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ジャクソンホール会議が近づく中、加熱するサマーズ対FRBのハードランディング論争

例のあのジャクソンホール会議からもう1年になる。パウエル議長はインフレを過小評価しその後金融市場やエコノミストから批判されることになった。アメリカ合衆国は今でも加熱する経済を冷却するために金融引き締め策が継続しているが、エコノミストたちの関心は次に移っている。後手に回ったインフレを収束させるためにハードランディングが不可避かそうでないかという議論だ。FRBはソフトランディングは可能だと主張するがエコノミストたちはそれを信じていない。パウエル議長が今年の講演でどのようなメッセージを出すのかに注目が集まっている。講演は8月26日に行われる。日本のメディアはジャクソンホール会議の重要性を解説する一方で発言に一喜一憂しないように呼びかけている。

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このところの金融市場には「この金融引き締め策はそろそろピークなのではないか」という希望的観測があった。嵐はこれでおしまいと胸をなで下ろしていた投資家も多かったことだろう。

このままアメリカの株価が元に戻り、円の価値も再び上昇するのではないかと言われていた。だが、次第に雲行きが怪しくなりつつある。ジャクソンホール会議でのパウエル議長講演を前に「しばらく金融引き締めが続くのではないか」という観測が生まれているからだ。確信というよりは疑心暗鬼といった様相だ。

エコノミストたちの中には次の予言をする人たちがいる。それは「ハードランディングが不可避である」という主張だ。サマーズ元財務長官は「このままでは失業率が最終的に5%を超えるハードランディングになるだろう」との論文を発表した。これに対しFRBのウォーラー理事はソフトランディングも可能だと反論している。現在はコロナ禍の欠員が補充される段階にあるため失業率を高めずにインフレ圧力を取り除くことができると言っている。

サマーズ元財務長官はクリントン政権時代に財務大臣を務めた。現在のFRBのやり方は「遅すぎる」ためスタグフレーションとリセッションを誘発していると主張している。

たかが元財務長官の発言が注目されるのはなぜだろうか。それは、パウエル議長がインフレを過小評価していた時に、すでにインフレを予言し的中させているからだ。

現在のインフレは巨額のコロナ対策費やインフラ投資支出などのバイデン政権のリベラルな政策が原因の一つになっている。バイデン政権にとっては「ビルドバックベター」政策と呼ばれる重要な政策だ。経済運営の失敗を認めたくないバイデン政権は長い間インフレを過小評価していた。パウエル議長は議会承認を控えた暫定議長状態だっためこれについて明確な反応は示していなかった。忖度したパウエル議長は責められバイデン政権の支持率はしばらく急落していた。

サマーズ氏は「FRBの稚拙さがハードランディングを引き起こしている」と批判しているわけではない。むしろ「ハードランディングさせなければこの先アメリカ経済は膠着状態に陥る」と言っている。つまり、失業率を犠牲にしてでも強硬な金融政策を打ち出すべきだと言っている。

サマーズ氏とウォーレン氏の違いはどこにあるのだろうか。一つはこの状況を一般的なものと見るか特殊なものと見るかという違いである。サマーズ氏は失業率が上げずにインスレ抑制ができた事例は過去に一切ないと言っている。一方でウォーレン氏は現在の状況は特殊なものなので過去の事例は当てはまらないだろうと考えているようだ。確かに過去になかったからといって将来も起こらないとは限らない。

次の違いは政治との距離だ。パウエル議長はバイデン政権と歩調を合わせる必要があるため支持率に影響が出そうな失業率の悪化を伴う厳しい選択はできないだろう。サマーズ氏にはそのような縛りはない。

ではエコノミストたちはどちらを支持しているのだろうか。

テレ東BizのYouTube動画によるとエコノミストたちはサマーズ氏の見解に同意しているようである。「ソフトランディング予測をあまり信じていない」が52%で「全く信じていないが21%」になるそうだ。しがらみがなく実績があるサマーズ氏の予想に軍配があがる。

同じような構造の議論をBloombergでも見つけた。楽観論はFRBの足を引っ張ると強く牽制する。

一年前の2021年のジャクソンホールでパウエル議長はインフレは一過性のものであると過小評価し十分なインフレ対応を行わなかった。今年もまたジャクソンホール会議が行われるのだが、パウエル議長は金融市場の一部にある「金融引き締めがすぐに終了する」という希望的観測を明確に否定する必要があるといっている。パウエル議長が市場に希望的観測を与え続ければ市場はインフレ抑制の足を引っ張るであろうというのだ。

仮に金融市場がパウエル議長の強い意志を信じないのであればパウエル議長は「自分もボルカーショック級の対策を取らざるを得なくなる」と強調すべきだと記事は続ける。インフレ対策に甘かったバーンズ氏の尻拭いをボルカー氏が行ったことを引き合いに、パウエル議長がバーンズ氏の轍を踏めばダラダラとインフレが続くかあるいはボルカーショッククラスの政策を取らざるを得なくなるだろうと言っているように聞こえる。

この著者は少し前に書かれた別の記事の中でも全く同じ話をしている。市場は「奇妙な楽観主義に陥っている」と指摘した上で、パウエル氏は「これが間違っている」と知らしめなければならないというのである。

そもそもこのジャクソンホール会議とはなんだろうか。カンザスシティー連銀主催の年次シンポジウムのことを「ジャクソンホール会議」と言っているようだ。パウエル演説は8月26日午前10時に行われる。日本時間では午後11時ということになる。議長の講演が行われるため世界から重要政策の発表の場として注目されているそうだ。

エコノミストたちは一様に強い対応を求めている。ボルカーショックのトラウマを知っている人が多く、現在の状況がそれに重なって見えるのだろう。一方で金融市場のプレイヤーたちはパウエル議長のタカ派政策を敵視している。

様々なメディアがジャクソンホール会議の重要性を伝えるが「発言に一喜一憂することなく経済指標に注目しよう」と呼びかけている。日本でも個人投資家が増えてきたことを感じさせる。今までFOMCやジャクソンホール会議などは経済・金融専門の記者が知っていればよい程度の知識だった。だが今では一般のニュースでも大きくその動向が注目されるようになってきているのである。

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