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林芳正外務大臣の「中国にすり寄り疑惑」と中国の距離感を問われそうな岸田総理

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安倍元総理の国葬が終わった。秋から臨時国会も開幕するのだからこのまま政局ではなく政治課題に集中してほしいものだと思うのだがネットのさまざまな記事を読んでいるとそうはなりそうにない。

なぜか不思議なことに「中国と岸田政権の距離感」が問題になり始めている。舞台は新聞やテレビではなく週刊誌や大衆紙だ。「岸田総理は中国に擦り寄るのではないか?」と疑われている。

根はかなり深いところにある。日中国交正常化の時に田中角栄総理が整理しきれなかった問題に小選挙区制の弊害が重なっている。この結果日本の政治は風向きによって大きく動かされることになり予測が難しくなっているようだ。

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中国に配慮して台湾の外交団を総理から遠ざけたと週刊誌が主張

デイリー新潮が「林外相が国葬から“台湾を排除”した理由 “中国に配慮するように”と指示、迎賓館に台湾は入れず」という記事を書いている。林外務大臣は親中派であると決めつけた上で「国葬から台湾を排除した」と指摘されているのだ。

林大臣は岸田総理との挨拶の場に参加できる資格を制限した。狙いは台湾を排除し中国への配慮を見せることだ。これには成功したが200の国や国際機関のうち半数がとばっちりで締めだされた。だから外交上はデメリットが大きかった。

この筋立ては新潮の読者に大いにアピールするだろう。特にアメリカ側について専制主義の中国を懲らしめるべきだと考えている人たちから見ればとんでもない話である。

よく考えてみれば安倍政権の外務大臣はバランス外交を標榜する宏池会系の岸田さんだった。林さんは岸田さんの系譜を受け継いでいるだけだ。新聞やテレビのいわゆる「マスコミ」の人たちはこのことがわかっているためあまりこの問題を重要視しない。

問題はおそらく日米同盟重視をわかりやすくアピールし続けた「表紙」としての安倍総理がいなくなったところにあるのだろう。党内の「見た目」のバランスが崩れてしまった。だが実際に大衆が見ているのは中身ではなく見た目なのだ。

TBSの報道特集が日中国交正常化50周年の特集をやっていた。田中角栄総理は青嵐会に代表される親台湾派・共産主義警戒派を納得させることができなかった。この路線対立で党が割れることはなくその後も両者が併立しているような状態が続いている。このバランス感覚が自民党が長く政権与党に留まっていられる理由になっているのだが実はかなり危うい対立要素が内蔵されていることがわかる。これを「見た目」の整備で乗り切ってきたのが自民党の統治手法だったのだ。

「中国に配慮して岸田総理が高市大臣を抑制した」らしいと週刊誌が伝える

話はこれだけでは終わりそうにない。夕刊フジが「高市氏が〝捨て身〟の告発!岸田内閣「中国スパイ」を野放しか 「セキュリティー・クリアランス」提出に圧力、政府内の親中派と暗闘を示唆」という記事を書いている。記事には有本香さんの名前がある。

FLASHも同じような記事を出している。こちらは司会の反町氏が慌てたところを「明日クビになったらすいません。ごきげんよう」と高市氏が重ねSNSで拍手喝采を浴びたと書かれている。つまり週刊誌・大衆紙を読んでいる人たちが大喜びで高市さんを応援したくなるような内容になっている。

これらの記事は「機密保護」のために重要なセキュリティ・クリアランスをめぐり「親中派」との間に闘争があると指摘している。「中国という言葉は出さないでくれ」と指示されたと高市氏は発言したそうだが、就任の時に指示が出せるのはアポイントした総理大臣だけなのだから、主語が岸田総理であることは明確である。この記事を書いた有本香さんは「岸田総理がどう対処するか見もの」といっている。

共産主義を警戒する人たちは「自民党の表紙は日米同盟推進派であるべきだ」という気持ちが強いのだろう。岸田総理もそれがわかってはいるが安倍総理のような振り切ったアピールはできない。さらに安倍総理のアピールは「残り1/3」を刺激する。かつて社会党を支持していたような人たちである。

高市氏は総理から「セキュリティクリアランスに関する法整備をするとはいうな」釘を刺されたとなっているが、NHKの別の記事によると実際には就任した時に「早急な制度設計に向けた検証をやる」と宣言している。仮にこの「爆弾発言」が正しいとすると「総理の意向を無視して発言した」ことになる。あるいは「自分としてはやりたいけど総理はやらせてくれない」と仄めかしているようにも思える。

