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破綻した約束:プーチン大統領が救世主を気取るほどロシアから国民が逃げる簡単な理由

ロシアから人々が逃げ出している。その理由を考えると「プーチン氏の破綻した約束」に行き着く。プーチン大統領が権力に留まるためには人々に何かを与え続けるしかない。しかしそれをプーチン大統領が持っているわけではないので誰かから奪ってくる必要がある。多くの人はこれに対して見て見ぬ振りをしてきた。

だが一部が「自分が盗られる側になった」と感じ始めたことで逃げる決意をした。黙認する側から盗られる側になったと気がついたのだ。さらに深刻なことに「逃げようとする人」にお金をせびる警察官なども出てきているようだ。つまりこの後に及んでまだ人々から毟り取ろうとしている人がいるのだ。自分達は大丈夫だと思っているのだろう。

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プーチン大統領が政界に進出した大きなきっかけはチェチェン紛争だったと言われている。その後、「エリツィン大統領時代にロシアから富を奪ってきた」オリガルヒを攻撃しその人気を高めてゆく。NHKのBSで放送された「プーチンの道〜その権力の秘密に迫る〜」ではこのように紹介されている。

KGBの工作員として旧東ドイツに派遣された後、サンクトペテルブルクで政治家に転身したプーチンは、無名のままエリツィン政権下で首相となる。チェチェン戦争で名を上げ、大統領となったプーチンは財閥の囲い込みやメディアの統制などの手法で絶大な権力と財産を短期間で築き上げ、国際政治の舞台でも存在感を増していく。貧しい家に生まれた少年がクレムリンの主となるまでの道のりとは。

「プーチンの道〜その権力の秘密に迫る〜」

ただしこれだけで現状を説明することはできない。

実はプーチン大統領は軍の改革も進めてきた。この結果「軍事行動はプロによって効率的に運営されている」と説明できるようになった。人々は黙って見ているだけでよくなったのだ。人々が「特別軍事作戦」に大きな関心を持たなかったのはそのためである。Newsweekはプーチン氏が兵力を100万人に削減し兵站や補佐的な業務について民間移管も進めたと解説している。

ところが「ロシアに栄光をもたらし、強欲な人々からロシアを守る」というプーチン大統領の自己像は構造的な問題を孕んでいた。

  • 支持者を満足させるためには与え続けなければならない。支持者は次第に大きな成果を期待するようになるがプーチン大統領が何かを持っているわけではないのだから誰から奪ってくる必要がある。
  • こうした収奪(移転行為)が行われている間、多数派の市民たちには「これは自分達のためになるか或いは関係ないことだ」と思わせておかなければならない。少数の「反抗する人たち」は抑え込めるが多数派になってしまえば権力を維持できなくなる。

プーチン氏の権力構造を支えているこの二つの要素(欲と無関心)は次第にバランスが取れなくなってゆく。

クリミアではかろうじて作戦に成功したが西側の大きな反発を招いた。そして、ウクライナはクリミアのようにはいかなかった。キーウを抑えることができず短期間で収束する道は無くなった。次に東部と南部を抑えてクリミア半島と一体化させるように作戦を変更したがこの作戦も東部ヘルソン州がウクライナ側に奪還されることで怪しくなってきた。

プーチン大統領は今でもこの作戦を「解放」と位置付ける。これまで通り自分を救世主と位置付けたいのである。AFPは「プーチン氏、ウクライナ4州の「人々救いたい」 住民投票最終日」という主張を伝えている。つまり今でもプーチン氏は自分を救世主だと主張しているのである。

だがプーチン氏が救世主を気取れば気取るほど、人々はプーチン氏から距離を置くことになる。つまり誰もプーチン氏を救世主だとは思っていない。

第一に離反しているのは「盗られるかもしれない側」に回ったロシア国民だ。NHKが混乱について書いている。

  • ロシア各地では連日抗議活動が続いており人権団体によると2300人以上が拘束された。
  • 徴兵事務所では若い男が発砲し事務所の責任者が渋滞になった。徴兵事務所の放火騒ぎも起きている。
  • 訓練なしに戦地に放出されるため戦地で犠牲になることが予想されている。
  • ロシアから各地に逃れる動きが起きている。トルコへの航空便は軒並み売り切れた。フィンランドにも多くの人が入国を試みている。フィンランドはロシアとの国境を大幅に制限する見込みだ。

