核拡散防止条約再検討会議(NPT)が決裂した。最終的に決裂したのは「ロシアのせい」である。最終文案では「ウクライナの原発周辺での軍事活動や、ウクライナが原発の支配権を失い、安全性に悪影響が出ることに「深刻な懸念」を表明していた」そうだがロシアがこれに抵抗したのである。一ヶ月かけて議論をしてきた人たちは議長の発言に沈黙したそうだが時事通信はこれを「音のない悲鳴」と表現している。
一方で今回の焦点の一つになったザポロジエ原発では現在も危機が進行中である。IAEAが査察を急いでいる。
ロシアを非難する声が伝えられている。アメリカ代表はロシアのウクライナ侵攻を非難し「きょう、私たちがコンセンサスを得られなかったのはロシアのせいだ」とロシアを責めた。コロナ療養中の岸田総理も専用線の向こうから「責めはロシアが負うべきだ」と語った。岸田総理大臣は日本の総理大臣としては初めてNPTに出席したうえで演説まで行いとりまとめに強い意欲を示していた。
このニュースだけを聞くとロシアだけが悪いように思えるのだが、実はアメリカ側も「先制不使用」に反対して条文を修正させていた。代わりに西側が持ち出したのがウクライナ侵攻だった。直前の修正案について伝える時事通信の記事はこのように書いている。この時にザポロジエ原発のニュースが盛んに流されていたことを記憶している人も多いかもしれない。
- ロシアが占拠するウクライナ南東部ザポロジエ原発で続く軍事活動に「重大な懸念」を示す文言は維持。
- ウクライナ当局に管理権限を戻すよう名指しされていたロシアの国名は消え「ウクライナ当局による管理を確保することの重要性を強調する」と弱まった。
ザポロジエ原発も危険な状態が続いている。一時電力供給が止まりゼレンスキー大統領はIAEAによる早期査察を求めている。IAEAの査察を前にウクライナ人の職員たちはかなり強く脅されているようで東京新聞によると「ロシア側から地下に連行された職員は戻ってくると口をきかなくなる」そうである。外からの電力供給を失った原発がどのように暴走するのかということを我々日本人は福島の経験でよく知っている。こうした緊張状態の中ウクライナ人職員たちは占領状態にありロシア側からも監視されている。ウクライナでは原発暴走の危機が現在進行形で継続中なのである。
先制不使用について後退したことを非難されたくない西側は現在進行形のザポロジエを持ち出して「お前こそどうなんだ」と迫っていたことになる。
それではなぜアメリカは先制不使用に反対したのか。背景には日本と欧州の同盟国の懸念があったと考えられているそうだ。こちらは共同通信が伝えている。
背景を簡単にまとめると次のようになる。ロシアは「誰もやらないだろう」と考えられていたウクライナ侵攻を決めた。原因の一つはアメリカ側が「NATOが攻撃されない限りウクライナには介入しない」と表明したことだった。この結果アメリカは安全保障上の問題で「曖昧さ」を保たざるを得なくなった。態度を表明するとロシアや中国などが攻めてくる可能性があるからだ。日本を含む同盟国も核兵器に関しても「アメリカが曖昧でいてくれるように」期待したということになる。つまり、最初からNPTの合意は風前の灯だった。
ただし訳知り顔で「やはり核兵器は必要なのだ」というべきなのかという疑問は残る。ロシアは現実に核兵器の使用をほのめかしウクライナ情勢を優位に運ぼうとしてきた。明らかにこれまでよりも状況は悪くなっている。
今回のいちばんの問題は唯一の戦争被爆国である日本がNPTの議場の「深い落胆」に対する共感が広がらない点にあるのかもしれない。台湾情勢などを抱えつつ「アメリカの核の傘に守られている限りまさか戦争など起こらないだろう」というなんの保証もない楽観がある。おそらくこのニュースもあまり大きくは扱われないのではないだろうか。
いずれにせよ2015年に続き一ヶ月かけて議論されたのちに会議はまたも決裂した。それだけでなく原発事故の可能性もいまだにくすぶり続けている。