先日日銀が24年ぶりの為替介入をした。その場は収まり日本円が急落することはなかったため「やらないよりはよかった」という状態になっている。イギリスではポンドが急落していることから見てもわかるように他人事ではなかった可能性もある。ところが識者たちの声を聞くとこれは「ブレーキとアクセルを同時に踏む」ようなもので長続きしないだろうという。「籠城」に例える人もいる。結局今これを書いている時点でのレートは144円台後半である。
今私たちはどこにいるのか。わからないなりにロイターの記事を中心にいくつか読んでみた。
先日、財務省・日銀の為替介入について書いたときに、アメリカが為替介入に反対しない理由について「海外・国際金融当局(FIMA)向けレポファシリティー」を挙げた。このとき、日銀が過去に蓄積したドルを……を書いた。ところがロイターの記事にはこれとは違うことが書いてある。FIMAには利子がかかるらしいのだ。利子がかかるなら過去の備えではなく借金だということになる。
例えば、新型コロナウイルスの世界的感染を契機にドル資金が不足する事態に対応するために創設された海外・国際金融当局(FIMA)向けレポファシリティーを活用した可能性がある。ただ、この仕組みを利用する場合、フェデラルファンドレート適用の利子がかかり、コスト負担がかさむという面がある。
コラム:円買い介入で米市場に波乱、日本に株安波及し交錯する思惑
先日のブログ記事は「韓国は通貨スワップ枠の再開を望んでいるが日本は蓄積してきた米ドルを使ったので大丈夫」という論理構成になっている。ところが「わざわざ資金を借りて介入をやっている」としたら話はかなり違った印象になる。ロイターのこの記事はFIMAを使ったと断定はしておらず「スワップ協定が使われた可能性もある」と言っている。さらに「為替差益が出ている」という話もある。このため収支がどうなるのかは実はよくわからない。熊野英生氏によると含み益は計算上11.9兆円になり外為特別会計の中に蓄積されるそうだ。
この「わからない」というのが今回強調したいポイントだ。わかっているのは市場の推計では3.6兆円程度の規模だったという結果だけである。一方で日経新聞は3兆円規模と書いている。
このロイターのコラムは「水とお湯を同時に注ぐ」ような対応になっていると指摘している。さらに日本は為替介入で米ドルが必要なのだから米ドルが売られるだろうという予想があり米国債の金利が上がった(つまり思惑だけで米国債の価値が毀損した)という指摘もあるそうだ。
結局、日銀の介入は週末を挟んで元に戻りつつある。現在これを書いている時点では144円台後半まで戻っている。
田巻さんのコラムは「水とお湯」だったのだがブレーキとアクセルと指摘する人もいる。さらに加速する円安を受け入れるか、このままブレーキとアクセルを踏み続けるしかなさそうだ。
「車はアクセルとブレーキを両方踏み続けるとブレーキが焼けてしまうか、ハンドルがコントロールできなくなる。このまま(の状態を)ずっと続けるわけにはいかないだろう」と篠原氏は語った。
インタビュー:1ドル=145円を防衛ラインに介入続けられず=篠原元財務官
いつまでもこんな状態を続けるわけにはいかないのだろうという気がする。ではこれは日本固有の問題なのか。実はそうでもなさそうだ。
ところが目をイギリスに転じるともっと面倒なことが起きている。BBCの「英ポンドが対ドル最安値を更新 減税政策への懸念加速」によると1スターリングポンド=1米ドルと水準に近いているそうだ。アメリカ由来のドル高にイギリス由来のポンド安が重なった。
アメリカ合衆国で原因のよくわからないインフレが起きている。これを抑止するためにアメリカは長期金利を上げた。経済を毀損しても景気を冷やしたいという思惑がある。案の定、ニューヨークのダウも東証もジリジリと下げ続けている。景気の減速と悪化を懸念しているのだ。