自民党が経済的に中国との結びつきを強めたいという人たちと日米同盟推進・共産主義排除・親台湾派の間のバランスによってなりたっているとすれば高市さんの行動は自民党の中に潜在的にあった危うい問題を呼び覚ましてしまう可能性がある。逆に高市さんはこの辺りがわかっていて「程よいところで」問題を回収するかもしれない。

仮に高市さんがバランスを取ることに成功すれば「共産主義排除」側の人たちは「自民党は安倍総理の路線を受け継いだ」と安心するだろう。誰が安倍総理の役割を受け継ぐかはわからないものの自民党の安定は「個人の資質」に頼っているといえる。

背景にある「自民党はどっちなんだ?」問題と小選挙区制の「弊害」

この問題について考えてゆくと小選挙区制の弊害に行き着く。かつての中選挙区時代には自民党の議員を二人当選させることができた。つまり自民党の中に親台湾派と親中国派がいても「後は中で調整」ということができていた。さらに自民党はどうしても受け入れられないという人たちが1/3程度いて社会党などを支援していた。つまり3つくらいのまとまらないものがなんとなくまとまってみえるという制度だった。いずれにせよ有権者は決める必要がなく決めたものを守る必要もなかった。好きなことを言っていれば後は中央でなんとかしてくれるというのが中選挙区制の「良さ」だったといえるだろう。

中選挙区制が崩れた時に日本の有権者はマニフェストベースの政治を受け入れるべきだった。「日米同盟推進・共産主義排除・親台湾派」が総裁選挙で勝てば自民党はすべて「その政策を受け入れた」ということになるという世界である。これが気に入らないなら自民党には投票せず野党に投票することになるというのが小選挙区制の基本的なやり方だ。

村上誠一郎が現在攻撃されている。統一教会問題を解決できない安倍派の苛立ちが「安倍元総理を国賊とした」村上誠一郎氏に向っている。朝日新聞によると村上さんの発言は「国葬の決定過程などに疑義を唱え、安倍氏について「財政、金融、外交をぼろぼろにし、官僚機構まで壊して、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に選挙まで手伝わせた。私から言わせれば国賊だ」というものだったそうだ。朝日新聞発の情報だったという点も親安倍派を苛立たせるポイントなのかもしれない。

塩谷さんは「安倍元総理が国賊だと考えるなら自民党を出てゆくべきだった」と言っている。郵政民営化反対派が小泉政権にいられなかったのと同じ理屈である。だが実際の自民党も有権者もこの「政権選択」に慣れていない。だから塩谷さんの発言が何か乱暴なことのように聞こえてしまう。さらに言えば村上さんが離党すれば自民党は村上さんの選挙区を失うだろう。決めることは失うことでもある。下野を恐れる自民党にはこれができない。

さらにいえば、かつて社会党に入れていたような1/3の人たちは衆議院に代表を送れなくなった。つまり小選挙区に排除された人たちが大勢出てきた。安倍総理が「表紙」として先鋭的な発言をすればするほどこの1/3が苛立つ。「アベ政治」に反対している人たちは実は小選挙区から排除されたことを怒っている。

意識を切り替えないまま「小選挙区」制度を導入してしまったため、自民党の内部では「自民党全体としてはどっちなんだ問題」を抱えた。また排除されたと思っている人たちもまた疎外感から議会に対する攻撃姿勢を強めている。

小選挙区制が悪いわけではない。意識が切り替わらないまま制度だけを導入したことが問題なのだ。

大衆が引っ張る日本の政治

このため岸田総理は「聞く力」だけを発揮することはできない。いずれにせよ誰かは不満を持つことになるからだ。日本が小選挙区制度を維持する限り岸田政権は「決めてゆく」必要に迫られる。決めるということは他の選択肢を排除するということだから負けたら下野ということになるだろう。

ただし、今回の問題はクオリティペーパーと呼ばれるような全国紙が扱っているわけではなく週刊誌や大衆紙が主に扱っている。統一教会問題の発火点がかつてのワイドショー報道だったとすると、日本の政治は選挙制度ではなく大衆の空気によって動き始めているようだ。いわば台風のようなものだ。自分では動けないのだが風が吹けば急速に大きく変化する。

岸田政権にとっては「選挙なき黄金の3年間」になるはずだった。だが実際に怒っていることを見ると「大衆の空気によってどちらに流されるかよくわからない」状態になっている。となると我々にできることは、台風予報のように「台風の発生」を観測することと「今後数日の風向き」を予想することだけになるのかもしれない。

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