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イスタンブールの繁華街でテロ、トルコ政府はクルド人武装組織の犯行と断定

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イスタンブールの新市街(ヨーロッパ側)にイスティクラル通りという通りある。ノスタルジックトラムと呼ばれる旧型のチンチン電車が走っておりブランド物の店が並ぶという観光名所だ。日曜日の昼下がりも観光客で賑わっていたそうだ。この平和な光景が一転して「戦場」になった。自爆テロが起きたのだ。トルコ政府はクルド人武装組織の犯行だと見ているようである。

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平和な日曜日の繁華街で一人の女性がベンチに40分以上座っていた。爆発の1〜2分前に起き上がりバックやビニール袋を置き去って去っていったという。爆発はその後で起きた。時刻は現地時間の16時20分だった。当初は女性の名前はわかっておらず、したがってその背景もわからない。犯行声明を出した団体もない。これが最初の状況だった。

エルドアン大統領は「テロと断定するのはまだ早い」としているが責任者を特定して処罰すると言っている。その後で「実はあれはクルド人組織の仕業だった」という声明が出された。なぜか捜査は速やかに進展した。爆破を実行したのはクルド人の武装組織「人民防衛隊(YPG)」という組織だそうだ。当初は自爆テロという情報だったように思うのだがロイターは「爆発物を置いた人物を含む22人の容疑者を逮捕したと明らかにした」と書いている。つまり爆発物を置いた人物も逮捕されており、その背景にいる組織も一網打尽になっている。

BBCは47名が逮捕されたと書いている。内務大臣の話としてKurdistan Workers’ Party (PKK) が非難されているがPKKは関与を否定している。日本の公安調査庁の情報によるとPKKのシリアにおける軍事組織がYPGということになっている。逮捕された容疑者Ahlam Albashirはシリア国籍なのだそうだ。

仮にこれが本当だとすればトルコ警察の捜査能力は大したものである。トルコとしてはシリアにいる武装組織がトルコの治安撹乱を狙っていると考えているということが言えそうだ。

被害は甚大だった。最初の報道では6名が亡くなり81名が負傷しているとされていた。亡くなった6名の中には政府の家族・社会サービス省の職員とその娘が含まれている。彼らを狙ったものなのか偶然巻き込まれたのかはわかっていない。42名が入院していて5人は集中治療室にいる。当時の情報を時事通信で読むと「現地メディアが自爆テロの可能性を指摘している」と書かれている。

ただ発表は全て当局側から出されており犯行声明は出ていない。

中東という印象のあるトルコだがイスラム教国によくみられるヒジャブなどはみられず街並みはヨーロッパに近い。最近の治安は安定していてこのようなテロは起きていなかった。

世界は外交ウィークに入っている。エルドアン大統領は直前にチュルク系諸国の首脳会談に出席しロシア不在の中で存在感をアピールしていた。大統領はG20の出席をキャンセルしない見込みだ。つまり、クーデターなどの懸念は持っていないものと思われる。

CNNによるとフランスのマクロン大統領、NATOのストルテンベルグ事務総長は早速コメントを発表しトルコを支援する姿勢を明確にした。アメリカもジャン=ピエール報道官が暴力行為を非難する声明を出した。またゼレンスキー大統領も深い悲しみを表明している。

西側はこれをテロと見做しエルドアン政権への支援を表明している。だが、その評価に関しては慎重になる必要があるのかもしれない。エルドアン大統領は自分の権力基盤を強固にするために「テロ」を利用したことがあるからだ。

2016年にはイスティクラル通りに面するサッカースタジアムでテロが起きた。この時に犯行声明を出したのはクルディスタン自由の鷹(TAK)と呼ばれるクルド系の組織だったという。この素s機は都市部で度々テロを実行している。また2015年にはISもテロを実行しておりトルコの治安組織はテロ対策に頭を悩ませていた。クルド人組織PKKとトルコ政府の間の停戦交渉が破棄されておりトルコ政府はISに対して空爆をおこなっていた。

結果的にはこの時の危機はエルドアン氏の政権基盤を強固にするのに役立った。

2016年7月15日にはエルドアン大統領に対するクーデターがあったとされている。この時に首謀者と見做されたのが穏健派イスラム主義のギュレン運動だ。指導者のギュレン師はアメリカに亡命し、一時アメリカとトルコの関係は険悪なものとなった。ギュレン運動は「リベラルな社会改革運動」だった。イスラム教国らしくイスラム教の体裁をとっているのが特徴だ。

ギュレン運動はエルドアン政権の体制強化に利用された可能性がある。この時には大規模な粛清がありエルドアン体制が強化された。もともとギュレン運動とエルドアン支持者は協力しあっていたそうだが共通の社会改革という目標を達成してから不仲になった。エルドアン大統領が権力基盤の強化を目指す一方でギュレン運動はこうした権力闘争からは一定の距離を置いていたからだった。

当時のロイターの記事を読むと「10万人以上が解雇や停職処分を受け、3万7000人が逮捕された」と書かれている。こうして自分に忠誠を尽くす公務員だけを残しメディアも統制した。160以上のメディアが閉鎖になったそうだ。2017年になると9000人の警官が定食になったそうだが、軍関係者による昨年7月15日のクーデター未遂後、兵士、警官、教師、公務員など4万人が逮捕され、12万人が解雇ないしは停職処分を受けたと書かれており解雇された職員の数は増えている。こうしてエルドアン大統領は自分にノーを突きつける人たちを政府から排除していったのだった。

エルドアン大統領はこのようにして権力基盤を強化したのだが、経済対策には行き詰まりつつある。もはやエルドアン大統領に逆らう人はいないため経済学的には間違った政策でも実行されてしまう。これがエルドアン経済学と揶揄されるようになった。もともと10%程と高かったインフレ率は20%を超えたところで制御できなくなった。2021年12月に「エルドアン経済学」が導入されてからスカイロケットになり現在のインフレ率は前年比80%になっている。

国民の不安が高まっているのではないかと思えるのだが実は支持率が急回復している。2023年予算案は前年比70%というバラマキになっている。光熱費を補助し賃上げの原資として企業にも補助を出すそうだ。

皮肉なことにこうした大盤振る舞いはトルコの財政基盤に対する懸念を生じさせる。するとリラ安が起こり庶民の生活をさらに圧迫する。だが、庶民はこうした積極財政を好感し与党への支持は急回復しているという。

日経新聞は「こうした積極財政政策は長く続けられないので与党の人気が高い間に選挙を前倒しするのではないか」と予想している。おそらくさまざまな形で高い請求書がその後にトルコ市民に突きつけられることになるだろう。

政権が国民から支援されるためには「エルドアン政権はテロを抑えてくれている」というイメージを植え付ける必要がある。一方でテロは国内の引き締めにも役に立つ。エルドアン大統領のような強い指導者でなければこの国はまとまらないというイメージが作れるからである。

その意味では今後どのようなメッセージがトルコ政府から伝わってくるかが重要なのだろう。

テロは絶対あってはならないことでありクルド人武装勢力の暴挙は許し難いと言いたいところなのだが、なかなか一筋縄では行かない難しさがある。

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