大きな驚きはなかったようだ。

民主党には「もう一人のジョー」ことジョー・マンチン氏(ウェストバージニア)という問題児がいる。バイデン大統領の予算案に反対し「マンチンの反乱」などと言われた。

だがマンチンの乱はやはり民主党内におけるマンチン氏の重要性を高める行動だった。シネマ氏がマンチン氏に習って「自分もあのようになりたい」と考えても不思議ではない。完全に離反すれば裏切り者だがどっちつかずの態度を撮り続けている限りどちらからも高く買ってもらえる可能性があるということだ。

民主党にとってもこうした議員を抱えておくことで幅広い有権者を納得させたいと言う狙いがある。無所属のバーニー・サンダーズ候補が大統領選挙の予備選挙で活躍したのはその表れである。

今回の離党についてシネマ氏は「現在の政治はワシントン支配を許しており負けるのは普通のアメリカ人だ」と主張している。つまりワシントン対地元住民という対立構造を作ろうとしている。だが実際にはアメリカの政党政治が均衡状態に陥ると少数派として動くことで利益を獲得したいという「漁夫の利」戦略に旨味が出てくるのも間違いがないところだろう。任期が短い民主党は党大会を勝ち抜いて候補者になる必要があるため造反は容易ではない。だが上院議員はある程度の任期があるため自由度が高いという事情もありそうだ。

ただし議員本人が「漁夫の利を得たい」と考えてもそれがアリゾナ州の住民に受け入れられるとは限らない。

アリゾナ州の住民も民主党の政策全体には必ずしも好意的ではない。移民防衛の最前線にいるという被害者意識があるようだ。地理的・政治状況的には極めて興味深いポジションにいる。

アリゾナ州はもともと共和党の強い地域だったようだが、生活のしやすさから多くの人を惹きつけている。またヒスパニック系も多く「多様性」にも人気があるが旧来からの住民は主役の座から転落しかけていると感じるだろう。

最近では「レディトランプ」と呼ばれたFOXニュースキャスター出身のカリ・レイク氏が最後まで残り注目が集まった。都市部では民主党系の知事候補に得票が集まったが地方ではレイク氏に投票した人が多かった。

ポリティコは今回の離反で、国境管理に関して共和党との協力関係が構築される可能性があると期待を寄せている。シネマ氏は民主党で委員としての席を確保するのと同時に自分に都合の悪い政策には合意しなくても済むという自由度を手に入れたことになる。国境政策で民主党に拘束されることもなくなったため支持者が最大になるように政策を組み合わせることができるようになる。

ただし、こうした政策をとることができるのはアリゾナ州でも上院でも「民主党と共和党の支持が拮抗しているから」である。当然多くの議員たちが漁夫の利を求めて自由気ままに行動するようなことになればアメリカ合衆国の二大政党制システムは崩壊してしまうだろう。一人ひとりの最適化戦略が全体を混乱させかねない状態になっている。

いずれにせよ民主党執行部も自分達に従ってくれる議員の方が望ましいと考えるはずだ。このため民主党では2024年の上院議員選挙で対抗馬を立てる計画がある。ルーベン・ガレコ氏が対立候補になるのではないかと言われているようである。長期的にみてシネマ氏の戦略が最適なものだったのかと言うことは今の時点ではわからない。

参考資料

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