臨時国会が閉幕し岸田総理は予算・防衛、安定財源の確保の三本柱が重要だと今後の課題を総括した。ところが党内は防衛増税議論で揺れており怒号が飛び交う事態になっている。安倍元総理がなくなり自民党の中から何かが失われたようである。今回のエントリーでは岸田総理の狙いを確認し、併せて安倍晋三氏が亡くなって自民党から何が失われたのかについて考えてゆく。
岸田総理が狙う保守派と財政健全派の再統合
まず岸田総理の狙いを見てゆく。時事通信が総括会見を抜き書きしているが、総理の発言は明確でこれを読み解くのは難しくない。
自民党は長い間「積極的財政出動で国内を成長軌道に乗せることができれば結果的に財政出動は正当化される」という流れと「国家運営に責任を持つ立場からは財政についても厳しい目を向ける必要がある」という大きな流れがあった。大蔵省出身者で固めた「吉田学校」の吉田総理は責任与党派と言って良いだろう。小泉政権以前の自民党ではこちらが保守本流と呼ばれていた。
このアプローチは極めて真っ当である。何かやりたいことがあるならばやっても構わない。ただし財源はきちんと議論するべきだという立場である。やりたいことがあるならばその裏付けをきちんと取るべきだということになる。
好きなことをやりたいならきちんと勉強して成績を上げなければならないということだから優秀な学生のアプローチと言っていい。
ところがこれが成り立たなくなっている。安倍元総理が自民党にある画期的な考え方をもたらしたからである。
安倍晋三氏が自民党に持ち込んだものとは
一度政権運営に失敗した安倍元総理はおそらく「まともな政権運営をしていては自民党はまとめられない」ことを学んだのだろう。おそらく自身の過去の経験からも導き出されたのは「やりたいことがあるなら成績が上がっているように見せればなんとかなる」という手法だった。実際に成績が上がっているかどうかではなく、有権者も実は「成績が上がっている感」にしか興味がないと見抜いたのだろう。結果的に長期政権になった。
安倍晋三氏は「勉強しなくていい理由」や「努力をしなくていい理由」を提供していた。どっちみち頑張っても成績は上がらないと考えているわけだからこれは優秀でない学生のアプローチだが国民世論の期待には近かった。国民の平均的知性に寄り添ったアプローチと言って良い。
安倍政権は長期政権だった。このため、この考え方は自民党内ではすっかり定着している。
自民党+怒号で検索するとTBSと東京新聞の記事が出てくる。
TBSの報道を見ると怒号が飛び交っていたのは「自民党の会合」だ。だが、東京新聞は政調全体会議と書いている。これで検索すると共同通信の記事が見つかった。いずれにせよ出てくる人たちの顔ぶれは、萩生田政調会長、西田昌司氏、柴山昌彦氏、稲田朋美氏といったように「安倍派」の面々である。東京新聞には谷川とむ氏の名前も見られるがこの人も安倍派だ。閣内からは西村康稔経済産業大臣の名前が出ている。
FNNの記事には青山繁晴氏の名前がある。この方は無派閥でネット世論の支持を受けている人である。さらに一時は安倍元総理の後継者として名前の上がっていた高市早苗氏も「岸田総理は何を考えているのかわからない」と言っている。共同通信が「高市氏「真意理解できず」 首相の増税方針を批判」という記事を起こしている。
なぜ岸田総理のアプローチは裏目に出続けるのか
安倍元総理が亡くなってから岸田総理の支持率が下がってきたと分析する人は多い。だがおそらく実際は「安倍派の人たちに真っ当な政治手法を教え込もうとした」ことが失敗の要因になっている。真っ当な政治手法とは「国民に対してきちんと説明をする」ことと「何かやりたいのであればそのための対価をきちんと支払う」ことである。
優秀な学生が「テストでいい点数を取るのは簡単だよ、勉強すればいいんだよ」と言っているようなものである。遊手な学生はそうだそうだと思うだろうが、そうでない人たち反発する、惨めな気持ちになってしまうからだ。
だが、数としては最大派閥に膨れ上がっているのだから無視はできない。人事で排除すれば造反が起きるため内閣にも一定数取り込んでおかなければならない。こうした困った状況になっている。
さらに追い打ちをかけるように実は「優秀だ」と思われていた人たちも事務所運営に苦労をしていたり人格的に問題があり「裏の顔」が極めて不遜だった。つまり成績がいい人たちにもなんらかの問題があったわけだ。
このように岸田総理が真面目に真っ当な政治を目指そうとすればするほど自民党の中にあった問題が掘り起こされ支持率が下がるというかなり悲惨な状況が生まれつつある。
政府側の議論も「どうやったら負担を小さく見せることができるか」に終始
このままでは怒号が飛び交うだけで建設的な提案は出てきそうにない。だが岸田総理が3本柱として財政健全化を打ち出した背景にはかなりの危機感もあるのだろう。今やっておかなければ将来に禍根を残すと考えているのかもしれない。
つまりこれ以上の恒久的国債発行はできないということだ。だが政府案も国民を正面から説得することはできておらず「所得税に混ぜ込めば納税者は気がつかないのではないか」という提案になっている。国民もまた「嫌なことは考えなくていい」という政治文化に慣れきってしまったようである。優秀な学生がそうでない学生に提案を飲ませるために「うまく隠せば気がつかないのでは?」などと考え始めているのだ。
共同通信は政府案を報道している。とりあえず10年の時限立法として復興税方式で所属税を2.1%上げようとしている。復興税には所得税と法人税があった。法人税は1年前倒しで廃止されたが所得税は25年の時限立法だそうだ。とりあえず時限法として混ぜ込んで後から恒久化すればなんとか飲んでもらえるのではないかと考えているようだ。
このまずい状況を政局的に利用したい人も
政権の支持率はそれほど高くない。だがその背景にあるのは「何かパッとしない」程度の期待の低さである。だが自民党の中はそうではない、時事通信によると「まずい状況になっている。党政調の理解を得られないと、全部吹き飛んでしまう」という状態に陥っているそうである。
さらにTBSはこれを政局利用したい人たちもいるようだ。TBSの政治部の官邸キャップである室井記者は「出来なかったら責任問題だ。総理を引きずりおろすしかない」という与党幹部の声を伝えている。
できなかったらの主語は明らかではない。つまり防衛費増額ができなかったらなのか、増税ができなかったらなのか、党内をまとめられなかったらなのかがわからないのだ。だが、とにかく「総理を引きずりおろす」という結論だけは決まっている。自民党にとって最も危険なのは「実はずっと以前から何もできない政党になっていた」という事実が公知のものになることなのだろう。