NY外国為替市場で1ドルが140円を突破した。24年ぶりの高値だそうだ。ジャクソンホールは織り込み済みと報道されていたためこれほどまでに急激な変化が起こるとは思っていなかった。
またG7の財務大臣・中央銀行総裁会議でも為替に関する議論は出なかったようだ。おそらく日本政府は何もしないだろうということもわかるためあとはアメリカの経済指標をにらみながら成り行きで様子を見るしかないという情勢だ。雇用統計では失業率が若干上がっているようだがFRBの判断を修正するほどのインパクトはないとみなされたようである。
一方で日本経済はコロナからの回復過程にある。24年前とは様子が違っており必ずしも過度に悲観的になる必要はないのかもしれない。
円相場が132円になったと報じられたのは7月29日だった。アメリカの景気に減速傾向が見られると説明されている。アメリカの景気が減速すればタカ派的な政策を取る必要はなくなるため「一服感」があった。おそらくは株価も元に戻るだろうとされていた。日経新聞も「ゆきすぎた円安の巻き戻しだ」と分析している。
これが一気に変わったのがジャクソンホール講演前だった。だがこの時も「パウエル議長がある程度タカ派的なポジションを維持するだろう」ということは想定内だと考えられており実はそれほど円安には動かなかった。まず大きく動いたのは株価だった。ニューヨークで一時1000ドルを超える株価の下落があった。程なくして円相場が動き出した。
一旦ある方向に動き出すとそのあとは早かった。ついに140円を突破してしまったのである。ロイターの記事は様々な理由を述べている。世界経済が不調に巻き込まれるなか、アメリカ経済は好調を保っているという。なるほどとは思うのだがどこか「後付け」感も残る説明だ。
失業保険の申請が6月下旬以来二ヶ月ぶりの低水準だったため、アメリカの景気は引き続き好調だと考えられている。9月2日に発表される8月の雇用統計の内容が良ければこの観測は裏打ちされるだろうとみなされていた。結果的に失業率はやや上がったようだが市場の気分を変えるほどの効果はなかったようである。
もちろん円安ドル高の理由はこれだけではない。これまではドル高の説明だったのだが、円安の要因もある。
日本銀行は以前低金利政策を放棄していないため金利差が開いている。ジャクソンホール発言で「来年の金利低下は望めないかもしれない」とパウエル議長が示唆したことで「当面は金利差が開く前提で行動しよう」と判断した機関投資家が多かったようだ。ロイターの記事は「液化天然ガス価格の高止まりなどを前提にして」日本の貿易赤字は継続するだろうと予想している。
現在の財務大臣の人柄も影響しているのかもしれない。鈴木財務大臣は事前の取材では「日本の関心ごとは話す」と述べていたが、議長国のドイツが関心を示さなかったため為替の話題は出なかったとあっさりと前言を覆してしまった。世界情勢はインフレに関心があるから日本だけが特別のテーマについて語るわけにはいかないということなのだろうが、鈴木財務大臣はおそらく何もしないだろうということがよくわかる。
ドル円相場には段階があるようだ。一旦ある心理的な線を突破してしまえばそのあと一段と円が下落する可能性がある。ロイターは1998年8月31日から一ヶ月間で起きた円の下落を念頭にして147円という数字を出している。では今回もそうなるのか?ということになるのだが当時と現在では状況が全く違っている。
時事通信が1998年の状況をまとめている。前回140円をつけた時代は日本長期信用銀行・日本債券信用銀行が破綻し公的管理下に置かれた年だった。経済的にはどん底の状態にあり橋本内閣は参議院選挙で大惨敗している。
現在の日本経済はコロナ禍からの回復傾向にある。企業の経常利益の伸びは過去最高の17.6%だったそうだ。景気の回復は半導体のような製造業だけでなく卸売や小売など幅広い分野に及んでいる。
企業は内部留保と一般に呼ばれる余剰金を蓄積している。あとはこの備蓄を「いざという時のためにとっておく」のか「国民生活に還流するのか」ということになる。国民生活に還流されれば景気は刺激されるため日銀も超低金利政策から幾分は離陸しやすくなるのだ。
一方で、企業がダムのように儲けを蓄えるだけに終われば経営者の不安は解消されるだけで国民経済が潤うことはない。NHKは財務省が「設備投資と賃金の増加につながるのを見てゆきたい」としているという声を紹介するのだが「見ているだけ」では不十分である。
岸田政権のリーダーシップに期待したいところだがどこか他人事感が漂う政権であり「傍観・注視・検討」という発言ばかりが聞かれる点に一抹の不安を感じる。