ざっくり解説 時々深掘り

カディロフ首長らロシアの主戦派が「低出力核兵器」使用を言及した意味

Xで投稿をシェア

ロシアの世界秩序に対する役割を考える時どうしても避けて通れないのがロシアが核保有国であるという事実だ。カディロフ首長は低出力核兵器・小型核の主張を仄めかし始めた。日本は唯一の戦争被爆国であり岸田総理は被爆地広島選出の代議士でもある。なぜこの主張に真っ向から反対姿勢を表明しないのかと疑問を感じた。そもそもカディロフ首長の発言にはどのような意味があるのかを考えてみた。

Follow on LinkedIn

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで

|サイトトップ| |国内政治| |国際| |経済|






今回の報道はロイターがカディロフ首長のSNS発言をロイターが拾ったことがきっかけになっているようだ。ウクライナが東部要衝リマン奪還、チェチェン首長「ロは核兵器使うべき」との記事だ。ハフポストは専門家の指摘として「核兵器が使用されてしまうとその地域をロシア軍が通行できなくなってしまう」から実行される可能性は低いだろうという冷静な予想を出している。仮に捨て駒で進軍させるとしても傭兵や部分動員の影響で集めてきた混成軍が機能するとは考えにくいとの主張には一定の説得力がある。

そもそもSNSの発言なのでカディロフ氏の「低出力核兵器」が何を意味するのかはよくわからない。あるいは「せっかく持っているんだしちょっとくらいなら使ってもいいんじゃないか」程度の発言でしかないのかもしれない。

「どうせ使わないならいいじゃないか」とも思える。面倒なことに触らない方が祟りも少ない。

そもそも、カディロフ氏の主張にはどのような意味があるのか。カディロフ氏はチェチェンの首長である。チェチェンはロシアから独立しようとして抵抗しロシア国内で破壊活動を行なっていた。プーチン大統領が国民の支持を集めたのはこのチェチェン紛争を解決したからである。「病巣としてのチェチェン」にカディロフ氏を支援し絶対的権力を持たせた。またチェチェン人がチェチェン人を抑えるという「チェチェン紛争のチェチェン化」を進展させたと2011年に廣瀬陽子さんが記事を書いている。こうしてスラブ系のロシア人はこの問題を自分達の犠牲なしに解決できたと思っていた。

その裏でカディロフ氏はロシア政府からの財源を私的に利用して国家を私物化したきた。つまりカディロフ氏は「孤立したカディロフ王国」を作り出すことで得をした独裁者だということになる。カディロフ支配の背景にあるのがプーチン大統領だ。だから今ロシアが倒れられては困るのである。

ここまではプーチン大統領がカディロフ首長を利用しているという関係だった。だが今回の作戦が行き詰まるにつれて立場が変わってゆく。なぜかカディロフ首長がプーチン大統領を煽り戦争の継続を主張するようになっている。おそらくカディロフ氏だけがそうなっているのではなく既得権を持った人たちが「主戦派」を形成しているのである。今まで支えられてきたはずのものに逆に踊らされているという状態だ。これまで状況を黙認してきたロシア人の一部は「もう逃げるしかない」として国境を目指し始めている。

これまで局地的に抑え込まれてきた主戦派の主張が苦境により徐々にエスカレートし「小型の核くらいなら使ってもいいのではないか」というところまでエスカレートしたことになる。

カディロフ首長がチェチェンを支配し続けるためにはプーチン体制が盤石でなければならない、そのためならロシアが孤立して行き来ができなくなってもそれは別に大した問題ではない。そこでカディロフ氏は国境の封鎖と核の利用を仄めかし始めた。自分達の支配が継続するためには他はどうなってもいいという主張だが今のプーチン大統領はそれを抑えられない。

アメリカやNATOは「核兵器が使われればそれは重大な挑戦行為である」とする毅然とした態度を示し続ける必要がある。だが日本は核兵器保有国ではない。おそらく唯一の戦争被爆国である日本の役割は「核兵器には低出力も高出力もない」という立場を示すことだろう。

だが日本には日本の対立があり核兵器の違法化に向けた取り組みに参加していない。NHKは核兵器禁止条約になぜ日本不参加? 危機感強める被爆者たちという記事を書いているが岸田総理の反応はどこか鈍い。おそらく現在の状況について大きな視点が持てていないのだろう。広島でG7サミットをやってその中心に自分が立つくらいのビジョンしか持てていないようだ。

このため岸田総理は「低出力核くらいなら使ってもいいんじゃないか」という発言に反応しない。核廃絶はライフワークだとは言っているが「自分の問題」とは実は考えていないことがわかる。

外務省は「一気に禁止するのは難しい」と言っている。だが実際には「ちょっとくらいならいいのではないか?」という言動のエスカレートが起きている。高橋杉雄氏はこれを「核忘却の時代の終わり」とか「第三の核時代」と言っているようだ。言動だけではなく使用可能性がちょっとずつエスカレートしてゆくという時代である。

これまでの反核運動は「第一の核時代」にしか対応していない。つまり数回の核兵器が壊滅的な被害と恐怖心を与えるというような核のイメージだ。だからその抑止運動も「とにかく全面禁止」の枠を超えていない。だが、高橋氏が指摘するように現在の核兵器をめぐる状況はこの時とは違ってきている。カディロフ氏の言及は「権力維持や利権確保のために」核を限定的に使うという具体的な言及の第一歩であると考えられる。つまり時代的な転換が起きているのだ。

最初の戦争核兵器を念頭に置いた「力による抑止」は核兵器保有国の担当だ。さらにそれに対応した反核運動もそれはそれで続ければいいだろう。

だが、日本は非核兵器保有国でありこうした運動とは少し距離を置くことができる。また唯一の戦争被爆国なのだから日本が核兵器の利用に反対したところで「なぜ日本が」などと言い出す国はないだろう。さらに岸田総理は広島選出の代議士だ。日本の政治はこの新しい時代にどのように対応すべきなのかを積極的に示す必要があるのではないかと思う。

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで