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沸点を超えたイラン民衆の怒りは体制転覆につながるのか?

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力で押さえつけてきた抗議運動を抑えられなくなると何が起こるのかがよくわかる事例である。イランで9月中旬に起きた抗議運動が今もおさまっていない。今回の抗議運動は面的な広がりを持っており「今までとは何かが違う」という印象を持つ人が多いようである。

抗議運動が鎮圧される兆候はないが「現在のイスラム体制の転覆・打倒」につながるとも考えられてはいないそうだ。つまり状況の混乱が長引く可能性があるということになる。

イランは現在核兵器の開発につながりかねない核関連の開発を行っているとされている。査察が行われておらずIAEAが懸念を表明していた。混乱が続けば国際的な話し合いに応じなくなることが考えられる。体制が頑なになり交渉を拒否する可能性やそもそも誰と交渉していいのかが把握できなくなる可能性さえある。

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今回のイランでの抗議運動の高まりは砂山の崩壊や水の沸騰に似ている。沸点(ティッピングポイント)を超えたなどと表現されることがある。つまり今まで抑えられていたものが抑えられなくなっている。

きっかけが政治弾圧でなかったという点がこれまでの抗議運動とは違っている。9月13日にクルド系の女性が「スカーフの被り方が緩かった」という理由で道徳警察に逮捕された。捕まった場所はテヘランだったが、この女性は数日後意識不明に陥り亡くなってしまう。イラン当局は女性の死後説明のためのニュースを流した。これが「隠蔽である」として人々の怒りに火をつけた。

抗議運動が最初に始まったのはクルド系の多いイラン西北部だった。仮にこれが男性であれば単なる民族紛争として処理されていたかもしれない。当局にとって計算外だったのはイラン全土の女性が敏感に反応したことだった。

マスコミが信頼されていないことからSNS経由で抗議運動の映像が盛んに流されたようだ。BBCはこうした映像を1000以上収集した上で地域を特定している。全土に同時多発的に広がっていったことがわかるそうである。最初の抗議は確かにクルド人地域で起きている。ところがそれが地方都市に飛び火したことから「クルド人運動」ではなくなっていることがわかる。

ではなぜ当局はこの抗議運動を抑えることができていないのか。それはこの運動体に中心がないからである。一部の反イスラム主義勢力、クルド独立派、イスラエルやアメリカなどの影響を受けた反乱分子などが関わっているなら火元を抑えれば済む。ところが今回は「民衆の怒り」が原因になっており中心が特定できない。だから止められないのだ。イラン政府ももちろんインターネットを遮断したり特定のハッシュタグを制限しようとしているようだが広がりに追いついていない。どうやらネットに熟達した世代の人たちが広がりに寄与しているらしい。

イランの女子生徒たち、スカーフ外して準軍事組織の関係者を罵倒イラン首都の大学で道徳警察に抗議 多くの学生が学内に閉じ込められたと現地報道イラン抗議デモ、女子学生が多数参加 前例ない行動もを見るとわかるように、この運動体は若者対政府という展開を見せている。ついにはテレビが数秒ハッキングされ「この国の若者の血がお前の両手から、したたり落ちている」などというショッキングなメッセージが流されたりした。テレビはすぐにスタジオ映像に切り替わったようだがやはりSNSに保存されている。

当初イラン当局はこれをクルド人問題にしようと隣国イラクのクルド人地域を攻撃したりしていたがデモは収まらなかった。アメリカがクルド人地域からデモを扇動しているなどと思ったのかもしれない。今ではアメリカとイスラエルが扇動していると言っているというのが公式の見解になっている。そもそも何が怒りを広げているのかを掴みかねている状況がよくわかる。これは統治者にとってはかなり恐ろしい状況だろう。

先導者がいないのであれば誰を説得していいかわからない。つまり運動体には落とし所がない。恫喝したり妥協を呼びかけたりできないのだ。

この「落とし所のなさ」は体制側にもいえることだが抗議運動側にも言える。つまり、抗議する側が革命などなんらかの落とし所を狙っているのならば体制が壊れたところで運動は終わりになる。だがそうでない場合はそのまま混乱が続くことになる。ただ怒っているだけの民衆ほど恐ろしいものはない。

女性の怒りから始まった抗議活動だったが学生の間にもデモが広がっている。イラン革命当時を知らずアメリカの経済制裁で苦しい暮らしを強いられてきた年代の人たちである。

イラン当局と宗教指導者たちは抗議活動を力で押さえつけてきた。ただ彼らが対峙してきたのは反イスラム主義やクルド独立派などの政治的な意図を持った人たちだった。今回は普通の女性や学生が多く参加しており本来であればこれまでとは別の「丁寧な説明」が求められるはずである。だがマスコミを支配しデモを力で押さえつけてきていたことから丁寧な説明などできるはずもない。結局は力で押さえつけるといういうツモのやり方を取るしかなく、これが一段と庶民の怒りを呼んでいるようだ。SNSに慣れた若い世代の中には政府よりも早く情報を伝達するルートができているのかもしれない。

イラン経済は長年のアメリカの制裁で逼迫していたためイランは核合意を急いでいたものと思われれる。ウクライナの戦争で一旦協議が中断していたがEUの仲介でアメリカとイランの間の協議は再開していた。この時イランは「バイデン政権が弱いため最終決断ができないでいる」との苛立ちを募らせていた。イランが求めていたのは革命防衛隊のテロ組織の解除だったようである。ところが今回の件で欧米は民衆を支援すべきだという世論が高まっておりイラン当局に対して妥協する余地がなくなりつつある。こうなると核合意再建に向けた議論は遅延が予想される。

イランが国内デモを抑えられなくなるとおそらく「外国の扇動」を激しく非難することになるだろう。つまりイランは態度を硬化させその影響が中東に広がることになる。

さまざまな要因が重なり経済的な不満がうまれ政府に対する抗議運動が起こるというのは何もイランだけに限った現象ではない。こうしたことはさまざまな国で起きており国際協調をより困難なものにしているようだ。

今回の抗議運動を見ていると「民主主義が勝利してイランにもまともな国家ができるのではないか」と思いたくなる。だが現実的にはなぜ国民が怒っているのかがわからない国家側がますます態度を硬化させ「核を持って立て籠る」ということにもなりかねない危険を孕んでいる。

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