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おそらくマスコミがあまり触れられないブリュッセルのサッカー暴動のわりと複雑な背景

ブリュッセルでサッカーの試合をきっかけにした暴動があったと伝えられている。日本のマスコミは「逮捕者が出た」ということを伝えているだけなのだが「ベルギーとモロッコの試合だった」と聞いて複雑な背景があるのだろうなと感じた。ヨーロッパ系の報道も拾って読んでみたのだがかなり抑制的な伝わり方になっている。

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この問題の取り扱いが難しいのには理由がある。おそらくはイスラム系住民とヨーロッパ系住民の対立が背景になっているからである。これを表立って指摘すると問題になりかねない。

  • イスラム系の住民は過激で危ない

という単純な印象につながりかねないからだ。だが、実際にはモロッコチームのファンはむしろ喧嘩を売られた側である。彼らは喜んでいただけで他の人たちを刺激するつもりはなかったはずだ。

ドイツのDWやフランスのFrance24の記事を読むとそれがよくわかる。

両方ともモロッコが大変に盛り上がっているということを指摘している。所謂「番狂わせ」の類でありヨーロッパのチームに勝ったことが喜ばしかったのだろう。今回のワールドカップではジャイアントキリングという言葉がよく聞かれるがこの喜びはヨーロッパに住んでいるイスラム系同胞たちの間にも大きく広がったようだ。

また、両方ともフィリップ・クローズ市長のコメントを伝えている。主体が三つある。
“Those are not fans, they are rioters. Moroccan fans are there to celebrate,” Close said.

  • これらはファンではない。
  • 彼らは暴徒だ。
  • モロッコのファンは祝うためにいる。

三つの文章は接続されていない。つまり因果関係が明らかになっていない。おそらくはモロッコのファンたちが喜んでいるのが面白くない人たちがいて争いが生まれた。それを攻撃するために集まってきた人たちもいたのだろう。さらに両方のチームのファン集団から生まれた人たち(those)はもはやファンではない。またファンでない人たちと「もともと祝うためにいた」モロッコチームのファンを暴徒とは別の存在として特定して区別しようともしている。

市長のTweetを読むと毅然とした対応をとるからこの地区には近づかないようにと警告している。

だが一方で「彼ら」がどういう人たちだったのかは語られない。容易にヘイト犯罪に格上げされてしまうからである。実は可燃性が極めて高い話題だったのだ。

このためヨーロッパのメディアの報道も極めて抑制的だった。フランス24の報道は次のように短く伝えている。

  • Morocco’s victory was a major upset at the World Cup and was enthusiastically celebrated by fans with Moroccan immigrant roots in many Belgian and Dutch cities.
  • モロッコの勝利はモロッコ系住民によってベルギーやオランダの諸都市で熱心に祝われておりワールドカップの大きなUPSETだった。

UPSETの元々の感覚は「胃液が逆流する」ことを意味している。胃酸逆流はstomach upsetでそのまま通じる。つまり「ヨーロッパのファンはモロッコ系移民が大喜びしてムカついている」ということになる。ヨーロッパ系の住民が移民に対して複雑な感情を抱いていることがわかる。ベルギーだけでなくオランダの諸都市にも広がっていることからベルギー特有の問題ということもなさそうだ。

クローズ市長がブリュッセル警察のツイートをリツイートしている。Boulevard du Midi (南大通り)が規制されていたようだ。暴動が起こった場所はブリュッセル南駅から北に伸びた通りだ。ブリュッセルには主要な駅が二つある。有名な観光地「グランプラス」に近い中央駅と長距離列車が発着する南駅である。各地から集まってきた移民たちは長距離列車が集まる場所に集まってくる。おそらくイスラム系も多い地域なのである。

とここまで書くと「イスラム系住民とヨーロッパ系」の争いに帰着させたくなる。つまりベルギー人とイスラム系移民の問題である。

ところがベルギーはもともとフランス系とオランダ系が暮らす多民族連邦国家だ。市長のツイートもオランダ語とフランス語で発信されている。だが、このほかにコンゴ系の人たちも暮らしている。代表選手の中にもコンゴ民主共和国(旧ベルギー領コンゴ)との二重国籍の人がいるようだ。

さらにこれに加えてモロッコ系ベルギー人という人たちも住んでいる。ベルギーメディアがフランス語で書いている記事を見つけた。ベルギーかモロッコの間で「自分の心に従う」のは必ずしも容易(toujours simple = いつもかんたん)ではないというタイトルになっている。代表選手の中にはモロッコで戦うかベルギーで戦うかを選ばなけれなならない人がいて中にはベルギーを選択した人がいる。国籍は二重国籍にできるがFIFAのルールでは国家代表は一つに決めなければならないようである。自動翻訳で読む限り「さまざまな葛藤がありその選択は容易ではなかった」と読める内容になっていた。

このような複雑な背景を一つひとつ紐解いてゆけばこの問題は必ずしも難しい問題ではない。ヨーロッパにおいてサッカーは単なるスポーツではなく人々の暮らしに深く浸透している。だから時折こうした問題を引き起こすのだ。

だが、ワイドショーは忙しすぎてこうした問題をいちいち解説する時間は取れない。すぐにわかる項目だけを伝えると「番狂わせの結果ベルギーで暴動が起きた」ということになる。おそらく多くの視聴者は「渋谷のスクランブル交差点の騒ぎと比べるとなんと物騒なことか」という印象を持ちそれ以上の関心は寄せないだろう。

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