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バイデン大統領の学生ローン返済免除計画が波紋を呼ぶ

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バイデン大統領が「1人130万円超の学資ローンを返済免除する」と発表した。日経新聞が手堅くまとめている。

  • 連邦政府の学生ローンの借り手に対し1人当たり1万ドル(約136万円)の返済を免除する
  • 高所得世帯は対象外(年収12万5000ドル以下が対象で夫婦の場合は合計25万ドル以下)
  • 学生ローンの債務者は約4300万人。うち2000万人は債務が全額免除になる。

これとは別に2022年8月末としていた返済猶予措置の期限を12月末まで延長し23年1月から返済プロセスを再開する。

中間選挙前に支持基盤固めが必要なバイデン大統領にとっては大きな成果となるがそれなりに波紋を呼んでいる。様々な議論が飛び交っているのだが「そもそもそんなことをやっていいのか」「大統領にそんな権限はあるのか」「インフレに悪影響を与えるのではないか」という懸念があるようだ。

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問題の根幹は大学の学費高騰にある。学費高騰で中所得者層が経済競争のスタートラインに立てない。バイデン大統領は自分たちの支持者が「持続不可能な借金を背負わされている」と表現する。これに反対する人は「そもそも高学歴者だけが優遇されるのは不公平だ」と考えている。つまり彼らは「学歴を付けなくても真面目に働けば暮らして行ける」社会を望んでいる。この考え方の違いが分断の背景にあるようだ。

アメリカでは現在様々な議論が飛び交っている。整理しないまま記事を読むと混乱してしまうため乱暴ではあるが問題点を三つに集約した。

インフレ懸念

エコノミストたちは支払いが減免されればその分が別の支出に回されるだけなのではないかと懸念する。POLITICOによれば政府関係者は「今回対象になる人たちは負債を抱えている人たちなので余計な支払いは生まれないだろう」と説明しているようだ。また政権は2023年1月に支払い再開を決めており払える人たちからは払ってもらうという姿勢を強調してもいる。単に免じているだけではないという説明だ。

リベラルを支持するCNNはむしろもっと多くの人々が救われるべきだと考えているようだ。あくまでも最低限の対策であるためこれがインフレに寄与するとは考えていないということがわかる。

上院内少数派(共和党)総務のミッチ・マコーネル氏は「極左の活動家に利する」と今回の措置を厳しく批判している。民主党の中でも左派色の強い政策なのでおそらく民主党内部でも反対の声はあるのだろうが、議会共和党にとっては許し難い暴挙のように映るのだろう。

ジャクソンホール」のエントリーで紹介したようにサマーズ元財務長官はバイデン大統領の社会主義的な政策に懸念を表明している。エコノミストたちはすでに大胆なインフラ投資がインフレに悪影響を与えていると言っている。マコーネル氏への支持は共和党にとどまるのかもしれないが、サマーズ元財務長官のポジションに同調する人は多いのではないかと思う。

インフレは様々な政策や外部環境が合成された結果として現実に起きている。つまり、一つ一つの政策を切り離して考えることができないが結果的には起きているため何か対応を打たなければならないという状態にある。

権限問題

日経新聞は今回の措置について「緊急事態の救済策である」と説明している。

  • 返済免除は教育省の権限で実施する。
  • 米教育省が措置の法的根拠として公表した23日付の書簡によると「HEROES(ヒーローズ)法」と呼ばれる03年の法律を引用した。「国家の非常事態による経済的被害から借り手を守るため、ローンに調整を加えることを認める」(米フォーダム大で財政政策に詳しいジョン・ブルックス法学部教授)ものだ。
  • コロナ下を非常事態とみなした。

POLITICOの記事は共和党の反応を紹介している。議会には議会承認なしにそのような抜本的な救済を提供する権限がないと主張する共和党議員が多いようだ。さらにCNNが触れたミッチ・マコーネル氏のように「極左的政策」と攻撃する人もいる。これを緊急時対応とみなすかみなさないかは結局は主観的な問題であるため、中間選挙を見据えて議会闘争の対象になる可能性が高い。

そもそもそんなことをやっていいのか?という問題

今回の措置の背景には「アメリカの中間所得者層というゲーム」がもはや成り立たなくなりつつあるという現実がある。共和党を支援する人たちは「進歩があまりにも早すぎるからこうなった」と考えておりトランプ大統領のような多少乱暴な人物を大統領にしないとこの流れを止められないと考えている。

一方で自分たちで学費を工面した上で学校に通いこのにしがみつこうとする人たちもいる。彼らは学歴を武器にしてこの競争を乗り切ろうとしているのだが、スタート地点に立つだけで過大な借金を背負わされその後もその負債を支払うことができない。ただし「危なくなれば国が助けてくれるだろう」という見込みを立てる人が増えれば無理をして学校に通う人も出てくるだろう。

いずれにせよコロナ禍は一つのきっかけに過ぎない。おそらくはこれまで積み重なってきた問題がコロナによって表面化したと考えたほうがよさそうだ。

CNBCはまた別のアプローチをとっている。そもそも学費ローン負債は2006年以来右肩上がりで増え続けている。つまり「学費を借りて大学に通う」というスキームそのものが破綻しており、学資ローンもこの破綻したゲームの一部に過ぎないというわけだ。学費に見合っただけの将来収入が得られなければそもそも大学に通うという行為自体が正当化できない。

ローンを借りてまで学校に通う人が減ればおそらく学費は低減するだろう。学生が入ってこなければ大学の経営は成り立たなくなるからである。つまり借金の存在が学費のインフレを招いている可能性があり、借金までして学校に通いたくないとする人はこのゲームから排除されている可能性がある。彼らは生涯低い地位に甘んじ「使われる立場」で過ごさなければならない。これが不公平感を生む。

アメリカの企業は高学歴のマネージャーが低学歴の労働者を使うという形態になっている。このためこの問題を政治利用するのは簡単だ。「偉そうな高学歴の人たちは国の力を頼ってのさばっているだけだ」と火をつけてやればいいのだ。票を狙う共和党はこうした人たちに対して感情的に訴えかけるようなことになればますます階層格差が相互憎悪につながりかねないという危うさがある。

バイデン政権の支持率はやや持ち直した

バイデン支持者たちの落胆は「バイデン大統領が何もしてくれない」というところにあった。バイデン大統領がこのところ打ち出された政策によりバイデン政権の支持率は持ち直している。

ロイターによると

  • 気候変動対策や薬価引き下げを盛り込んだ法案
  • 中国に対する競争力向上を目指す国内半導体産業支援法案

などが好感度を上げているようだ。

大統領政策には弥縫策が多いのだが中間選挙での苦戦が伝えられる中「根本的に問題を解決したい」などとは言っていられない。このため分断を煽ることになってもあらゆる形で政策を実現してゆくしかない。今回の学費ローン問題もその一つと言えるだろう。

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