ロイターが「アングル:ハイパーインフレのアルゼンチン、ごみ物色や物々交換も」と言う記事を書いている。アルゼンチン政府は物価高騰がコントロールできなくなりゴミの山に人が集まっているそうだ。目的はゴミの山から資源を探し出して売ることである。後発国ではありそうなことだがアルゼンチンは没落先進国なのでニュースになる。
アルゼンチンのニュースを見ると貨幣経済に頼れなくなった国がどうなるかということがわかる。人々は通貨を信頼しなくなり外貨に頼る。やがて外貨保有が制限される。所得のある人は暗号資産のような危険な代替手段に手を出すがそれは稼ぎがあるからこそできることだ。そうでない人は貨幣経済から離脱するしかない。
アルゼンチンはそんな状況に追い込まれている。
アルゼンチンはかつては先進国だった。国民は豊かな頃の生活が忘れられず政府は高福祉を約束して政権を維持してきた。政府が頼ったのが通貨発行益と外国からの借入だった。このため何度もデフォルトを繰り返してきた。現在では肥料と天然ガスの輸入コスト上昇が追い打ちをかけ1990年以来最も物価上昇のペースが速くなっていると言う。
貧困率は36%になっており最貧困層が8.8%になる。政府の支援でこれ以上の悪化は防がれているがゴミの山を漁ったり物々交換をしたりして日々を凌ぐしかない状態なのだという。
JETROは8月のインフレ率は年率78.5%だったが年末には100%を超えるのではないかと書いている。物価上昇は広範に及び庶民には逃げ場がない状況のようだ。
こうなると人々は自国通貨から離脱する。最初の逃避先は米ドルである。世界中でなぜベイドル高が起きているのかがよくわかる。国が貧しくなると通貨不安が起き米ドル需要が増すのである。そこで当局は公共料金の支払いに補助金を受けている人が外貨を購入するのを制限したそうだ。アルゼンチンでは資産防衛のために個人が外国通貨の主な買い手となっている。いわゆるキャピタルフライトが起きている。
人々は資産防衛のために危険を承知で暗号資産に賭けている。当局が米ドル保有を厳しく制限しており他に選択肢がないからだ。しかしこれは所得があるからこそできることである。所得のない人はゴミの山から資源を見つけてくるか今持っているものを交換して必要なものを手に入れるしかない。
この状態になると自力更生はまず不可能だ。起業家が市場から資本を調達して新しいビジネスを起こすことなどできそうにない。政策金利は75%になるそうだ。こうして通貨下落を食い止めると同時にインフレを抑制しようとしているがインフレの抑制はできていない。
国がここまで傾いたのは高福祉政策を続けてきたからである。であれば高福祉政策を放棄すればいいではないかという気がする。だがその通路も塞がれている。
アルゼンチンでは経済解放などの改革路線を進めてきたマクリ大統領が再選されずポピュリストのフェルナンデス大統領が2019年に大統領に選任された。コロナ前・ウクライナ前なのだからこの時期であれば改革ができたはずだ。だがアルゼンチン国民はそのような選択はしなかった。その後状況は悪化し「政府の補助金に頼らざるを得ない」人が増えてゆく。
フェルナンデス大統領は穏健派のグスマン財務大臣に再建整理を担当させていたが、2022年7月にグスマン財務大臣が辞任する。IMFやパリクラブの債務整理の主導には成功したが、そのためには改革が必要だった。グスマン財務大臣が在任していれば約束を守らなければならない。だが、フェルナンデス大統領やフェルナンデス政権にはおそらくその意思はなかったのだろう。アルゼンチンでは物価高に抗議するデモなども起きており、今は改革の余裕もなさそうだ。IMFとアルゼンチン政府の間には四半期毎に「改革のレビュー」をする合意があるそうだ。アルゼンチン政府は改革には後ろ向きだが今IMFが支援を止めればもっと悲惨なことが起こるかもしれない。
アルゼンチンは「没落先進国」がどのような末路を辿るのかという生きた見本になっている。国内に過去の蓄積があるうちは良いのだが一度外国資本に頼りだすと後は転落の道をひた走ることになる。
アルゼンチンの事例を見れば多くの先進国が「没落の道を辿らないためには何をすべきか」が痛感できるはずだが、必ずしも注目度は高くない。自分達がそのような状況に陥るまでは反省ができないということなのかもしれない。
なお日本は過去の蓄積がありこれまでは貿易で赤字を出しても海外からの収益で黒字になるとういう状態が続いていた。だが資源を海外から輸入しておりこの赤字幅が膨らんでいる。あまり話題にならなかったが8月はかろうじて経常収支が589億円の黒字という状態まで追い込まれている。ニュースでは「海外からの収益」は「経常収支は輸出から輸入を差し引いた貿易収支や、外国との投資のやり取りを示す第1次所得収支、旅行収支を含むサービス収支などで構成する。」と説明されている。