増税をした後に生活困窮で大勢の人が苦しんでいるという新聞報道を見て「ああ俺の名前が載っているなあ」としか感じない鈍感な総理大臣がいたら皆どう思うだろうか。今回の葉梨法務大臣の辞任劇はそんな感覚の鈍い大臣が更迭されたという話だった。そんな鈍感さのために外交スケジュールがかなり犠牲になったようだ。
葉梨前法務大臣は東大法学部卒の警察官僚だ。茨城で政治家をしている葉梨家に婿に入り地盤を引き継いだ。めでたく法務大臣に就任したが「お金も儲からないし地味な仕事ですよ」という自虐ネタを話の枕にしてそれなりに場を和ませていたらしい。これがメディアに漏れて大騒ぎになった。
AERAは気位が高いので前面に出なくて済む法務大臣にしたなどと説明している。ところが統一教会問題に「抱きつかれた」ため表舞台に登場し気位の高さが裏目に出たようだ。
当初は発言を撤回するつもりはなかったようだが岸田総理の逆鱗に触れる。官房副長官から何かを耳打ちされて真っ青になり発言を撤回した。木原官房副長官は野党にも陳謝しており「とりあえず撤回してもらわないと場が収まらない」ということになっていったのだろう。NHKが詳細を伝えている。葉梨さんは何が悪いかよくわからなかったようだがとにかく「なんかまずい」という認識だったようだ。
統一教会問題の調整を茂木幹事長が直接野党交渉を担う形になっており高木国対が機能していないという話もある。高木国対は財務大臣の出張スケジュールを把握しておらず会期冒頭に空白の一週間を生じさせた。これが岸田総理の選択肢を縛っている。野党の追求を恐れて国会の開催期間をタイトにしていることや外交日程との調整ができないことなどもあり法務大臣を辞めさせて最初から議論を仕切り直すだけの日程的余裕がないとされていた。
しかし、葉梨さんのメディア対応がまずく与党応援団の読売新聞からも見放されたこともあり火はどんどん燃え広がってゆく。最終的には葉梨さんを切るしかないということになったようだ。ただし外交日程がかなり犠牲になった。今回の外交は日米首脳会談、韓国と中国との正式な会談の模索(現在進行形で調整が続いている)、中国進出を念頭に置いて東南アジアでのプレゼンスの獲得などアジェンダは目白押しだ。全て日本の安全保障に関わってくる重大なテーマである。出発が半日遅れたこともありスケジュールはかなり影響を受けそうだ。
今回は米中の初の対面首脳会談などが予定されている。つまり国際政治がかなり大きく動く可能性がある。遅れて出かけていってスケジュールを譲ってもらえるほど甘い現場ではなさそうだが、とにかく埋もれないように会議設定をやらなければならない。
死刑囚にも人生がある。死刑執行は国家の意志でこの人の人生を奪うということである。葉梨三箱の重大さを理解できなかったようだ。
何だかよくわからないが人々は機嫌を損ねたようだと言っている。さらにこの問題で野党が騒げば国会審議に影響をするから自分が身を引くことで国会運営を助けられるとの認識をメディアに「神妙な顔で」話している。
ただし、これは死刑囚のような極端な人だけの話ではない。国会で法律を作ったり税金の集め方を変えるということは全ての人の人生に関わる話である。
今回の問題には二つのレイヤーがある。一つは葉梨さんのような想像力のない政治家が重要ポストについていて大勢の人の命を握っているという問題だ。そしてそれを任命しているのは岸田総理なのだからおそらく岸田総理にも想像力はないのだろうなということになる。もう一つの問題の足元はいつもなぜかごたついており岸田さんには落ち着いて物事を考える余裕はないだろうという問題である。
岸田総理は多くの案件を抱えている。財務省は増税を提案し厚生労働省は保険料の増額を要求する。防衛費の増額を要求する人もいれば来る統一地方選挙のために(2023年4月の実施が決まった)経済対策を求める人たちもいる。
松野官房長官は今回も形にこだわった。表向きは反省した葉梨さんが辞表を岸田さんに出したことになっており、メディアに「辞表を出したと聞いている」と説明した。ところがワイドショーでは「岸田さんの逆鱗に触れて実質的には更迭でした」などと語られる。説明のための説明がその場の記者会見の席で成立すれば、松野官房長官としては「仕事をした」ということになってしまうのだ。国民の腹に落ちそうな説明が松野さんから聞かれることはなさそうだ。
岸田総理をサポートする人はおらず全ての問題が炎上してから岸田さんのもとにやってくる。あまり考える時間もないままで全てに生煮えの決済をしまたそれが新たな問題を引き起こすことになる。
このままでは大規模な経済対策を決めたものの未執行が積み上がるというようなことが続きそうだ。さらにその後には増税と保険料の増額が待っている。2024年ごろに新聞は騒ぎ出し見出しに岸田総理(あるいは別の総理)の名前が躍ることなる。岸田さんはあるいはそれを呆然と眺め「ああ俺の名前がこんなに載っているなあ」と思うことになるのかもしれない。
ただそんな岸田政権にとっても他人事にできない問題がある。それは地方選挙だ。国民の暮らしは単なる「新聞の見出し」に過ぎないのだが、議員の当選はまさに自分ごとなのだということになる。特例法が制定され2022年4月9日と23日に1000程度の選挙が行われることが決まったそうだ。