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「給料のデジタル払い」のニュースがわかりにくい理由

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給料のデジタル払いを認めるというニュースが出てきた。このニュースをQuoraで紹介したところ「よくわからない」「戸惑った」という人が出てきた。デジタル支払いがそれほど普及していない中で「なぜ今このニュースなのだろう」と思った人が多いのだろう。日本政府はキャッシュレス経済を推進したいのだろうが議論が内向きで全体像が国民に伝わってこない。政策を推進するにあたって広報戦略がとても大切であるということがよくわかる。

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ニュースそのものは極めて簡単である。企業が給料の一部をキャッシュレス決済口座に振り込むことができる「デジタル口座払い」ができるようになる。現在は給料は現金で支払うべきということになっているのだがそれを少し変えるということだ。

ただ「別に給与振込でも困っていない」と考える人は多いだろう。支払いといえば現金に決まっている。このため「どこかの官庁が新しい権益の確保を狙っているのではないか?」などと疑いたくなってしまう。

今回は業者を厚生労働省が認可するという。許認可の理由は日経新聞が書いている。給料がきちんと保護される仕組みづくりを連合が強く主張したようだ。

  • 厚生労働省が業者を厳しく検査することが決まる。
  • 労働者保護に懸念していた連合は労働者保護の仕組みが入ったことで導入に歩み寄った。
  • 給与をめぐる個人顧客の争奪が広がることが予想されアプリ決済の利用にも弾みがつきそう。
  • 銀行口座を持てない外国人も給料がもらいやすくなる。

法律上、給料は現金で支払うべきだとされており「銀行口座振込」ですら例外扱いなのだそうだ。連合は「事故が起きて給料がもらえない事態があるかもしれない」と懸念していたようだが破綻時の保護規定を設けることで折り合った。無限の国家補償はできないため上限は100万円ということになったようだ。また業者は厚生労働省が厳しく管理するため80ある業者のうちで指定要件を満たすのはごく一部になるかもしれない。

厚生労働省としてはそれなりに議論を進めている。だが、その議論の過程があまり報道されていないため想定外の疑問が出る。なんとなく「ポイントで給料をもらう」というような印象になってしまうのである。内輪で議論を進めれば進めるほど外とのズレが生じるという事例である。

経済産業省が「2021年のキャッシュレス決済比率を算出しました」というまとめを出している。2022年6月の集計だ。

  • 全体は32.5%
    • クレジットカードが27.7%
    • デビットカードが0.92%
    • 電子マネーが2.0%
    • コード決済が1.8%

コロナ禍で現金を触ることを忌避する人が増えキャッシュレス化が進んだなどと言われたものだが実は比率は1/3でしかない。内訳を見るとクレジットカード決済が1/4を占めているだけで電子マネーやQRコード決済は「ないも同じ」という状態だ。通販需要が増えていることを考えてもかなり低い普及度しかないという印象である。マイナポイントは盛んに電子マネーへ誘導したがWAONやNANACOでもらっても使い道がないと考えた人は多かっただろう。

逆に地域商品券などスーパーで使えるものは人気が高い。多賀城市では地域商品券に1キロの行列ができ市長が謝罪するような騒ぎになっている。補助額はわずか5,000円だ。ただ並べば5000円がもらえると理解された。具体的に「今日買う肉や魚や野菜が多く買える」というイメージがしやすかったのだろう。

それほどキャッシュレス決済には馴染みがない。馴染みがないものには人は興味を示さない。

このニュースをQuoraで紹介したところ「なんとかペイ(デジタル決済口座というよりわかりやすい)」から現金にできるのだろうか?という疑問の声がでた。確かにその通りである。別のニュースを思い出した。なんとかペイ業者に全銀ネットが解放されるという記事である。全銀ネットが解放されれば少なくとも双方向にはなる。

ただ「なんとかペイ」側がこの仕組みに乗り気なのかがわからない。そのことがよくわかるのが「全銀ネット解放」のニュースである。最初にこの構想が出たのは2021年だった。この時は「2022年ごろには解放される」となっていた。ところが費用負担で調整が難航しているらしい。全銀ネットは「止まることが許されない」堅牢なサービスであるため維持コストがかなり高いようだ。おそらく新規参入側がコスト負担に難色を示しているのだろう。結局2023年(記事の言い方だと「来年にも」)の解禁へというニュースに後退している。

この3本のニュースの中では真壁昭夫さんが書いている「「銀行が要らなくなる日」が現実に!?来年にもPayPay口座へ給与振込が可能に」だけがフィンテック改革と給与支払いが一体の議論であるということがわかる構成になっている。1ページ目はフィンテック改革と給与支払いの話が出てくるが、2ページ目と3ページ目で全銀ネット解放の話につながる。

「なんとかペイ」は楽天・ソフトバンク(LINE含む)・交通系(JR/PASOMOなど)の寡占状態になりそうだと指摘する人もいる。こうなるとわざわざ「現金ネットワーク」に組み込んでもらわなくても自前で経済圏を作った方が安上がりなシステムを作ることができてしまう。

経済産業省はデジタル決済化を進めようとしているのだが事業者間の意識がバラバラな上に全体を統括する人がいないためいつまで経ってもデジタル決済は普及しない。デジタル決済が普及しないと使う人も増えない。さらにバラバラな議論を結びつけて考えることができるような人もそれほど多くない。そんな状態になっている。

おそらく「全銀ネット」の拡張の背景には政府の様々な思惑があるのだろう。

  • 日本のフィンテックは世界的な水準から遅れている。しかし、既存の銀行に任せていては大きなイノベーションはうまれない。そこで「なんとかペイ」を取りこみたい。
  • 全銀協も現在のインフラを維持するために会員企業を増やしたい。
  • ところが新規参入組はできるだけスリムにインフラを維持したい。また、議論の主導権を握られたくない。

給与所得者をなんとかペイに誘導できれば「現金経済圏の一体化」が図れる。だが、小売業としてみれば「お客さんをたくさん持ってきてくれる」決済手段であればよい。仮にソフトバンクのPayPayの方が使いやすいということになれば「わざわざ全銀ネット」に頼る必要はなくなるし、給料も自分で振り替えて貰えばいい。

賃金支払はおそらく日本のフィンテック(キャッシュレス化)を前に進めようという政府の計画の一環である。だがニュースが「金融庁」「厚生労働省」とバラバラの官庁から出てくるため国民の意識づけが進まない。

具体的にいえばどういうビジョンを持っているのかという岸田総理の声が全く聞こえてこない。さらにスケジュール感にも乏しく一体何がいつまでに完成するのかがわからない。

そうこうしているうちにTwitterでこんなつぶやきを見つけた。朝日新聞の記事を読んだ人が「得体の知れない何とかペイで給料をもらうようになったら世の中が滅茶苦茶になる」と言っている。

朝日新聞の記事は確かに「これまで現金だけの支払いだった賃金に一部例外としてデジタル口座が加わる」という書き方になっている。このため「なんとかペイは通貨ではない」のに「こんないい加減なものを認めたら世の中がめちゃくちゃになる」と感じてしまうのだろう。結局自分に馴染みのないものは全て怪しくて得体の知れないものに見えてしまうのだ。

WAONやNANACOで15,000円分のポイントがもらえると言われても動かない人が多いが、普段のスーパーで5000円分(2組まで買えるので合計10,000円分)多く買い物ができるというニュースが口コミで広まると熱中症になるのも厭わずに並ぶ人が出てくる。説明と印象次第で人々の行動やニュースに対する評価が全く違ってしまうことがよくわかる。

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