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アルゼンチン副大統領暗殺未遂事件にみる「思想犯」の扱いの難しさ

アルゼンチンの副大統領暗殺未遂事件が起きてから数日が経った。

SNSアカウントなどからこの容疑者がネオナチとの関連が明らかだ。だが、おそらくいくつかの理由がありこの人を思想犯として扱うことにためらいがあるのではないかと思う。事件直後には何の発表もなく、その後も情報は更新されていない、

日本でも安倍元総理の事件がの記憶がまだうっすらと残っていることから決して他人事ではないという気がする。だがその後の処理には大きな違いがあった。アルゼンチンでは急遽国民の祝日が制定されサッカーの試合も全部中止になったそうだ。人々は広場に集まり副大統領への連帯を示した。

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この問題の扱いが難しい理由は主に三つある。まず「思想のごった煮状態」になっておりまともに扱うのが難しい。にも関わらず国内情勢に与える影響が読めない。最後にアルゼンチンを超えて国際問題になりかねないという可能性も考えられる。出発点の思想があまり精緻でないにも関わらずその影響や広がりが重大なものになりかねない。

この事件に関しては様々な情報が飛び交っている。情報の多くはスペイン語でありどの情報が信頼できるメディアからのものなのかということがよくわからない。ここでは英語版のNew York Timesの記事を自動翻訳で読み印象をまとめてみた。

  • クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル副大統領が銃で狙われたが、銃は不発だった。メディアでは銃を突きつけられたキルチネル副大統領の映像が出回っている。
    • 拳銃はBersa Lusber 84という40年間製造されていない古いタイプ。「古い小口径のピストルは違法な銃器市場で一般的に」手に入るようだ。
  • フェルナンデス大統領はアルゼンチンが民政復帰して以来最大の事件だとして副大統領に連帯を示すために9月2日を休日にした。国民はこれに呼応して5月広場(BBCの日本語版はそのままプラザ・デ・マヨと訳している)に集まった。ショックの大きさがわかると同時に大統領が事態の広がりを恐れたこともわかる。社会を止めなければ大変なことになりかねないと感じたのだろう。
  • 容疑者のFernando Andres Sabag Montiel氏(35歳)は逮捕されたがまだ起訴されていない。つまり社会的な影響は懸念したが容疑者や容疑者の背後にある動機については一切触れられていない。
    • アパートからは多数の弾丸が見つかっていることから計画性があったことは確かだ。
    • SNSではネオナチの「黒い太陽」のタトゥが確認できるほか陰謀論・神秘主義・フリーメーソン・錬金術・カバラなどに関連する数十のFacebookページがお気に入りだったようだ。
    • ところがこのようなウェブサイトが好きだったからといってこの人が極右思想に染まっていたとは断定できない。こうした思想に共感する人が極右思想に染まる可能性は高いが、断定するまでには至らない。
    • 過去にテレビのインタビューに答えて「普通の市民」として左翼的な福祉政策を批判していた。

政権は事件を重大なものと受け止めた。だが容疑者の思想的・組織的バックグラウンドには全く触れなかった。

記事はクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル副大統領が左派の代表だと見なされており右派から攻撃対象になっていたと伝えている。クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル副大統領汚職の容疑をかけられており難しい立場にある。当座の判決は出るかもしれないが政治家としての特権を持っている上に「控訴で刑の執行を引き延ばす」ように抵抗する可能性もある。

この事件には別の広がりもある。容疑者はブラジル生まれでブラジル国籍を持っているのだ。現在ブラジルでは右派のボルソナロ大統領と左派のルラ元大統領が選挙戦を繰り広げている。一方で中道左派政権のアルゼンチンも経済運営がうまくいっていない。つまりこちらは逆に右派が台頭する可能性があるのだ。ロイターはインフレとコロナ禍を背景にしたこうした動きを「焦点:中南米に左派政権次々、コロナとインフレ契機」という記事にまとめている。

つまりこの問題は思わぬところに広がると「国際問題」に発展しかねないという難しさがあったのである。選挙を控えているボルソナロ大統領を刺激することも考えられるが、逆に左派を攻撃する右派が非難されることも考えられる。

その後の対応を見るとアルゼンチンと日本では危機意識が全く違っていることがわかる。山上哲也容疑者の場合は警察から「リーク情報」としてある教団の名前が出てきた。どうやら旧統一教会であるという噂が広がったが新聞社は選挙への影響を恐れてその名前を出さなかった。これが「政権や与党に忖度しているのではないか?」という疑念を生み、逆に大きく広がっていってしまう。選挙には勝ったが支持率は大きく下がった。情報をどうコントロールするかに正解はないが政権の意識がそこになかったのは明白だ。

おそらく日本では「平和な日本で思想犯的な犯罪など起こるはずはない」という油断があったのだろう。平和に慣れているともいえるし「平和ボケしている」ともいえるが、少なくとも政権運営にはプラスには働かなかった。

一方のアルゼンチンの情報はかなり統制されている。実際に副大統領がなくなったわけではないが敵意が広がらないように国民の休日が宣言された。サッカーの試合が中止になったのも人が集まること大して警戒があったということなのかもしれない。逆に支持者たちを可視化することで「国民は敵意を持っているのではなく政権を支持しているのだ」とアピールした。一方で容疑者についての動機がリークされて出てくることはない。SNSのアカウント情報など副次的な情報が錯綜しているだけである。

南米では様々な理由でデモや国民運動が起こる。こうした事件から動揺が広がりかねないと政府が警戒している様子がわかる。

いずれにせよSNS時代の「思想犯」は様々な情報をパッチワークのようにつなぎ合わせて自分の思想を作り上げてしまう。だが、実際に事件が起こるとその影響は本人の想定をはるかに超えて広がってゆく。これが今まで見たことがないような景色を作り出すのである。

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