共同通信が面白い記事を出している。「国民年金、納付45年へ延長検討 受給水準の低下食い止め」というヘッドラインだ。やはり年金は持たないのか、100年安心など嘘だったんだななどと思いたくなる。産経新聞も同じようなタイトルで記事を出している。「納付期間45年へ延長検討 政府、国民年金保険料」となっている。産経新聞は「5年に1度行う年金の「財政検証」を6年に控え政府は見直しを急ぐ構え」と書いており、今のままでは財政検証に耐えられない持続可能性の低い制度なのだなと言うことがわかる。ちなみに産経新聞の「6年」とは2024年のことである。産経新聞は元号を使っているんだなと思った。
ただ「なぜこんな大事なことが土曜日の夜中に発表されるのだろうか?」と言う気にはなる。産経新聞が17時に記事を出しており共同通信は21時ごろに記事を出している。他に目立った記事が見当たらないため産経新聞の独自なのかもしれない。だが、産経新聞は「独自」と書かなくなったんだなと思った。ちなみに共同通信はこの記事を23時ごろにアップデートしている。何が修正されたのかは確認ができなかったが何かドタバタがあったのかもしれない。
こう書かれると「これは決定事項なのか?」と言う印象を持つ。そしてそれが印象を生み印象は反発に変わる。
おそらく官邸や厚生労働省は綿密に情報を出したかったはずだ。2022年10月5日に読売新聞から「年金 制度と給付を守るには」という記事が出ていた。
このままでは年金は持たないですよ。どうしますか?と訴えかけるような内容になっていて、中に「現役の人には長く働いてもらって年金を長く支払ってもらおう」と言うオプションが紛れ込ませてある。読売新聞の読者に高齢者が多いと仮定すると「現役には申し訳ないことだが長く働いてもらって私たちの老後を支えてもらおう」と言うことになるだろう。現役世代は忙しくてこんなに長い記事は読まないだろうからおそらく実際の議論が始まるまで気がつかないはずだし、気がついた時には既定路線になっているのだから「長いものには巻かれろ」として黙って従ってくれるかもしれない。
ところがこうして「45年案」だけが「あたかも決定事項かのような印象」で抜き出されれば誰もがびっくりする。議論を前に進めて既成事実化しようとしたのかあるいは潰そうとしたのかはわからないが、少なくとも「情報統制」の観点からはあまり好ましくない方法と言えるだろう。なんとなく「国民年金は危ないんだな」という印象につながるからだ。
岸田政権になってこうしたサプライズが目立つようになっている。
- 防衛費の相当な増額はバイデン大統領との会談で突然岸田総理から提案されバイデン大統領の「了承」された。その後数字が一人歩きする状態になっている。具体的なことはこれから検討されるようだが「分類を見直してこれまで防衛費でなかったものを防衛費に組み込む」というアイディアも出ているようだ。
- 安倍元総理の国葬儀も総理からの提案だった。詳細や見せ方の戦術が決まっていなかったために「国を分断する印象を与える」議論になり支持率低下のきっかけを作った。おそらく「どちらが正しいのかわからない」と不安に思った人は多かったと思う。不安に感じる人が増えると内閣支持率は下がる。
- 高齢者と子どもを守るために「インフルエンザで熱が出たくらいでは発熱外来に来るな」という検討が始まる一方で観光推進・イベント推進のためにマスクは外せというメッセージが出てきている。これも何がどうなっているのかがよくわからないという印象を与える。
- 国のデジタル化を進める目的で導入されるはずだったマイナンバーカードは「健康保険証を取り上げれば皆マイナンバーカードを作るようになるだろう」という乱暴な議論にすり替わった。河野大臣のいささか強引な発表手法もありいまだに反発が強い。国民の間にも戸惑いがあるが、地方の医者の中には「このままでは廃業だ」などという声も聞かれるようだ。
日本人は他人から何かを押し付けられることを嫌う。不確定要素が多い問題には不安を感じてしまうからだ。また「何が正解かわからない」と不安を感じる人も多いようだ。
Twitterをみているとマイナンバーカードの話は「収入が全て捕捉され税金で持ってゆかれる」というような不安を生み(マイナンバーカードとマイナンバーは別物なのだがその点は忘れ去られている)さらには紙幣が入れ替わることで「預金封鎖されるのでは?」という極端なディストピア予想にまでつながっている。一部の人は「デジタル庁はオーウェルの1984年に出てくるビックブラザーだ」と主張している。人々を抑圧し「稼ぎを奪う」存在だというのだ。
これだけを見ると「何を極端な」と思うのだが、開業医たちの声を聞くと政府の説明不足に戸惑っているのは何も一部の極端な人たちだけではないようだ。こちらは高価な読み取り機に戸惑っているようだ。初期導入コストが支払えないという問題もあるのだが、医療機関にネットワークを設置する必要があるようだ。つまりルーターが止まってしまうと診療が止まってしまうのである。地域医療を支える高齢の医者には手に余る代物だ。
岸田総理のモットーは「聞く力」と「丁寧な説明」なのだが、実際には一方的で乱雑な情報発信が目立つ。岸田総理には世論を読む力はないのだから誰かがそれを補う必要があるのだろう。これまで安倍政権を裏で支えてきた「官邸の情報コントロール」が効かなくなっているのだろうなと思う。医師たちの戸惑いで「おそらく綿密に取材して問題点を前もって洗う人がいないのだろうな」ということがわかる。地方議員との間のコミュニケーションも不足しているのかもしれない。
これが岸田政権の支持率低下の直接の原因なのではないかと感じた。「国民が安心できるお話」がパッケージとして提案されないと国民は不安を感じてしまうのだろう。この問題を解消するためには政府・与党が組織的に国民の声を吸い上げる仕組みづくりが必要である。また、野党の側も他人事ではない。同じような仕組みを作らない限り「政権政党候補」に浮上することはないだろう。