サウジアラビアで内閣改造が発表されムハンマド・ビン・サルマン皇太子が首相に指名された。AFPやロイターなど各社が報道している。Bloombergによると任命の理由は説明されていないという。国営通信社の一方的な伝達だったそうだ。サウジアラビアの現在を調べるとかつての常識の一部が変わりつつあることがわかる。依然絶対王政ではあるのだが脱石油化に向けた試行錯誤が続いている。
現在のサウジアラビアは絶対王政が敷かれている。現在の国王は「サルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ」で「サルマン国王」などと表現される。サルマン国王は現在86歳だが国王に就任したのは2015年だった。高齢のため健康不安説があり認知症の初期段階であるという噂もあるそうだ。
サウジアラビアではこの認知症の疑いのある国王だけが議会の選挙権を持っている。諮問評議会と呼ばれ150名の議員がいるそうだ。議会制民主主義ではないため首相も王様が任命する。豊富な石油資源のおかげで今では珍しい絶対王政が維持されている。
一族が権力を独り占めにしている国には二つの問題が起こる。腐敗と激しい権力闘争だ。
GQが皇太子・新首相のムハンマド・ビン・サルマン氏の略歴を伝えている。ハンサムで感じの良い若い皇太子だったのだがジャマル・カショギ氏の殺害事件で国際的評判が悪化していた。アメリカ合衆国はムハンマド・ビン・サルマン氏をカショギ氏殺害の黒幕と特定している。
また権力闘争も激しい。これまでは初代の王様の息子たちの代で権力が継承されてきたが、ここに三代目の競争が持ち込まれた。サウジアラビアの人名は姓の代わりに父親の名前を使うので、二代目から現在まで王様は全てビン・アブドゥルアジーズになる。つまりこれが二代目だ。
ムハンマド・ビン・サルマンはサルマン・ビン・アブドゥルアジーズ国王の息子という意味だ。そのライバルだったのがムハンマド・ビン・ナーイフという皇太子だった。父称が違っているので父親が違う。だがムハンマド・ビン・ナーイフ前皇太子は2017年に拘束され自宅軟禁を強いられている。
サウジアラビアのニュースで「ビン・サルマン」という人が多く出てくるのは、新しい内閣がサルマン国王の息子たちで占められていることを意味する。と同時に「苗字」が違っても王族でないということにはならない。
サルマン国王には12人の息子と1人の娘がいる。彼らもまた協力者でもありライバルでもあると言う関係になる。
オバマ大統領は何かと問題が多いサウジアラビアと距離を置いていたがトランプ大統領は逆にムハンマド・ビン・サルマン新皇太子に近づいた。オバマ大統領の系譜を引き継ぐバイデン大統領は候補者時代は「人権問題をめぐりサウジアラビアを国際社会の除け者にする」と宣言していたが、国内のインフレが問題になり一転して「サウジアラビアに擦り寄る」姿勢を見せた。と同時に「カショギ氏殺害に関与した」というこれまでの判定も撤回しなかった。これもAFPとロイターが伝える。
ここまではなんとなく常識的に知られているサウジアラビアのイメージ通りである。だが、サウジアラビアはムハンマド・ビン・サルマン新皇太子の元で石油からの脱却を進めてきた。近年石油価格が低迷しておりサウジラビアにもこのままではまずいという気持ちがあったのだろう。また、新世代ならではの「自分が新しい国王になったら新しい国づくりがしたい」と言う野心があったのかもしれない。
日経新聞に転載されたFTの記事は近年のサウジアラビアについてこのように書いている。首都リヤドではなく地方都市ハイルからのレポートだ。
- 2022年のサウジアラビアの経済成長率は世界最高に達するが、国内の経済は必ずしも順調ではないようだ。
- ムハンマド皇太子は改革を進めたいが既得権益層が脱落する危険性がある。
- これまで無税国家だという印象が強かったが実は2018年に付加価値税が導入された。電気と燃料の補助金も削減された。また、女性の進出も進んでいる。
つまり社会改革が進む一方で脱落者も出るという「普通の国」になりつつあるということになる。今のところは石油が好調なためこうした不満を和らげるために「ベーシックインカム・生活保護」という制度への支出も増やしているそうだ。
よくサウジアラビアには税金がないなどと言われるが、どうやらそれは過去の話のようである。ただし所得税は導入されていない。
旧体制を維持していては競争力がつかないが自分自身が旧体制によって権力を維持しているというジレンマがある。税収に頼って政府を運営したいが民主主義を導入するつもりもない。さらに内部の権力闘争のためにさまざまな活動に手を染めていて後戻りもできない。だから石油の富を国民に分配するしかないという構図だ。
また外国人労働者を使っているという印象もあるが「労働者の自国民化」の政策も導入されており女性労働者も増えている。ただし労働者階級の収入は最低賃金レベルにとどまっている。こうして社会構造には少しづづ変化も見え始めている。
かつてサウジアラビアは世界一石油が採れる国というイメージがあった。だが石油掘削のイノベーションが進み、現在石油が最も多く採れるのはアメリカ合衆国なのだそうだ。脱石炭燃料化とウクライナでの戦争が重なり石油の消費量が今度どのように推移するのかは見通せない。サウジアラビアの収入の42%は石油依存だという統計もあるようで、今後どのように石油資源依存から脱却するかが問われている。
一方でサウジアラビアにとって石油は依然として外交上大きなカードであり、石油価格の維持は国益を左右する重大問題である。アメリカはロシアをOPECプラスからロシアを排除することを望んだが、OPECの影響力を維持したいサウジアラビアはこの要求を受け入れなかった。
ロシアは排除をした国を恨みなりふり構わない敵意を向けてくる。最近では「何者か」がノルド・ストリームを破壊した。ロシアにとっては貴重な外貨収入源だが「ヨーロッパ憎し」の感情の方が強かったのかもしれない。ヨーロッパとロシアは「断絶」の方向に向かいつつある。
サウジアラビアを中心としたOPEC諸国はロシアを繋ぎ止めておくことで石油産業は混乱から守られているという側面がある。こうしたことができるのもサウジアラビアが絶対王政で「民意に左右されない」政治を行っているからだともいえる。ただし絶対王政は圧倒的な石油収入によって支えられているのもたしかだ。
西側諸国も「人権や民主主義」の観点からジャーナリスト殺害に関与したことがほぼ確実な皇太子と付き合い続けるのは難しいはずなのだが、経済を石油に大きく依存している以上関係を切ることも難しい。
皇太子はすでに外交面ではサウジアラビアの顔になっている。首相という肩書きを得たことでさらに活動の幅をひろげることができる。皇太子・首相は外交上もバランスを取る必要があるが一旦手をつけ始めた内政上の改革問題も抱えており難しいバランスをとりながら国家を運営することになりそうだ。