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チリで「リベラル過ぎる憲法草案」が否決

日本では保守派が憲法改正議論を主導しているため「憲法改正は右傾化の現れ」とか「憲法が改正されると戦争になる」などと反対する人がいる。これとは全く別の議論をしている国がある。それがチリだ。チリでは新自由主義的な憲法があり「格差を呼ぶ」として国民から反発されていた。このため鳴り物入りで憲法改正議論が行われた。長い時間をかけて議論が行われたのだがその草案はあっさりと否決されてしまった。

議論の中身を見ると左派が張り切りすぎた上に最後の詰めが甘かったようだ。日本の事例でいうと政権に不慣れな民主党政権が憲法改正を目指していたと想像すると何が起きていたのかがわかりやすいのかもしれない。

チリの憲法改正の流れと挫折を簡単にまとめた。

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チリで暴動が起きたのは2019年のことだった。低所得の人も利用しやすい地下鉄の運賃値上げの反発がきっかけになっている。暴動はしばらく続き死者も出たという。暴動はしばらく続きチリの格差に焦点が集まるようになる。

最終的に行き着いたのは憲法問題だった・ピノチェトの独裁体制下で新自由主義者が指導して作った憲法で企業がほぼ無制限にビジネスができる内容になっていた。シカゴボーイズと呼ばれる新自由主義者たちは「教科書的だ」と褒め称えていたのだが当然格差が拡大する。政治はどうにかして企業活動を制限しようとするのだが憲法の壁に阻まれてうまくゆかなかった。

暴動の後、大統領は憲法改正を約束せざるを得なくなる。日経新聞によると8割が新憲法制定に賛成したそうである。この時の動きを見て日本の左派も歓喜した。民衆の力によって新自由主義の歪みが是正されるというストーリーが作りやすかったからだ。

制憲議会が作られて先住民マプチェの女性が議長になった。弁護士・教師・主婦・科学者・ソーシャルワーカー・ジャーナリストなどの男女から構成される「リベラルな」議員構成の議会になった。この時中道右派からも立候補者が出たが議席の1/3を確保できなかった。提案を可決するために2/3の賛成が必要になるので1/3議席は事実上の拒否権を意味する。中道右派箱の拒否権が得られなかった。

この時にすでに右派政権が国民から見放されていたことは明らかだった。結局左派政権が誕生する。新しく大統領になったのは学生運動出身のボリッチ大統領だった。ノーネクタイで議会に登壇し就任を宣言したそうだ。しかし左派の盛り上がりはここがピークだった。

チリの国民はわずか数ヶ月でボリッチ大統領に不満を感じ始める。原因は左派政権になっても生活が良くならなかったという不満である。ひどいインフレは収まらなかった。さらに政権に不慣れな閣僚の不規則発言などもあったようである。

JETROによると制憲議会の敗因はその急進性にあったようだ。左派連合が主導したため大統領が一部修正を求めるような事態に陥っていた。

日本語では議論が見つからないのでスペイン語の記事を探して読んでみた。機械翻訳に頼るため内容や訳語は適当ではないかもしれない。

EL PAÍSというスペイン語のメディアには「先住民協議体」の話が書かれている。どうやら犯罪管轄権があるのではないかという風評が立っていたようである。つまり、先住民の権利保護のための協議体が自分たちの司法制度の他に別枠が作られ先住民が優遇されるのではという懸念が生じていたのかもしれない。

また憲法条文自体にも曖昧さが残っていたという。記事には「どう解釈していいかわからない」条文についての戸惑いがいくつか記載されている。

日本語で読める議論もある。日経新聞がFinancial Timesの記事を転載している。Financial Timesなので経営者よりの視点で書かれている。資源の国有化や大麻の合法化、議会上下院の権力分立の廃止などのアイディアが含まれるが「法律レベルのものも多い」と指摘されている。確かに大麻の合法化が国の根幹に関わる問題だとは思えない。つまり左派の懸念事項が盛り込まれただけの寄せ集めにすぎないという評価をされている。

これまで溜まっていた不満をを洗いざらいテーブルの上に出してみたら細かくなりすぎたという問題はたとえ左右が逆転したとしても日本にも参考になりそうだ。憲法は国の大枠を決めるものなのだが大衆議員はその視点を持ち得なかった。

さらに憲法は人々の生活を大きく変えるのだが、事前に右派勢力が大きく負け込んでいる現実を考えると、彼らが「この条文には危険性がある」と訴えても不思議はない。人々はおそらく政権運営をリファレンスにしようとするだろうが、この政権は危ないのではないか?という懸念はそれが政権運営の不慣れさにあったとしても憲法に対する不安だと感じられるだろう。日本でも2009年に政権交代があった時の民主党政権の政権運営はかなり不安定なものだった。この政権が主導して憲法改正をやろうとしているのだと考えると、国民の不安は想像がしやすい。

憲法改正議論は滞っている。チリはむしろ今の問題を解決しなければならない。チリ中央銀行は7月に利上げを断行し利率は9.75%になった。足元ではインフレが加速し通貨安も進んでいる。日本は2%程度のインフレで生活に負担感などと言われているが、チリのように12.49%も拡大する例は新興国では珍しくない。また通貨安で輸入物価が値上がりする可能性がある。

いずれにせよ、このような理由が積み重なり制憲議会成立時の熱気はすっかり冷めてしまった。憲法を改正したからといって生活が直ちに良くなる保証はない。反対意見が62%あったそうだ。だが大統領は諦めない。時事通信によると大統領は「新憲法の制定自体は諦めない」という姿勢を取っているそうである。

日本でも左派が注目した「市民による憲法改革」は一旦頓挫した。しかしながらこの頓挫は様々な示唆を我々に与えてくれる。日本もチリと同じように長い間憲法を改正していない。一旦議論が始まると「国の大枠」ではなく「細かな問題」に注目が集まることが予想される。これをどう乗り越えてゆくかで憲法が改正できるかどうかが決まるのである。

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