杉田水脈氏が国会で謝罪した。ただ謝罪というよりは「作文朗読」であり全く反省していないのだろうなと感じる。これについて書いたところQuoraで良心の自由について言及したコメントをもらった。なるほどこういう違和感を感じる人もいるのだなと思った。この文章では日本人と内心について考える。
杉田総務政務官が本当に発言を謝罪したとは思わないし岸田政権が本気でこの問題に取り組んでいるとは思えない。だが、少なくとも公式文書の上ではこの一連の発言は「誤り」ということになり、今後もその事実は残り続ける。ある意味、単に公衆の面前で恥をかかされた罰ゲームのような儀式だった。
杉田さんは依然地方行政とやりとりをする立場だ。おそらく将来的に問題発言があればまた炎上するはずである。総務政務官就任時に万能感に満ちたTweetをしている。この「中央は上」という意識が災いして民主党政権下の松本龍復興担当大臣が9日で辞任した事例がある。知恵を出さない奴は助けないと恫喝とも取れる発言をしたことで当時の自民党が問題視したのである。杉田総務政務官には今後も厳しい目が向けられるだろう。
ただこれとは別に「良心の自由」というものがありそれを上司が曲げさせて良いのか?という点について言及したコメントをQuoraでもらった。一応「事情の説明くらいなら問題にならない」という判例を引き合いに出しているのだが、おそらく「上役(総務大臣)の指示で良心を曲げさせるという行為が適当だったのか議論くらいしてもいいのではないか」という含みがあるのだと感じた。
これについて考える上で「そもそも杉田さんの信条がどこにあったのか」を特定することは極めて重要だ。彼女に信条がありそれを曲げたのであれば「良心の自由を曲げさせた」という可能性が出てくる。これを無理やり松本総務大臣が曲げさせたのであればそれは憲法の精神には抵触するかもしれない。
だが福島瑞穂さんとのやりとりを聞いていると杉田さんに何か中核になる考えがあったとは思えない。むしろその時の所属政党や支援者たちが喜びそうなことを言っていると考えた方が説明がしやすい。このため答弁がしどろもどろになってゆき「発言を整理する」と総括していた。だがおそらくそれは不可能だろう。政党を渡り歩いておりその都度状況が変わっているからである。
ただこれについて考えるうちにふと別の問題に行き当たった。それが新興宗教と洗脳(マインドコントロール)の問題である。洗脳には「その人に元々何らかの信条があった」という前提が必要だ。なんらかの信条があるからそれを無理やり変えることが問題になる。
だが実際の統一教会の「洗脳」を見ていると「何らかの嫌な事実(家族の病気や死)」があり「その説明」を探しているだけという人も多い。新興宗教はこうした「説明」を提供し続けてくれる。その代償として洗脳された人は先祖代々の土地や資産を教団に明け渡してしまうのである。つまり人は心理的な防衛手段として都合がいい外からの説明に頼る場合があるのだ。
杉田さんの場合もその都度洗脳されているわけではなく、その時々にもっとも周りが喜びそうな発言をしているだけである。彼女の内心はこの「機会主義」にあり発言そのものに着目してもあまり意味はない。
NHKの日曜討論では「洗脳とは何か」についての議論が起こっていた。野党側はフランスの例を引き合いに「自由な意志の脆弱である場合それが保護されなければならない」という筋立てで法案を整備しようとしている。ところが自民党と公明党はそれに反対している。
NHKの日曜討論は司会者が自動的に発言を捌いてゆく。つまりこうした論点が整理され視聴者に提示されることはない。
公明党は創価学会という支持母体に配慮しているという事情があるのだがそもそも日本の新興宗教は個人の判断力や自由意志が脆弱であるという点を利用しているという側面がある。創価学会は農村から都市に出てきた人たちに「信徒集団」という心の拠り所を与えたことがその起源になっている。
日本国憲法は「日本人が何らかの信条を持っている」ことが前提になっている。ところが個別のケースを見ていると必ずしもそういうケースばかりではなさそうだ。
かつて「有権者は寝ていてくれればいい」との発言が飛び出したことからもわかるように自民党や公明党は「個人の判断能力が脆弱な方が働きかけやすい」という前提をおいている。個人の自由意志がどんなに脆弱だろうがそれは憲法で保障している自由意志だという前提になっていて、その人が自分の財産をどう処分しようがそれは自由なのだと説明していた。
対する立憲民主党側は「個人にはそれなりの判断能力があるべき」だがそれが脆弱な人がいるから保護されなければならないと考えているようだ。
ある種イデオロギー対立なので短期間のうちに溝が埋まることはないだろう。NHKによると12月10日までの期間に成立を目指すとしているが溝は埋まらないはずだ。
この問題をこの簡単な文章で解決できるなどとは全く思わないのだが、少なくとも憲法学者だけでなく社会学者や心理学者などが入って継続的な議論をしなければ問題の解決には至らないだろう。
杉田さんの問題に戻る。杉田さんの謝罪が全く響かないのは、おそらく謝罪やその後の福島瑞穂さんとのやりとりから「彼女が本当に何を信じているのか」が全く見えてこないからだろう。単にその場その場で周りが喜びそうなことを言っているだけである。脆弱どころか「内心を持たない」と決めることで今のポジションを得ているということになる。岸田総理は「内閣にいる限りは内閣の方針に従っていただく」と言っている。聞く力を発揮しなかなか決められない岸田総理にはふさわしい問題解決の仕方といえる。