アメリカが単独で金利を上げると米ドル高が起こる。するとヨーロッパの通貨が下落するためヨーロッパも追随して金利を上げなければならない。これはアメリカと同じように経済にダメージを与える。さらにこれで景気が悪化すると財政再建を延期せざるを得なくなりまた金融市場が動揺する。日本とヨーロッパはアメリカからの距離が近いためおそらく同じような問題が起きている可能性が高い。
例えばイギリスのトラス政権は「減税を行い借入を増やす」という政策を実行することにしたが中央銀行はある程度アメリカに追随しなければならない。このためイギリスの金融は方向性を失い「パニックのような」状態を引き起こしているとBBCは表現している。
水とお湯を同時に注いでいるのは日本だけではないことになる。
金融政策の混乱は暮らしにさまざまな影響を与える。先行きの不透明感が増すため欧米では政治の右傾化が進んでいる。これまでのリベラルな政治主張が退潮し「自国優先主義」が幅を利かせることになる。
日本も「右傾化している」という人がいるがその進展度合いは欧米ほどひどいものではない。現在政治的に最も大きな騒ぎは安倍元総理の国葬だ。ジャーナリストたちは「国内が分断されている」と心配しているが、こうした小競り合いのおかげで金融市場の先行き不透明感が見えにくくなっている。投資家の中には「それどころではない」という人も大勢いるだろうが世間一般の関心はそれほど高くないようだ。
しかしながら、金融当局者や政治の当局者が何をやっていて我々をどこにむけて運んでいるのかはよくわからないという現実には変わりがない。運転席に近いところにいる人たちが「どうやら運転手はブレーキとアクセルを同時に踏んでいるようだ」とやっと気がつき始めたという段階だ。
政治家は依然「日本に投資すべきだ」とか「財政出動を増やすべきだ」などとの主張を展開しており運転手の異状に気がついているのかいないのかもよくわからないという状態が続いている。
ではこのような状態はいつまで続くのか。コラム:次の介入はいつか、その効果と政府・日銀の戦術を読み解く=熊野英生氏で熊野氏は日銀人事総裁人事により金融政策の変更が行われればこれが円高要因になると予測する。つまり熊野氏によればこの状態は日銀の総裁が変わるまでは続く。
熊野氏はこれを「日銀総裁人事というカード」と言っている。さらに熊野氏はアメリカの金融政策が効果を表しはじめるまで「日銀は現在の状況で持ち堪える」覚悟なのだろうと読んでいるようだ。援軍がきた後で日銀総裁カードを切れば状況はよくなるだろうということになる。熊野氏が予測する期間は1〜2ヶ月ということになる。長く見積もっても「年内」ということだろう。
これは、1─2カ月間ほど籠城していれば「米国側から援軍が来てくれる」という見立てだと言える。遠からずドル安・円高の流れに反転するという目算なのだ。
コラム:次の介入はいつか、その効果と政府・日銀の戦術を読み解く=熊野英生氏
しかしこれが「籠城」であることは変わりない。物の例えなのだろうが、我々は知らずしらずのうちに「籠城」していることになる。熊野氏はこの後「たとえ為替介入が実施されたとしても、米長期金利がさらに上昇すれば、円安は進むだろう。」と付け加えるのを忘れない。つまりいつまで「籠城」するかはアメリカ次第だというのだ。
日本はアメリカの反発を恐れて米国債を処分できない。あとはアメリカの経済政策が効果を上げるのを待ちつつその場を凌ぐしかない。
今回、ロイターを中心に一連の議論を読んだ。特徴は誰も政権批判や日銀批判をしていないという点にある。このままで大丈夫だと言っているのではなく、政権批判や金融当局批判をしても「先行きが不透明だ」という状況が変わることはないということに多くの人たちが気が付いている。
もしかすると、もはや安心して政権批判ができるという時期は過ぎており「今後くるかもしれない危機にどうやって備えるか」という段階に入りつつあるということなのかもしれない。