イギリスの新しい首相がエリザベス(リズ)・トラス氏に決まった。8万1326票対6万399票僅差と僅差の党首当選だったことから保守党員の間にもかなり迷いがあったことがわかる。
イギリスではまず議員たちによりコンテストが行われた結果2名が残り、その2名が地方遊説をする。最後に党員たちの投票によって最終結果が決まるという形になっている。地方を巻き込んでじっくりと新しい党首を決めるのがイギリスの保守党のやり方のようだ。
新しい党首はエリザベス女王の元に呼ばれ「次の内閣を組閣するように」指示を受ける。普段はバッキンガム宮殿に出向くが、今年の女王はスコットランドのバルモラル城で女王陛下に謁見するそうだ。
トラス氏について、日本では対中強硬派・対ロ強硬派などと報道するところがあった。NHKは安定を目指す政権にはならないだろうというイギリスの識者の発言を伝えている。つまり次の内閣もかなり「お騒がせ」な内閣になりそうだ。
BBCによるとリズ・トラス新首相は次のような人だ。
オックスフォード大学で哲学・政治・経済学を学んだ。当初はリベラルな自由民主党支持だったがのちに保守党に転向する。グリニッジ市の市議会議員としてキャリアをスタートさせた。現在47才で二人の子供がいる既婚者だが浮気問題で除名させられそうになった経歴があるそうだ。トラス氏は女性だが、サッチャー、メイ氏と二人の女性首相がおり君主も女性のため「女性であること」はそれほど意識されていないようである。
就任後にBBCが伝えたところによると当選の挨拶の時にジョンソン首相を褒め称え周囲を微妙な空気にしたようだ。「「あなたはキエフ(ウクライナ語ではキーウ)から(イングランド北部の)カーライルに至るまで、尊敬されている」とも述べたが、会場の大勢が拍手するまでにしばらくかかった。」と書かれている。NHKは「安定を優先させる首相にはならないだろう」というイギリス式の持って回った言い方でトラス氏を形容している。つまり対外的には強硬姿勢で物議をかもすだろうというのである。
日本では党内の都合が優先されるのだが党員の支持を集めて当選したという印象をつけるためにまず地方票を交えた予備的な投票が行われる。地方票は都道府県ごとに集約されるため事前にその都道府県を誰がまとめているのかが重要になる。だが実際に新しい総裁を決めるのは政党内部の力関係だ。一方のイギリスでは党内では安定路線が支持されたものの最終的には大衆受けのいいトラス氏が選ばれた。
日本のやり方とイギリスのやり方のどちらがいいのかは一概には決められない。イギリス式の方が国民の声を反映しやすいとが一方でポピュリズムに偏る危険性がある。
政策よりもイメージが優先されるためイメージ作りに気を配ったトラス氏が有利に選挙戦を進めることができた。鉄の女と呼ばれたサッチャー氏に自身を重ね合わせており鉄の女2.0(サッチャー2.0)などと呼ばれることもあるようだ。
一方のリシ・スナク氏はガーディアンにプラダの靴について批判的に取り上げられた。450ポンド(72,500円)もするそうだ。またスーツはオーダーメイドで3,500ポンドだったそうである。一方でトラス氏のイヤリングは4.5ポンドだったそうである。スナク氏の妻はインドの富豪の娘で海外所得について納税を免除されている問題について批判を受けていた。スナク氏は妻は両親の面倒を見るためにインドに戻る計画がありインドなど海外の収入については海外で税金を払っていると主張しているが「なんとなく金持ちでずるい」という印象を抱く人が多いようだ。
庶民が政策でなくイメージで人格を判断していることがわかる。
トラス氏はどうやって「庶民の財布にお金を戻すのか」を具体的には言及しておらず約束が果たされないことは十分に考えられる。自分が新しい首相になったら新しい政策を一種間以内に提示すると言っているが具体策の提示は避けてきた。スナク氏が過去に積み上げた成果も否定しているためスナク氏に問題を指摘されるのを避けたかったようだ。
一方でスナク氏は全ての人のエネルギー問題を解決することはできないと認めている。スナク氏は年金生活者と低所得者への支援を優先したい考えである。より誠実で具体的なのはスナク氏の方だが支持を集めたのはトラス氏の方だった。しかしそれでも事前の評判よりは得票率が低く「圧倒的な勝利」にならなかったことから保守党員も判断に躊躇する人が多かった様子がうかがえる。
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- Rishi Sunak says he can’t solve the issue around energy bills for everyone
BBCの「裕福な人たちにお金を戻すのは公平なことである(英語)」という記事によると、国民健康保険保険料の値上げは富裕層に負担が重くなるはずの政策だった。トラス氏はこれを見直すと言っている。また企業増税にも反対の立場である。つまり富裕層への負担がより重くないような政策に反対している。つまり富裕層の負担を減らすことで企業が成長と再分配の好循環を呼ぶだろうという主張になっているのだ。これは安倍政権時代の「トリクルダウン」に似た考え方である。スナク氏はエネルギー問題では貧困層と年金受給者により手厚く対応し法人税減税も提案しているのだから、実際にはスナク氏の方が貧困層に目を向けているといえる。
しかし安倍政権で少尉名されたように「トリクルダウン」は「そのうち成果が巡ってきますから」と時間を引き延ばす効果が期待できる。トラス氏は2年で結果を出すと言っているそうだがイギリス人が2年間待てるかはまた別問題だろう。いずれにせよ「手口」としてはよく似ている。
党首の退任と選挙を取り仕切ってきたのは1922年委員会と呼ばれる党内委員会だった。日本の場合はその後に組閣が行われ、後で天皇の承認を受けることになるがギリスではまず女王の招待があり、女王によって任命される。今年の女王はバッキンガム宮殿にはおらずスコットランドのバルモラル城に出かけることになるようだ。
週末に選挙が終わった段階でリシ・スナク氏は負けを確信していたようだ。どんな結果になろうが次期政権を国会議員として支えると約束していた。このため党首戦後のには大きな混乱はなかった。政党間の争いはないため政権の移譲事態はスムーズに粛々と進められそうだ。いずれにせよ「パーティーがやめられなかった」お騒がせ首相は官邸を去る。次の首相の「活躍」にも期待したいところだ。