AFPはさらに悲惨な状況を取材している。

妻子を残しアルメニアに到着したドミトリー氏は自分が戦争に行く可能性を感じて初めて行動を起こし「この戦争は間違っている」と表明した。多くのドミトリー氏が最初からこう言っていれば状況は違っていたかもしれない。あるいは野党候補者が拘束された時に反対をしていればよかった。だがもうドミトリー氏には妻子と故郷を捨てて国を逃れるしか手がない。それでもドミトリー氏は名字を明かすことはなかった。これまで他人が盗られるところを見てきた。だから今度は自分がやられる側になることをよく知っているのではないかと思う。と同時に自分が助けてもらえないこともわかっている。これまで自分も誰かを助けてこなかったから当然だ。

ジョージアに逃げてきたニキータ氏は「私は使い捨てでない」と主張した。ロシアでは上級国民でない一般国民が使い捨てになっていると多くの人が感じているのだろう。車の列は20キロに及んだそうだ。ニキータさんもまた名字を明かせない。他の使い捨ての人たちを大勢見てきたのだから当然だろう。

ニキータ氏の主張を聞くと心が痛む。途中にはわざと交通を遮断してお金をせびる警察官がいるのだそうだ。この混乱を「金儲けの機会」に利用していることになる。アレクサンドルさんは警察に17万円を支払って国境に辿り着いたそうだ。つまりロシアには「自分は体制側にいるから関係ない」と安心して他人からお金をとっている人たちがまだまだ大勢残っている。彼らは自分が盗られる側になるまで「収奪」を続けるだろう。

盗られた人や黙認した人たちの他に見捨てられてきた人たちもいる。

時事通信が地方の混乱について書いている。コロナで亡くなったものの地方政府から何もしてもらえなかったという人たちがいるが、国は彼らの名前を覚えていた。亡くなってから召集令状が届いたのだ。親族の女性は「死んでからようやく政府は彼を思いだした」と怒ったそうだ。

今回最も驚いたのが隣国カザフの大統領の対応の豹変ぶりだ。2022年1月にロシアなどから援軍をもらい暴動を鎮圧した。それだけでは終わらず前任者のナザルバエフ氏を政治権力の座から引き摺り下ろすことにも成功しナザルバエフ大統領のファーストネームに由来する首都の名前も元に戻したばかりだった。AFPの「カザフ大統領、流入ロシア人の安全確保を表明」の中で「絶望的な状況により国を去らざるを得ない人が大半だ。われわれは彼らの世話をし、安全を確保しなければならない」と表明したと伝えられている。「絶望的な状況を作り出している」のは誰かは名指ししなかったが、カザフが今回の状況をどう見ておりロシアとどのように付き合っているのかはよくわかる。トカエフ氏もまた自分の権力維持のためにプーチン大統領を利用してきただけだったのだ。

そもそも上海開発機構首脳会議の席上で各国から距離を置かれたことが今回の性急な動きの背景にあるなどとも囁かれている。つまり西側だけではなく近隣国からも距離を置かれはじめている。

人は新しく何かを作り出すことはできるのだが自分が持っていないものを他人に与え続けることはできない。状況は極めて複雑化しているのだがその根本を見ると意外と簡単な理由で物事が破綻しかけていることがわかる。周囲の人たちは「自分が盗られる側」に回るまではそれを黙認し続けている。これまでもそうだったし今でもそうだ。

そんな中、日本の外交官がスパイ容疑をかけられて国外追放になった。外交官はウラジオストクにいたそうだ。日本政府がサハリンの権益を守るために現地に外交要員を残していたことがわかるが、ロシアでは国境からの人の流出を止めるために国境地帯に戒厳令が敷かれるのではないかといわれているそうだ。もう日本の外交官にうろちょろされては困るのだろう。あれだけ嫌がらせをしたのに日本は「まだどうにかなる」と思っている。

ペスコフ報道官は戒厳令について「今の所そんな話はないし私は聞いていない」と言っている。彼が「聞いていないし今の所ない」と言っているということはそのような計画はあるのだろう。この状況でサハリン権益を維持するのは難しそうだ。

今後の注目ポイントは「救世主願望」の破綻に気付いたプーチン氏が折れてしまうのか、途中で立ち止まるのか、あるいは周囲を巻き込んで「派手な最後を迎えるのか」という点である。プーチン氏がある一定の方向に向かって突き進んでいるのは明らかだがその先に何があるのかは誰にもわからない。

プーチン氏しか知らないのかもしれないし、プーチン氏にもわからないのかもしれない。

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