ドル円相場が一時150円を超えて下落した。1990年8月以来32年ぶりの水準なのだそうだ。AFPは円安が止まらないと書いているがしばらくは149円台をうろうろしていた。市場自体は円安方向に向けて加速しているので「何らかの介入が行われているのかもしれない」と感じた。
神田財務官は「原資は無尽蔵だ」と強気の姿勢だ。だが、政府が状況をきちんと監視できているかよくわからない。実際に応戦しているのかはわからないが仮にそうだった場合「円防衛隊」の神田司令官は孤独な戦いを強いられていることになる。
仮に防衛に失敗すると「財務官・日銀総裁の暴走」などと総括されかない。この暴走で最も悲惨なのは「何の成果も上がらない」のに負担だけが増えている可能性があるという点だろう。ただ実態がどうなっているのかが国民に説明されることはなさそうだ。
AFPは円安が止まらないと書いているが、円安は150円を超えてから止まっていた。短期で買い戻しがあったためおそらく大きな資金を持ち損をカバーできる誰かが買い戻したのだろう。普通に考えるとそんな主体は国しかない。
だが、この記事のリリースのタイミングは数時間待つことにした。案の定また「150円ライン」が突破された。戦況はかなり悪いようだ。
鈴木財務大臣はいつもの困った表情で「毅然とした対応を」と繰り返している。表情がよくわからないため彼が状況を把握できているのかはよくわからない。失言がない分だけ麻生財務大臣よりも安心していられるともいえるがやはり不安がつのる。
岸田総理に至っては与党内からの強い歳出拡大圧力にさらされており「日銀の政策が頼みの綱」になっている。つまり更なる円安を覚悟してでも国債を発行しなければ政権がもたない。国民民主党のように笑顔で歳出拡大をお願いしてくる野党もいる。
予算委員会は開かれたが統一教会問題に終始した。政府が総合経済対策と呼ぶ補正予算の基本的な考え方がまとまっておらず実質審議が始められないからだ。この取りまとめが遅れれば遅れるほど(つまり岸田総理が聞く力を発揮すればするほど)対策の中身は膨らむ。連日「どこに予算をつけるべきなのか」という報道がみだれとんでいる。ついに研究開発予算を防衛研究に振り向けるべきだというような報道までで始めた。今の研究を「軍事転用できるような研究に回せ」という主張である。もともと岸田総理の突発的な約束からはじまった相当な増額だが、財政がかなり逼迫した中で何かが犠牲になろうとしている。おそらくそれは国の将来を担うまだ形のない産業なのだろう。
こうした事情がわかっているため黒田総裁は国会で「自分がやってきたことは正しかったから辞任しない」と強気の姿勢だ。為替は彼の担当ではなく退任も迫っているため特に問題は感じていないようだ。辞任させるとしても根拠は必要だ。一方で国債の発行をあてにしながらもう一方で金利を抑えているのはけしからんからやめてくれなどとは言えない。黒田総裁の強気にはきちんとした根拠がある。
今回最も不安なのが神田財務官だ。神田財務官は強気の姿勢で「原資は無限にある」と言っている。
一般国民は専門家ではないため「日銀・財務省がきちんとやってくれている」と思いたいところである。だが、エコノミストたちは介入には限度があると指摘している。前回の介入時には「すぐに使える原資は20兆円程度ではないか」と言われていた。20兆円は巨額だが無限ではない。
また前回の介入ではFIMAレポファシリテイという仕組みが活用されていたのではないかと言われていた。米国債を担保にドルを調達できる仕組みだそうだ。アメリカは米国債の値崩れを防ぎつつ各国の為替介入を容認できる。BloombergはFIMAレポファシリティーに1100億ドル(約15兆6500億円)余り預けていると推定されていると書いている。つまり、しばらくは介入が可能になるのかもしれない。
ただしピクテの説明ではレポファシリティは低利とはいえ利子払いが必要なようだ。「米国債を担保に借りているだけ」なのだから「いつかは返さないといけない」お金ということになる。Bloombergは「預け入れ」と預金のような言い方をしているがピクテの説明では将来返済が必要な与信枠が与えられているだけだ。アメリカが発案したスキームなのだからアメリカが損をすることにはなっていないはずだが、実際にそれがどんなものなのかは誰にもわからない。
今回の円防衛を軍隊に例えるならば神田財務官は司令官ということになる。神田司令官がきちんと仕事をしているのかあるいは暴走しているのかということを把握する仕組みが必要だ。
人によってはアメリカの協力がないのだから「籠城である」などと表現する人もいる。アメリカの本音は米国債の防衛であって通貨安定化への協力ではない。9月22日の介入はサプライズであり「奇襲」と呼ばれた。だが効果は長続きしなかった。今回は奇襲ではなく「防衛線が突破されれば底が抜ける」という戦いになっている。神田司令官が周囲の理解と協力を得られているのならばいいのだが、少ない人たちが近視眼的に意思決定をしている可能性も否定できない。周りの理解と協力がない場合、彼らは「成果を上げるためには何でもやる」集団になるだろう。
9月22日の介入の時点ではまだ消費者物価指数の伸びが止まっていないという発表はされておらずアメリカの金利引き上げはそろそろ落ち着くのではないかという希望的観測があった。だが消費者物価指数の伸びは止まらず「11月の利上げもかなりの幅になるのではないか」と予想が修正されている。可能性としてはまだ高くないようだが100bpという予想まででている。つまりアメリカ経済の正常化という援軍が来る見込みは遠のいた。
市場ではその後に覆面介入で1兆円ほど投下されたのではないかという噂が流れた。だが効果は限定的だったと見られているこれも内情はよくわかっておらず、国会で説明を求める声もない。
繰り返しになるが、国民に専門知識がない以上はこうした「綱渡り的な為替操作」がうまくいっているのかそうでないのかを最終判断するのは岸田政権と野党になる。
だが新型コロナ対応を見る限り、政権がテクニカルなことがわかっているとはとても思えない。現場に対する指示も杜撰なものであり都道府県とのオペレーション(ワクチン供給・感染者数の把握・観光促進策のクーポンの発行など)で混乱しなかった事例はないといっていいくらいだ。
野党に至っては「アベノミクスと黒田日銀総裁の政策は失敗だったから直ちに黒田氏は辞任すべきだ」くらいのことしか言えない。専門知識がなく議論ができないからである。
こうなると「うまくやってくれ」としか言いようがないが仮に暴走していたとしても国民が気がつくのはずっと後のことになるだろう。
もちろん円安は悪いことばかりではなく経済にプラスとマイナスの影響を与える。ドル高で海外からの収入は伸びるが世界経済が減速しており第一次所得収支が原油や食料の値上がりについてゆけていない。このため経常収支の黒字幅は縮小しており「赤字転落寸前」である。この赤字が定着すればさらに円は信任されなくなってしまうだろう。やはり今回の円安は悪い円安なのだ。
最終的に通貨防衛が失敗した場合にはおそらく犯人探しが始まるだろう。黒田総裁と神田財務官が暴走したということにすれば一応の説明はつくのかもしれない。だがそれは問題解決にはならない。国民は窮乏生活を余儀なくされることになる。日本国民の未来は意外と少数の人たちの仕事ぶりに依存しているのかもしれない。