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梨泰院のハロウィーン圧死事件からわかる日本と韓国の政治に対する期待の違い

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ソウル特別市竜山区梨泰院洞で起きた圧死事件からしばらく経った。日本に近いところで起きた事件なのでかなり多くの報道を日本語で入手できる。当初当局は責任回避に終始し犯人探しが行われていた。ところが世論からの反発が強まると一転して謝罪姿勢を見せるようになる。こうした状況の収拾を期待されているのが大統領だ。大統領は「全員が納得できる」ソリューションを提示するように求められるがそれができないと支持率が落ちる。

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犯人探しが始まるがSNSでは名誉毀損案件も

事故が起きたのは土曜日の夜だった。3年ぶりに行動制限がなく「自由」を満喫したい大勢の若者が集まっていたとされる。特に主催者がいるわけではないため警備は手薄だったと言われている。世界グルメ通りと呼ばれる道から地下鉄駅にかけての短い急坂がボトルネックになり大勢の人が圧死したと言われている。違法建築もあったようだと伝える報道もある。

韓国ではなぜか「誰のせいなのか」という議論が始まっている。SNSに「押せ」と叫ぶ人たちが映っていたおり防犯カメラ映像捜査も始まっているそうだ。「犯人」みつかれば犯人を処罰することで「当局は原因解明に成功した」と主張することができる。だが群集心理によって起こった事件であることから「押せ」と叫んだ人が特定できたとしてもそれが大惨事につながったと証明するのは簡単ではないだろうとも書かれている。

中央日報も「犯人」の特定は難しいだろうと書いている。だが、うさぎ耳のヘアバンドをした男の映像が公開されSNSでは騒ぎになっている。名誉毀損の可能性のある投稿も6件あり名誉毀損の事件化が検討されているようだ。

ではなぜ犯人探しが先行したのか。詳しく状況を見てゆこう。

警察のトップは「自分達には責任はなかった」と発言

AFPは外国人26名を含む154名がなくなったと書いている。日本人2名が含まれる。安全対策が講じられていなかったことから当局への批判が高まっている。韓悳洙(ハン・ドクス)首相は海外向けの記者会見を開き時には英語を交えながら140分間質問に対応した。記者たちの厳しい追求にあい、最終的には制度的な不備があったと認めた。

今回警備が手薄だった理由もわかっている。地元警察によると警察官の数は137名だった。主な目的は薬物の取り締まりだったようだ。つまり警察は「雑踏警備」ではなく「取り締まり」を主目的にした人員投入をしていた。

AFPによると主催者が明確な1000名以上の集会では「安全管理計画」を提出し警察と消防の審査を受けなければならないというのが韓国の決まりだ。つまり警察は「審査をする側」であり批判を受ける側ではない。こうした「お上意識」があり率先した雑踏警備をやろうという考え方に切り替えることができなかったようだ。

ただし警察トップは当初これをみとめてこなかった。

韓国警察庁の洪起鉉警備局長は「現場の警察官たちは、人出が急増したと感じなかった」と説明した。この発言はのちにかなり批判されることになった。

警察は「悪条件が重なった不幸な事件だった」で済ませたいが、これだけの大惨事になってしまったことから「誰かに責任を取らせたい」というような状況になりつつある。犯人が見つからなければ「どの公務員に刑事責任を取らせるべきなのか」ということも議論になってしまう。

大統領は「主催者がいない問題に対しても対処できるシステムが必要だ」と言っているが、渋谷区が警察や雑踏の専門家などと協力しながら対応を検討していたことを考え合わせると「上から色々と言われないと何もできないのか」という気にはなる。おそらく制度の問題というよりマインドセットの問題だろう。その土地のブランドを守ろうという人たちが自発的行動すれば何か違ったことができていたはずだ。

渋谷区は街を魅力的にするために普段から地元の商店街と密にコミュニケーションをとり「一緒に」魅力的な街づくりをしようとしている。だが韓国の事情を見ると行政や警察は「取り締まり」に力点を置き「一緒に魅力的な街づくりを目指そう」という気持ちにはならないようである。

韓悳洙(ハン・ドクス)首相は韓国には軍政の歴史があり当時を思わせるような「群衆制御」には消極的だと説明しているのだが、やはり統治者として「治安維持」に力点を起き住民への安全確保には配慮が足りていなかったことは否定しようがないだろう。

「全ては大統領のせい」と政局化したい野党

野党の聯合ニュースは野党の批判について書いている。野党は「大統領室が青瓦台から竜山に移った」ことから警察の人員が足りなくなったのではないかと追求する構えなのだそうだ。

共に民主党のシンクタンク、民主研究院の南英姫(ナム・ヨンヒ)副院長は「尹錫悦大統領が大統領府を青瓦台から竜山区に移したからである」と政局化を目指している。保守系の朝鮮日報が書いているところから政権への批判目的ではなく「これはひどい」という意味合いで報道している可能性がある。

記事は「パーティーを楽しもうとする国民を守ることができなかった尹錫悦大統領は、全ての責任を負い辞任せよ。李祥敏行政安全部長官、呉世勲市長は辞任せよ。これが国と言えるのか。今回の事故で命を落とした国民の冥福を祈る」とした、と書き、今は削除されているといっている。全ては大統領のせいと主張する野党に呆れているのだ。

中央日報はまた「ソウル市が悪い」「竜山区が悪い」と主張し大統領への批判を軽減しようとしている。

最終的には全てが大統領の肩にのしかかる

イベントを統制する明確な主催者はおらず、警察も地元商店街も行政も責任を取ろうとしない。すると韓国では大統領の裁定に注目が集まる。尹錫悦大統領は朴槿恵大統領がセウォル号事件で支持を失ったことを念頭に素早く行動し一週間の「国家哀悼期間」を宣言した。なくなった方の葬礼支援と応急医療体制を充実させるとの構えである。

韓国の大統領には「共感力」も求められる。野党民主党は「国民の悲しみに共感できない政府は耐え難い」と強い調子で政府を批判したとされる。

痛ましい事故が起きたことで世論が沸騰し、それぞれがそれぞれの主張を展開し始める。大統領はこの混乱を鎮め裁定しなければならない。大統領は政治家というより「期間限定の王様」のような存在だということになるだろう。日本とは政治的リーダーに期待されるものが異なっていることがわかる。

おそらくは裁定に対する強い期待が任期後の様々な政治的スキャンダルにつながってゆくのだろう。強い決裁権がなければ大統領は務まらないが当然ある程度の矛盾とリスクを背負うことになってしまう。

自分には何ができるだろうと考えた人もいるのだが……

もちろん、韓国の人たちが全て無責任に行動しているわけではない。「自分には何ができるだろうか」と考えて実際に行動を起こした人がいる。中央日報はCPR(心臓マッサージ)ができる人が事件報道を見てボランティアに駆けつけたという美談を紹介している。

だがこの記事の最後は20代の数人が「弘大(ホンデ)で飲み直そうか」と語っているのを目撃したという経験で結ばれている。六本木が騒がしいから渋谷か新宿に場所を変えようかというようなことを言っていた人たちがいる。局所的な路地で起きた問題だったために何が起きているのかを把握できなかった人もいるのだろう。

別の中央日報の記事には「友達が亡くなっているのに周りでは楽しげな歌声が聞こえた」などと伝えている。

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