日経新聞が興味深い記事を書いている。それが1998年から1999年ごろに起こった「資金運用部ショック問題」である。記事にはテクニカルな部分が多く経済や金融の専門家以外の人間が読んでも問題の所在はわかりにくい。表題は「日銀支配の終幕は突然に 国債、たまる需給のひずみ」となっており日銀への批判を滲ませるものになっている。
記事を読んでゆくと日経新聞がかなり強い調子で断定的に「日銀が突然梯子を外してしまうこと」を恐れていることがわかる。日銀が突然方針を変更すれば金融市場に大きな動揺が広がるかもしれないと日経新聞は危惧している。
24年前の「(資金)運用部パニック」はアメリカの要請もあり収まるところに収まったようだ。だから日経新聞は心配しすぎなのではないかと思う。だが、記事の最後の識者たちのコメントなどを読むと、かなり具体的に心配している人もいる。
いずれにせよ低金利時代の終わりは突然やってくる可能性があるというのが記事の示唆するところである。政治が答えを出さない今、経済の専門家たちは「まさか」について議論を始めている。その程度には危機感が高まっているのだ。
まずは日経新聞の記事の内容をおさらいしよう。かなり長い記事だ。
- 日銀が国債相場を支配しているためひずみが大きくなっている。市場はその終幕は突然訪れるだろうと考えてはじめている。
- 実際に突然終わりが訪れたことがある。それが24年前の「運用部ショック」だ。1998年から1999年にかけて起きた金利の高騰劇である。大蔵省の資金運用部が突然国債の買い入れをやめ金利は0.6%から2.4%に急騰した。
- 人々が運用部ショックを想起したのは実際に金利が0.265%まで上がったからだ。この時はかろうじて日銀が事態を収拾したがこんなことはいつまでも続けられないだろうと考える人が増えた。
- ゴールドマンサックスは現在の適正金利は0.61%程度であろうと考えている。これは現在の金利よりも0.4%も高い。
- 一部の外国人投資家は国債売りを仕掛けているが日銀は長期金利を維持し続けている。
- だが、中央銀行が突然裏切ることはよくあることだ。近年ではオーストラリアやスイスの事例がある。
- 日銀が今掲げているYCC政策の修正を市場に織り込ませることは難しい。事前にほのめかせば投資家が国債を売った分だけ日銀が全てコストを吸収せざるを得なくなる。日銀が多くの国債を抱えると実質的な金融緩和政策となりインフレやバブルが生じるだろう。
- これを避けるためには日銀は「一切の宣言無しに」YCCをやめるしかない。日本の投資家はそれに慣れていないため売りが売りを呼ぶ展開になる可能性がある。
- 市場では日銀は混乱を避ける出口を見つけることができていないのではと指摘する投資家が増えている。
日銀は意地悪で方針を転換するのではない。日銀が損を抱え込めば実質的な金融緩和政策になってしまうため日本経済が制御不能に陥る可能性もある。だから突然やめるしかないというのが記事の説明だ。だが、いずれにせよ想定していなかった人たちは梯子を外されたような感覚に陥ってしまうだろう。
もちろんこれが収まるところに収まる可能性は高い。ヤフーの個人ブログに日経新聞にも名前が出てくる久保田博幸氏が記事を書いている。一ドル136円台をつけた時に書かれたものである。この時も1998年10月以来24年ぶりの出来事であると書かれている。140円台をつけた時にも同じことが書かれているため、この時と現在では状況が似ていると考える人が増えているのだろう。
- 小渕政権では景気刺激策を打ち出し国債を大量に発行した。ムーディーズは日本国債の格付けを引き下げた。
- 日経新聞に大蔵省資金運用部が引き受けていた国債の比率を下げて市中消化をめざすという小さな記事がでた。これが最初の兆候だった。税収が減少している上に国債発行額が前年の2倍に達していた。
- 次に速水総裁が「日銀の国債保有は自然な姿ではない」と言うコメントを出した。
- このようにして状況が整い、大蔵省資金運用部が国債買い切りオペを中止し債券市場は急落した。0.7%だった長期金利は2%台に乗せた。
この時はアメリカから懸念が表明され日銀も対策を取らざるを得なくなった。その答えがゼロ金利政策だったと久保田さんは書いている。大蔵省も長期金利の上昇を抑えるための政策を取り始めた。途中で小渕首相が再び積極財政策を打ち出したことで2.040%まで上がったがその後沈静化したそうだ。つまり24年前のショックは一時的なものであり最終的には収まるところに収まり「ハイパーインフレ」のようなことは起きなかった。
日経新聞がこの記事を書いた意図はよくわからない。あるいは黒田氏退任を目前にして穏健な出口戦略を示す新総裁を待望しているだけなのかもしれない。だが、「そろそろ不測の事態も想定しておいたほうがいいですよ」という日経新聞なりの親切心である可能性もある。記事の「突然」という表現が強くそのことをにじませる。
この記事のコメント欄では「当然の帰結だ」と言う人もいれば「政治的摩擦を覚悟してまでも日銀が踏み込んだ判断ができるか注目」などと言う人もいる。つまり、識者の意見はまとまっていないようだ。超低金利にも関わらず借り手が増えないのだから日銀の政策には限界があると指摘する人もいる。つまり政治が何らかの解決策を提供しなければならないのだがそれをやっていないという含みのある指摘をする人もいた。
いずれにせよ「こんなことは起こるはずがない」と全否定している人はいない。一方で一般政治課題のように政府批判をする人もいない。なるようにしかならないのだから、経営者も投資家も現実的に対応しなければならない。
ただ現在はSNSを通じて情報が伝わりやすい。昔と比べて個人投資家のような人たちも増えている。
金利の急上昇は、低金利に慣れきった日本人の生活にも大きな痛みを強いるものになりかねない。
と日経新聞は書いているが状況がよくわからず値動きだけで判断する投資家は大きく動くことが予想される。つまり24年前とは投資環境が大きく変わってきているのだ。
住宅資金や企業の運転資金など「突然の高金利」を想定していない人たちも多いだろう。それどころかそもそもそのようなものを見たことがない個人や企業は多いことが想定される。つまり投資家だけでなく経営者たちも「金利高騰時代にどう振る舞うか」を今から考えておいたほうがいいわけである。
また政府も梯子を外される可能性がある。安全保障やコロナ対策などお金を使う理由はいくらでも思いつく。「日本はまだまだ借金ができる」と公言する政治家は多いうえに岸田首相は人の話を聞きすぎる。事項要求というのは「事項だけを上げてあとで具体的な数字を入れる」という意味なのだそうだ。つまりこれからさらに膨らむ可能性が高い。
もちろん格調高い日経新聞は「梯子を外す」などという下品な表現は使っていない。日銀が自分たちを防衛するために極端な行動をとることがあり24年前に実際にそういうことがあったと言っているだけだ。ただ国会議員たちは「お金さえ要求すれば日銀が何とかしてくれる」と考え始めているため結局日銀は自分たちで身を守らなければならない。この状態も経済・金融の専門家が危惧する要因となっているものと思われる。
こうした状況下で、経営者や投資家たちは「まさか」の時のことは想定しておかなければならない。政治が具体的な対応策を示さない今となっては、一人ひとりが「まさか」を具体的に検討するしかない。