岸田政権になって規模ありきの経済対策議論が打ち出される一方で財務省から増税ありきの議論が聞かれるようになった。すでに防衛費議論、消費税増税議論などが出ているが、今度は自動車走行距離税というアイディアが出てきたようだ。論点を短く追跡した。参考文献は最後に掲示する。
結論から言うと政府はこれを増税議論とは見ていないだろう。だが一人ひとりのカーユーザーにとっては負担が増えるだろう。なぜならば「全体の母数」が減るからだ。つまりこれは少子化と同じ議論なのである。
EVが普及していないから全ての自動車ユーザーに負担させるという「連帯責任」的議論
まずは政府側の議論から見てゆこう。財務省の鈴木財務大臣は二つの根拠をあげて議論を正当化している。
- EVにはガソリン税のような燃料に関する課税がない
- EVは車体が重いため道路の維持補修の費用が増大する
日経新聞も記事の前文で「ガソリン税の減収が続いているので新しい財源が必要」と説明している。つまり、財務省から見るとこれは増税ではなく減収を補うための議論である。問題の根幹はここにある。
財務省が古い税を放置し新しい税を追加することで自動車を保有しようという意欲が削がれて車離れが起きる。そこで財務省は新しい税金を導入し対応しようとする。つまり消費意欲を減退させ減収につながるスパイラルができている。
大枠の議論をする前に細かな疑問点を潰してゆこう。三つの問題を挙げた。
第一の論点は補助金まで出してなぜ道路補修が必要な効率の悪い自動車へのシフトを目指すのかという問題とその負担をなぜ全ての自動車オーナーに負わせるのかという問題である。政治的な「環境配慮・グリーン」というメッセージに応える必要がありまた新しい自動車を売りたいという意志があるからだろう。ただしこれは生活必需品として普段の買い物や通勤などに使える車がほしいという一般のニーズとは乖離している。業界と税の専門家の間だけで議論が進んでおり消費者のニーズがリサーチされた形跡はない。
もう一つの議論は、道路の整備水準が向上しておりすでに特定財源から一般財源に移されているのに「ガソリン税」を補う財源が求められるのかという問題である。既得権になった税は温存され政治裁量を増やすために「一般財源化」される。この延長に「予備費」がある。予備費は議会の審議なしに内閣が自由に使えるお金で、近年増加傾向にある。結局使い残したというものもあるようだ。
第三の問題は現在の自動車にかけられている「二重課税や悪法としか言いようがない旧車への重税」などを見直すことなく新しい財源に関する議論を始めるのかという問題だ。これも既得権かしているため容易に手放すことができない。
この「パズル」を高学歴の官僚たちに扱わせると「だったら負担してくれる人にもっと頑張って貰えばいい」ということになる。おそらく彼らはいいアイディアを見つけたと考えているはずだ。
消費者不在の議論は税の減収と社会の縮小を招く
では、普通の人々の感覚でこの問題を見るとどうなるのか。
ベストカーによるとBEVの累計販売台数は445万台中2万台だったそうだ。仮にEVが道路の負担になるのであればEVに税金をかければいいはずだがおそらくそんなことをすればEVは売れなくなってしまうだろう。ただでさえ普及していないのだからこれはできそうにない。
では既存の自動車ユーザーに負担の余力はあるだろうか。ベストカーはこれにも否定的だ。「重税感のためにすでに車が売れなくなっている」と指摘している。1990年代には777万台だった新車の販売台数は2021年には445万台まで下がっているそうだ。
ガソリン税が減収しているのはおそらくエコカーが普及しているからではなく車が持ちにくくなっているからだ。所得が上がらず将来不安を抱える人も多いのだから車を持つ余裕がなくなる人が増えるのは自明だとも思えるがこれについて検討した形跡はない。
財務省は全体を見ており将来の減収を憂慮している。さらに都合の悪いデータは見ないで「チェリーピッキング」をしている。ところが一般消費者は「自分が車を持った時の負担」を考えて合理的な判断をする。これがずれているのがおそらく議論が錯綜する原因だろう。
「常識的な誰か」が全体のバランスをとってくれればよいのだがそうはなりそうにない。日本政府にも与党にもリーダーと呼べる人はいないからだ。
宮沢洋一自民党税調会長はエコカー減税については2023年から見直すと明言している。ハイブリット車に対しての減税幅を縮めるそうだ。政府与党の税の専門家はテクニカルな議論に溺れておりとにかく「押せるボタンは全て押して」市場を誘導したい。ところが消費者は「自分の負担が増える」と予測するため自動車を持つことをやめようと考えるようになる。なかには「使うときだけシェアできればいい」と考える人もいるだろう。都市のようにサービスが発達している地域ではこれも選択肢の一つかもしれない。
議論が噛み合わないのは「ミクロ」と「マクロ」の思惑が合致しないからであるが、それを誰も調整しないため、社会が縮小するのである。
被害を受けるのは「社会の弱い部分」
最終的に被害を受けるのはおそらく「社会の弱い部分」だろう。それは終身雇用・年功賃金のもとで給与を低く抑えられている「子供を持つか持たないかを迷っている世代」と公共交通機関が十分に発達していないため「住み続けるか動けるうちに他所に逃げ出すか」という課題を抱えた地方である。おそらく財務官僚は国を滅ぼそうという意志があってこのような政策提言をしているわけではないと思うのだが、結果的には国を縮小させる方向に機能しているといえそうだ。政治が合理的に選択してくれないなら部分最適であっても自分が生き残るために行動しなければならない。
自民党が支持母体である大きな企業に対して増税提案ができないということを財務省の官僚たちはよく分かっているのだろう。企業収益は過去最高だったが税収はバブルの75%だったそうだ。
繰り返しになるが、弊害は全国に均一に及ぶわけではない。公共交通が比較的恵まれている都市に比べると地方が疲弊する確率の方が高い。FLASHは「地方民をなめんな」と乱暴な調子でこの新しい税制に反対している。言葉は乱暴だが、偽らざる心境なのだろうなと感じる。
参考文献
日経新聞
その他の媒体
- 「EV補助金」と引き換えに「走行距離課税」導入?財務大臣発言の背景とその問題点
- 「エンジンがないからといって安い課税水準でいいのか疑問」…え…?? 政府税調の考えるEV課税のチグハグさ
- 走れば走るほど加算される自動車「走行距離課税」に地方民が激怒! 物流への影響で「日本経済にトドメ」の指摘も