毎日新聞がパートに依存する職場の「混乱」について書いている。だがタイトルが「10月から負担増?パート社員の手取りこれだけ変わる」となっているため問題を指摘している文章だと気がつかない人が多いかもしれない。問題が顕在化してくるとしたら10月の新制度導入以降になるだろうが指摘されないまま静かに進行する可能性もある。
パートの主婦が部分最適化を進めれば進めるほど日本の消費は伸び悩むことになる。全体の合理的選択と部分の合理的選択にはしばしば大きな乖離がある。インフレも加速しており今年の秋と冬は厳しいと感じる家庭も増えるのかもしれない。
毎日新聞の記事が扱うのは地方スーパーで店舗経営をしているA男さんという人のエピソードだ。つまり全体的な傾向について書いた記事ではない。毎日新聞がこれを取り上げるのは「典型例」と見ているからなのだろうがどれくらいの広がりを持っているのかはわからない。
A男さんのスーパーの従業員は300人ほどだがパート社員から退職の申し出が相次いでいる。
現在は次のような制度になっている。
- 20時間以上勤務の場合は雇用保険のみ加入
- 30時間以上勤務の場合は雇用保険と社会保険に加入
- 20時間以上30時間未満のパート職員が多い
新しい制度では次のような人たちが社会保険に入ることになる。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 月額賃金(通勤手当も含む)が8万8000円以上
- 二ヶ月以上働く見込みがある。
- 学生ではない
このためA男さんは
- 20時間未満の勤務希望
- 20時間以上の勤務を希望
を選ぶように従業員に依頼した。
だが結果的には20時間以上30時間未満の従業員だけでなくすでに社会保険に加入していた人たちまでやめると言い出した。現在扶養の条件を満たしていても、今後は勤務先で社会保険加入要件を満たす場合は扶養から外れることになるからだ。
毎日新聞の記事ではあまり整理されていないのだが「これまで社会保険加入」をしていても扶養から外れる条件には該当しなかったことになる。つまり新基準では社会保障の加入要件だけではなく企業の扶養要件も変わっているのだろう。これをわかりやすく書いている記事が見つかった。これはまでは130万円の壁だったのがこれからは106万円の壁になるというLife&Money(LOMO)という媒体の記事だ。
毎日新聞の記事は政府批判が目的ではないため、最後はどう対処すればいいのかというまとめにしている。結局のところ「企業が社会保障費負担や夫の家族手当以上の給料を出すべきだ」というような話になっている。また従業員には100名以下の会社に再就職するという選択肢もある。
一方でLOMOは「手取りが減るのだから家計簿の見直しをやりましょう」と言っている。つまり賃上げが期待できない以上はパートの主婦にできることは支出を減らす生活防衛だけだと言っていることになる。LIMOは「自分や家族の人生に向き合おう」と言っている。
日本社会はこれまで形骸化した終身雇用制を抜本的に変えることなく部分的な調整で乗り切ってきた。しかし所得は増えず社会保障費は増大しておりどこかからお金を持ってこなければならない。そこで目をつけられたのが「働く主婦」なのだろう。そういえばうっすらと「扶養という甘え」をなくせば主婦はもっともっともっと働くのではないかというような議論はあったように記憶している。
だが実際にはパートの主婦が取りうる選択肢は限られていてその中で精一杯合理的な行動を取らなければならない。毎日新聞が提案するように企業の協力でパート主婦の収入が増えれば良いのだがそうでなければおそらく「勤務時間を減らすか社会保険料の増額を受け入れて節約に励む」しか対応策はないことになるだろう。
家計にとっては合理的な選択なのだが社会全体にとっては大きな損出である。だが全体調整は政府の仕事なのだから賃金を上げられない中小企業や勤務時間を減らす主婦たちを責めるわけにもいかない。
こうした混乱はあらかじめ想定されておりとにかく制度はもう10月には始まってしまう。家計も企業もなんとかしてこの新制度のもとで生き残るしかない。秋以降にはますますインフレが加速することが予想されている。日経新聞は「食品値上げ10月ピークに 6500品目超、民間調査」という記事を出している。今年の冬は厳しいと感じる家庭や企業も増えるのかもしれない。
タネを蒔いたのは岸田政権ではないのだが「刈り取り」は行わなければならない。政権がどのような対応をするのかに注目が集まる。